第四話 くいっくどろう
聞きたいことが山ほどある中、それでもまずは任務の遂行を優先すべきだと、東京の町を彼女と闊歩する。まばらに低級の無機生命体を発見しては、支部へ報告を上げ、奴らが上位硬級の個体へ成長する前に芽を摘むのが大事なんだ、と彼女に説明をした。
「ふむふむ……」
メモを取る彼女は確かに無知ではあるが、学ぶ意思がないわけではない。丁寧に教えていけば、彼女も一端の鑑別官になれるだろう。
二人、東京の歩道を歩んでいく中。横断歩道の前、赤信号で立ち止まって、彼女の姿を見る。彼女が背負うソフトケースに仕舞われている銃は、宝石鑑別部隊によって開発されたどの規格のものでもない、完全なるワンオフだ。上位硬級の銃弾の発射に耐えうる構造をしている銃身を見れば、とんでもない高級品であることが分かる。
「ん……」
上着の内ポケットから、いちごミルクキャンディを取り出そうとする動きで、バレットベルトがちらりと見えた。そこに揃えられた弾丸は、全て特定の無機生命体からしか採取出来ない未確認元素を含んだものだ。
テキサスニウム。
その名の通り、アメリカ合衆国テキサス州で捕獲された無機生命体から採取できる、衝撃によって形を変える性質を持つ八硬級の宝石。
適切な物質を与えることによって無機生命体が特定の原石を生成したという話は聞いたことがあるが、無機生命体を飼育し、特定の鉱物を生産させる宝石農場(ジェムファーミング)はまだまだ実験段階のはず。今の技術で、あそこまでの数を揃えるのは不可能に近い。各地域の鑑別機関へ問い合わせて、融通してもらうことが出来れば可能かもしれないが……
一体どこの新人が、多くの上位鑑別官が躍起になって探している銃弾をあそこまで揃えることが出来るんだ? 切り札級の一発を、彼女は大量に持っている。
「……琴森。一応、聞いておきたいんだが、君が所持している弾薬は、先ほど持っていたもの以外にあるか?」
ギョッとした顔をする琴森が、髪の毛をいじりながら俺に返答する。
「えっ……えっと、その、これしか持ってませんよ? この金ぴかで銀色の。リボルバーとライフルで共有して使えるので、便利です。持たされてるストックも支部の方にあるはずなので、だいじょうぶです」
「……おぉ、おん、うおお……了解した。しかし、そいつらは七硬級以下の無機生命体を狩るには過剰すぎる。装弾が可能な物で手配をしておくから、後で君の鉱銃の口径、特徴を教えてほしい」
「あ、はい。分かりました~」
ひょこひょこと歩く琴森は、ずいぶんとリラックスしている。慣れが早いのは良いことだ。
ん? と途中で立ち止まった琴森が、じっと遠くの方を見つめている。上着に隠れたショルダーホルスターへ手を伸ばし、グリップを握った。
「冷泉さん。あれ、むきせーめーたいですか?」
「……よく分かったな。八十メートル先のガードレール……双子か? さっきの無機生命体と同じくらいの硬級はありそうだが、琴森。一度近づいて――」
俺が動きを指示する前に、あのガードレールが無機生命体であるという認定を受けたのを聞いて、琴森がクイックドロウからの二連射をする。
推定総額六百万円の攻撃は、ガードレールの一点に吸い込まれていく様に。
鳴り響く、死に際の叫び声のような破砕音。
なんということだろう。放たれた弾丸は、全て全く同じ地点に着弾した。銃口から立ち上る宝石煙を、口をすぼめて吹き飛ばしながら、ニッと笑って琴森はこちらを見る。
「へへへ。冷泉さん。さっきは一発で仕留められなかったので、念を入れてもう一発同じ場所にぶち込みましたよ。あ、見てください。あのガードレール。どろっとしたと思ったら、くすんだ紫色の鉱石になりました」
もう、いろいろ突っ込みどころがありすぎて絶句する。
クイックドロウをしたのは分かる。しかし、腰に吊るしていたわけでもないのに、発砲する瞬間を、俺の宝石投与によって強化された動体視力でも捉えることが出来なかった。加えて、射撃精度は神域に近いものを持っており、二連射は全く同じ場所を射貫いていて、そこを中心に無機生命体は致命的な衝撃を受け破砕に近い状態に陥っている。ましてや彼女は、宝石投与を行っていない。素の身体能力でこれだ。
ああ。そしてそれに何よりも、一発三百万もしやがる貴重品をぶっぱなしまくるこの女を止めなければいけない。
硬級の上下関係に関する説明は急務だ。これ以上外にいると、何をしでかすか分からない。
「…………素晴らしいぞ。琴森。初陣で、一体を討伐補佐、もう一体を討伐する鑑別官は初めて見た。今日は、ここまでにしておこう」
「あ、ほんとですか? はーい!」
無事に上手く初陣を終えたと、キャッキャしている琴森は能天気だ。
一方的に任務の終了を宣言し、今後の予定として、まずは彼女の教育から始めることとした。
電柱の上から俺たちを眺める鳥は、いつも俺たちが何をしているのか、不思議がっている。
任務の遂行がもたらした達成感にご満悦の表情を浮かべる琴森を連れて、待ち合わせ場所から少しした場所に駐輪した、バイクの方へと俺たちは向かった。
「……琴森。君は今どこを拠点にしている?」
「あ、今日まで支部指定のホテルを転々としていましたが、お引っ越しの準備が出来たので、今日はこれから定住する拠点に行くことになっていますよ」
「分かった。じゃあ、そこまで君を送る。明日の夜、任務のときは迎えに行くから、待機していろ」
「いえっさー」
コツコツと鳴る足音を、夜に響かせた。
特別なロックのかかったサイドケースとトップケースが目立つ、巨大なバイクを前にする。長距離の任務にも使えるよう備えられた大型の燃料タンクと、長時間の運転を想定した風防となるフェアリング、大型のシートはカスタムしたものだ。このバイクの心臓となるエンジンは鑑別機関より支給された、宝石を燃料とし高燃費と高性能を両立させたブラックボックスの代物である。
二輪車は鑑別官の象徴とされるほど普及し、愛されている。隊の徽章に、バイク関連のものが入れられることが多いくらいだ。調査専門の捜査員や、機関の職員は鑑別官のことをライダーと呼ぶこともある。
「わー。赤色のバイク、かっこいいですね」
素直な琴森の反応が、今は嬉しい。俺の鉱刀や琴森の鉱銃をバイクに取り付け、シートに跨がる。
「後ろに乗れ。琴森。きちんと捕まっていろよ。それと、ナビをしてくれ」
おいしょ、と琴森がスマホを取り出し、マップ機能を使ってその場所とやらを入力し始めた。
エンジンを起動させるイグニッションの場所には、鍵を差し込むには大きすぎる窪みがある。そこに俺が所持している紅碧玉を嵌めた。宝石を燃料とした、独特なエンジンの起動音がする。
携帯機器に搭載されているものと同じOSの起動画面が、バイクに備え付けられたスクリーンに表示された。鑑別状況など鑑別部隊が所持する特殊な情報を投影した画面は、今の東京に無機生命体がどれだけ蔓延っているかを教えてくれる。
「ふぉおおおおお‼ 冷泉さん! 今お尻からぶるるるるるるってー! ま、前の画面にも私の携帯と同じなんかピカピカの地図が!」
「……まだエンジンをかけただけだ。地図は、お前の携帯でも見れるようになる。体重移動で運転するもんだから、あまり動くなよ?」
出発した後。警告虚しく、その身体能力を余すことなく無駄に使った琴森が、右へ左へ体を飛び出させて、過ぎ去っていく大気、風を掴もうとする。こいつ、バイクに乗るの初か?
ジェットコースターに乗ったかのように暴れるこいつと二人乗りをするのは、バイクに乗りながら戦闘をしたあの日を思い出させられた。
視線を手元に落とす。
ハンドルバッグに入れた、日高さんのUSBメモリが、やけに気になった。
人影がちらほらと見える薄明の時を、制限速度も無視して突っ走る。
スロットルを開け飛ばすことしばらく、目的地が近いということを琴森から伝えられてから、徐行をして細い路地を走っていた。どこからどう見ても見覚えのある町並みを視界に入れながら、それでもそんなはずはないだろうと、彼女の指示を聞いて走行し続ける。
「あ、そこ右折です。その次の看板見えるところで左折して、まっすぐいったらつきます」
「………………うーん」
彼女の指示通り、道を進んでいく。エンジン音に紛れて聞こえてくる、到着しましたというナビケーションの言葉は、聞かなかったことにしたい。
「あ、ここですねー! ありがとうございます冷泉さん!」
都内にあるとは思えない、かなり巨大な建築物。地下室、一階、二階と広々とした構造になっているこの家は、鑑別官のためのシェアハウスだ。正確に言うと、東京第一鑑別小隊に宛がわれていた、東京での活動のための拠点。今は、俺一人しか住んでいない場所。
どう見ても俺の家だこれ。
「…………バイク、止めてくる。ここは……琴森。俺の家というか……鑑別官のためのシェアハウスだ。今は、俺一人しか住んでいないから俺の家みたいなもんだけど」
「えっ」
流石にびっくりしたのか、口を開けている琴森の姿が印象的だった。日高さんのお茶目さには、どうやら彼女も振り回されているらしい。
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