第三話 宝石鑑別部隊
分かってくれるんだあ、とどこか嬉しそうな琴森を前に、人差し指を立てて、説明を始める。極力無駄な情報は省き、彼女がこれから成長していくための、必要最低限の知識を。
まず、俺たち、国際無機生命体鑑別機関、そしてその傘下の実働部門に位置する、Gem Identification Service……宝石鑑別部隊の、仕事から説明せねばならない。
俺たちの任務は、単純明快。
この蒼い星を浸蝕する無機生命体を発見し、駆逐することだ。
無機生命体。Abiotic Life Form、略して、アルフとも呼ばれるそれは、既存の元素と未確認の元素で構成された、私たちの技術力では、無機物としか言い様がない性質の生命体のことを言う。
ファーストコンタクトはごく最近のことであり、鑑別機関の歴史もまた浅い。隕石としては至って普通のサイズの、五十年前ロシア北部に墜ちた隕石から繁殖を始めたと思われる彼らは、私たちの世界にゆっくりと溶け込み、ゆったりと、浸蝕を続けている。
鉱物や宝石に近い見た目をした奴らは、ありとあらゆる物質を喰らい、彼らの体へ転換させ、拡大を続ける。その食指はすでに私たちの生活圏まで伸びており、このまま放置し続ければ、私たちの社会インフラは大打撃を受けるだろう。
鉱物や宝石の見た目をした生物が、浸蝕している? いきなり都市部にそんなものが現れれば、多くの人が異常に気づくはずだ。見つかっていないのは、おかしいって?
その通りだ。しかし、私たちの世界に生きる人々は、私たちを支援する各国の上層部を除いて、無機生命体という敵の存在に気づいていない。私たちの組織とともに彼らの存在も秘匿されているが、それだけが理由ではない。
奴らの最大の特徴。奴らを厄介で狡猾な敵たらしめている点。
奴らは、擬態をする。
奴らの本当の姿である鉱石を隠し、私たちの世界に存在するありとあらゆるモノの形を巧妙に真似て、奴らはこの世界に溶け込んでいる。素人目には絶対に分からない、それほどのクオリティだ。
「とまあ、このように。私たちが鑑別官と呼ばれるのは、文字通り、無機生命体と既存の建築物や無機物、有機物を鑑別し、発見することができるだからだ」
琴森と同じように背負っていたソフトケースのジッパーを開け、中から奴らの死体を加工し製作された――鉱刀を手にする。俺の動きを見て状況を察したのか、彼女もまた、ケースからライフルとリボルバーを取り出し、点検、装備をした。
左手で刀を握ったまま、八メートル先の街灯を指差す。
「あそこの街灯を見ろ。琴森。あれは、無機生命体だ」
ゴクリ、と生唾を呑み込む音がした。新人である琴森にとっては、これが初陣のはず。彼女の反応は、当然のものだろう。自分も、こうやって実際の無機生命体を教材にして説明された時は、そんな風に緊張をした。
「どうして、一見ただの街灯に見えるモノを、俺が無機生命体と鑑別したか分かるか?」
「……分からないです」
「まず、無機生命体を発見する時にコツとして覚えておいてほしいのは、周囲との比較だ。第一に、この街灯は他の街灯と比べ二センチほど背丈が高い。そして、電球のカバーの曲線が、本来の規格と比べやや湾曲している。それと、街灯の周りの地面を見ろ。必死に落としたシミの痕の様に、まばらに色が違う。おそらく、この街灯の周囲三メートルは、無機生命体の体だろう。なかなかの大きさだ」
俺の具体的な解説を聞いて、琴森が銃を抱きしめるように持った。彼女の銃は無骨で、されど意匠の細かい、美しさを感じさせるライフル銃だ。着脱式の弾倉はなく、猟銃の類いに近いものと思われる。
「しかし、この周囲と比較して発見する方法は、擬態の上手い無機生命体を相手には意味をなさず、確実な方法ではない。自分が派遣された地域のインフラや、施工履歴、方法、そういった情報も得た上で、鑑別官は無機生命体を発見する。哨戒の際、一目見ただけで分かるように、訓練をするんだ」
「……冷泉さん。私には、すぐに出来るようになるものには思えないです」
「当然だ。それを学ぶために、鑑別官候補は機関へ通う。毎日資料とにらめっこをして、無機生命体を鑑別する訓練をするんだからな……しかし、もう一つだけ、奴らを発見する方法がある」
少し期待するような表情をした後、琴森が跳ねた。
「わ、私にもできますか? それ。どんなのですか?」
「……勘だ。俺たち人間には、目の前にした生命体が生きているか死んでいるか、分かるくらいの本能はある。それを使うだけだ。たまに、それが出来るやつがいる」
鉱刀を両手で握り、眼を細める。
(『上手くその眼を使って。ソーイチロー。それが君の最大の武器だから』)
しかし俺の眼には、奴らを鑑別する以上の力がある。今は情報でパンクしそうな彼女を混乱させるだけなので、何も言わないが。
「無機生命体を発見した鑑別官は、推定硬級を判別し、この携帯機器を使って、支部へ登録をする。その等級が下級のモノだった場合、鑑別官は無機生命体の哨戒を続行し、後日下級専門の隊員が派遣される。しかしその等級が上位のモノであり、早急な対処が必要だと思われた場合は――」
淡緑の髪の少女の方へ、体を向けた。
「――駆逐、するんですね」
チャンスだ。褒めて伸ばせ。
「その通りだ。琴森。物分かりが良いな」
嬉しそうな表情を浮かべた琴森が、俺の顔を見上げる。
「えへへ。ありがとうございます。でも、身じろぎ一つもしないんですね。私たちに、こんなにじっと見つめられているのに」
彼女は心底不思議そうにしながら、街灯へ向かって銃を撃つ素振りを見せてみたり、手を振ってみたりしている。それでも、街灯の形を模した無機生命体はピクリとも動かない。
「奴らの習性の一つだ。限界まで、決定的な瞬間を迎えるまで、動かない。見つかるということが、最大の危険だということを理解しているんだろう。まあ、例外も存在するから、警戒を忘れるな。絶対にだ」
ポケットから携帯機器を取り出し、宝石鑑別部隊によって開発されたOS、ソフトウェアを起動させる。澄んだ水色のUIが画面上を駆け巡り、位置情報と推定硬級を送信して、周囲の監視カメラのジャミングを開始した。
宝石鑑別部隊の独自回線を通して、二十四時間体制のオペレーターから交戦許可が下り、必要な手続きが全て終わる。
「擬態の精度からしておそらく、推定硬級は五か六だろう。鑑別官の駆逐対象に入る。それと琴森。俺の刀は九硬級の逸品だが、お前の銃と弾丸の硬級は――」
そう言いかけて、問うのをやめる。一応、彼女は機関を卒業したという体でやってきている。であれば、装備の硬級は三から四、高くても五だろう。
良い機会だ。このまま硬級の説明をするために、奴を教材としよう。
「一応聞いておくが……まさか、戦闘までトーシロってわけじゃないよな?」
彼女が銃を持ち直して、鉄の音が鳴る。
「いえ、私は一番戦うのが得意でした。みんなみたいにお勉強は得意じゃなかったけど、これだけは私がぶっちぎりです」
「分かった。じゃあ、装備を起動しろ。交戦状態に突入する」
「はい」
そう彼女が呟くのに合わせて、身に纏う制服の、裾に隠れたボタンを押した。カチリ、という音が鳴るのとともに、ただのデザイン性に富んだ制服であったそれは――形を変え、ニーパッドや胸当てを展開し、戦闘装備となる。
無機生命体の性質を利用し、定型から定型への変形を可能とした、超特殊装備。無機生命体の攻撃から身を守る、最高の防具。
加えて、自動的に行われる
隣にいる彼女も、今着ている装備をコンバットモードへと変えた様だが、最低限の守りしか考えてない装備なのか、ずいぶんと軽装だった。それに、宝石投与を行うためのカートリッジが、パッと見では見当たらない。
エメラルドの
交戦開始だ。
「初撃は任せる。琴森。君の射撃精度を見せてくれ」
「じゃあ、頑張れえめちゃんって言ってください」
「………………頑張れ、えめちゃん」
「はーい!」
彼女がライフル銃を構えた。改めて彼女が持つ銃を確認してみて、その構造に驚く。チューブ式弾倉の、レバーアクション式。銃は当然のように宝石製で、耐久力を向上させるため、かなりの硬級を――俺の剣に近いモノを、持っている?
懐から平頭弾を取り出した彼女が、弾を込め、レバー部分を持ちながら、銃そのものを一回転させ装填をする。その鮮やかな動作よりも俺は、込められた弾丸の方に眼を奪われていた。
華麗なるスピンコックを披露し、射撃態勢を整えた彼女は、迷いなく引き金を引く。
飛翔する平頭弾が衝撃に合わせ変形し、無機生命体に最大の打撃を与えるために出来た面のカッティングスタイル――バレットファセットと呼ばれる形状を持つ、鋭い弾頭を形作った。
結晶を、構造を読解しろ。
テキサスニウム弾⁉
発砲音に合わせて、街灯を形作っていた無機生命体が、その姿を現す。
琴森の、息を呑む音が遅れて聞こえた。
ぐねぐねと飴細工のように曲がる街灯。そしてその根元に当たる地面の全てが――洞窟の中で見るもののような、結晶となる。
赤みを帯びた六角柱と出来損ないの結晶の形を作ったその無機生命体は、軟体のごとき宝石を動かし、仮初めの腕を作り上げた。
琴森の方へ手を伸ばそうとした姿のままで――弾丸の直撃を受ける。
衝撃を一身に受け、全身に罅が入った。
何故琴森が十硬級鑑別官に近い装備をしているのかは後回しだ。今は、目の前の無機生命体を討つ!
レバーアクションの、独特な装填音がした。
「ちょ、あ、不要だ琴森! 俺がやる!」
琴森を制止し、刀を下段に構えながら、コンクリートを強く蹴り上げ駆け出した。街灯の明かりが消える。後方にある信号機のみを光源とした世界が、始動を告げるように赤色から緑色に染まった。
ファセットをいくつも持つ鉱刀の切っ先が月明かりに濡れる。半透明の刀身は光の屈折を生み出し――煌めいた。
「斬り裂け、
無機生命体の体を加工、研磨し、生み出された剣。無機生命体を討つことが出来るのは、同じ鉱物だけ。
(『惣一郎くん。君は僕と同じように、眼を使いなさい。その〝鑑識眼〟は、鑑別官のための、最高の能力だ』)
ああ。誰かに教えながら戦うなんていう、思い出させられるようなことをしていたから、こうして、忘れてしまったはずの声を聞いている。
赤みを帯びた宝石の体。奴の体に中心線を引いて、左下のあたり。
全身の光を集約し、明滅するように知らせてくる一点を幻視した。奴の心臓に直感的に気づく鑑識眼。
斬り上げから入り、まずは奴の体を両断する。その後、回り込むように動いて、切っ先を使い熱源目掛けて刀を突き刺した。
ピキ、と鳴る、崩壊への序曲がする。
生命を失い、弾丸の衝撃が残るそれは砕け散るように。
体がバラバラになって、赤い結晶体は今、崩れ去った。ぼうっと、俺の戦いを見つめていた琴森へ、目を向ける。
「……琴森。いろいろ聞きたいことはあるが……まずは奴を回収する。お前の銃に、自律整備機能はあるか?」
「えっと……先生が言うにはあったと思います。ワンオフとかなんとか」
「…………よし。初物は、新入りが喰うことになっている。お前の愛銃に、食べさせてやれ」
琴森が銃のストックを、赤い結晶体へ突き刺した。浸蝕し、肉体へ吸い込んでいく様に、彼女の銃は死骸の宝石を喰らう。まるでそれしか、出来ることを知らないと言わんばかりに。
「おめでとう。琴森」
「うん……えへへへへ。わたしやりました。ちゅどーんって」
遅れて戦いの終わりを実感し、琴森が勝利の余韻に浸る。その姿にどうにも、追憶を呼び起こされそうになった。
支部より支給された電子機器を用い、討伐の報告を鑑別部隊へ上げる。
「ひゃー。おてて冷たいですね。ふー」
細い指に向け吐き出した白い息が、空に揺蕩っていった。
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