第53話

 野次馬をしている生徒たちも避難を始めた事で、これでようやく俺も避難を行なえる様になる。


 「おい、時田!逃げるぞ!!」


 「うるせぇ!!臆病者がぁ!!!俺は逃げねぇぞ!!!!逃げたけりゃ、お前らだけで逃げろ!!!」


 時田の奴は意地でも逃げない気らしい。既に俺が感じ取れるだけで、時田の生体エネルギーはかなり消費していると感じ取れるのだが大丈夫なのだろうか。


 「先生、どうしますか?俺があそこに行って無理矢理連れて行くのはやりたくないですよ。」


 俺がそう言えば時田のクラスの担任の先生は苦虫を噛み潰した様な表情をしている。


 「そうか……時田くん!!逃げなさい!!ここで命を賭ける必要はないんだぞ!!!」


 「俺は逃げないんだよ!!!見れない奴が口を挟むな!!!!」


 「……ッ!はぁ、君たちはもう行きなさい。」


 何か諦めた様な覚悟を決めた様な表情をしながら時田のクラスの担任の先生は言う。


 「先生はどうするんですか?」


 「私は自身でどうにかする。大丈夫だ。牧田さん。上代くん、牧田さんを連れて行きなさい。」


 「分かりました。牧田、行くぞ。」


 「で、でも!!」


 俺は隣で時田の召喚した小鬼の式神と女の怪異の戦いを心配そうに見る牧田に一緒に逃げる様に言うが、牧田は避難するのを渋る。


 「多分だけど、誰か死ぬ様な事はないと思う。」


 「上代くん、なんでそう思うんだ?」


 「先生には見えないだろうけど、俺たちよりも上にこちらを見ている怪異がいるんです。それは多分だけど天狗だと思うので、危なくなったら助けて貰えると思います。」


 上空にいるのが天狗なのなら、人との関わりも少なからずあるだろうし、人が死ぬまで放置する事はないと思う。それにこれだけの騒ぎになっているのなら高尾山勤務の討滅士もそれほど時間も経たずに来てくれるだろう。


 「なるほどな。」


 「あっ!本当に空に何かいる!!」


 時田のクラスの担任の先生と牧田は俺が言った事を確認するかの様に上空を見れば、怪異を視認する事が出来る牧田は上空を飛んでいる怪異を確認した様だ。


 「だから行くぞ、牧田。」


 「分かったよ。ちょっと待って、時田くん!私たちは逃げるから、時田くんも早く逃げてね!!!こんなところで死ぬのは嫌だよ!!!」


 あれだけ登山途中や昼食時に時田に文句を付けていた牧田だが、それでも時田を助ける為に行動するのだから優しいのだろう。


 俺なら普通に見捨てられるのなら時田みたいな見捨てても罪悪感が湧かない奴は見捨てているだろうし。


 そして、そんな牧田への時田の返答は「に、逃げる訳ないだろ!!俺はお前らよりも強いんだからな!!!だから、逃げないで俺の勇姿を見ていけよ、牧田!!」だった。


 正直言ってそれを聞いた時、こいつは何を言っているんだと言う疑問を抱いたが、きっと時田の奴はここであの女の怪異を倒す姿を牧田に見せてカッコつけたいのだろうと思う。


 生体エネルギーもかなり消費しているのにここまで騒げていられるのはある意味で凄いが、はっきり言ってそんな場合ではない。


 「牧田、行くぞ。もうそこまで時間はない。」


 「う、うん。」


 この状況であんなことを言っている時田に引いている牧田に避難する様に言うと、俺は既に腕が変な方向に曲がってボロボロの小鬼の式神を一瞥する。


 女の怪異もボロボロだが、小鬼の式神よりは生体エネルギーや瘴気の量も多く感じた。


 一瞬トイレで遭遇した時に雷珠を召喚して倒していればよかったのか、などと思ってしまうが、そうすれば雷珠の力を感じ取った天狗や討滅士が現れる可能性もあったから、あの時に召喚して対処するのは失敗だと思いながら、俺は牧田と一緒にこの場所から距離を取り始める。


 「ねえ、時田くんは大丈夫かな?」


 「多分大丈夫だよ、今も上から視線を感じてるだろ?それにこっちに向かって来ている討滅士もいるし。」


 俺は避難を開始する少し前から感じたこちらに凄い勢いで向かって来ている生体エネルギーを感じている事を牧田に伝えれば、生体エネルギー量を隠していない討滅士の存在に牧田も気が付いた様だ。

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