十四日目(晩)

朝の一件は予想外に大事となった。

吸血鬼が痴漢野郎を力づくで捕まえる動画が何故かSNS上にアップされていた。

人間離れした脚力でサラリーマンの元へ追い付き、背後から手を伸ばす。そしていとも簡単に、息つく暇もなく背負投げ。サラリーマンは成す術なく地面に叩き付けられていた。

動画は忽ち反響を呼び、急上昇にランクイン。日本のみならず世界中から彼女の行動が賞賛されている。


「『謎の美女が悪を滅ぼす』か……」


ネットではあの美女は誰だと大騒ぎ。均整のとれた体つきからモデルや女優、格闘技経験者などとあらゆる憶測が飛び交っている。


「コイツら、馬鹿だな。アイツの正体は吸血鬼だよ」


彼女のスマホを眺めて鼻で笑う。事情を知っている私は、何も知らないネット民を小馬鹿にして愉悦に浸る。

空になった紙パックのジュースをゴミ箱に捨て、いつも通り地下鉄のホームで終電を待つことにした。


「わっ‼」

「ん⁉」


すっかり気を抜いていた。突然背中をトントンと叩かれ、素直に驚いてしまう。

吸血鬼はニヒルな笑みを浮かべ、したり顔。「やーいやーい」と私の頬を人差し指で突いてくる。


「心臓止まった?」

「止まってたら死んでます」

「ええ~、つまんなーい」

「私に死んで欲しいんですか?」


私の真横に並び、馴れ馴れしく肩に手を回してきた。

私は当然その手を叩いて静かに威嚇する。


「さっきの動画、ウチのヤツ?」


背中を叩いたとき、偶然スマホの画面が見えていたようだ。

例の動画を本人の前で再生する。


「これ凄くバズってますよね。知ってます?」

「知ってる、知ってる。街中歩いてたら、めちゃくそ声掛けられた。サインくださいって」

「おめでとうございます。たった一日で人気者になれて」

「全然おめでとうじゃないんだけど。フツーに鬱陶しいし、落ち着かない。日中は平穏に過ごしたいのに」


吸血鬼は再生された動画をぼんやり眺め、不満をぼやく。

意外にも不特定多数に持て囃されるのは好きじゃないらしい。


「捕まえ方が乱暴過ぎません?」

「せっかく犯人捕まえてあげたのに文句言う気?」

「べつに文句というか……」


華奢な体に反して長身のサラリーマンを投げ倒す怪力の持ち主。相手が加害者だとしても、少し過剰に思えた。


「犯人に情けは無用でしょ? あのぐらいの乱暴は許してよ~」

「許すも何も、今朝のことは怒ってませんから。普通に感謝しています」

「真っ向からお礼を言われると照れるね~」

「照れるな」


隣を見ると、表情筋が緩々の美人が目に入る。

無性に苛立ちを覚えた私は、彼女の額にデコピンを二発食らわした。


■■■


列車の最後尾。額を赤く腫らした女と仲良く隣同士になって座る。


「アンタは普段、どんな仕事してるんですか?」

「あれ、まだ言ってなかったっけ?」

「はい」


今朝は“出勤前”にジョギングをしていたと言う彼女。こんなヤツを快く引き受けた職場が気になる。

吸血鬼は中々スッと答えず、「う~ん」と唸って勿体ぶる。


「テレン‼ 問題です‼」

「そーゆーのいいから早く答えてください」

「美人な吸血鬼さんは日中、どこで働いているのでしょうか? 三択の中から選んで‼」


私の話は完全無視。望まないクイズを敢行する。


「①ナース、②看護師、③白衣の天使。さあ、どれ‼」

「全部答え同じじゃないですか……」


三つともただ言い方を変えただけ。どれを選んでも正解だ。

深い溜息とともに一番無難な②を選ぶ。


「ブッブブ~。不正解」

「は? なんで?」

「可愛くない解答はNGで~す」


ほんとコイツと一緒にいるとイライラが止まらない。

眉間にシワを寄せ、聞こえるように舌打ち。彼女に向かって小さくブーイングする。


「正解は③の白衣の天使でした~」

「どこが天使なんだか……」

「もちろん、ぜんぶ‼」


ササッと手櫛で髪を整え、こちらに顔を寄せる。前髪が当たりそうな至近距離でとびっきりのスマイルを送ってきた。


「どう? ドキッとした?」

「べつに」

「ウソ。心臓の音が丸聞こえ」


許可なしに私の胸に手を当ててきた。

私は羞恥で顔が熱くなる。言葉が喉につっかえ、勝手に唇が震え出した。


「同姓相手でも一瞬でメロメロにできるこの色香。天使に相応しくない?」

「わ、わかりました。認めます。降参です。なので、一旦離れてください‼」


この密着した状況で会話したら心臓発作で死ぬ。

激しく波打つ鼓動が警鐘を鳴らし、吸血鬼を力いっぱい突き飛ばす。

私の目には天使というより卑猥に満ちたサキュバスに見える。


「アンタなんかに人の命を守る看護師が務まるんですか?」

「バカにしてるな~。こう見えても看護学校を首席で卒業したんだぞ」

「ぷふっ……。吸血鬼が看護学校卒とかちょっとウケます」

「よく言うようになったわね~、この小娘ちゃん」


再度、私の頬に人差し指を突き刺し、グリグリしてくる。

いちいちスキンシップしないと死んでしまう呪いでもかかってんのか、コイツ‼


「将来ゼッタイ美人有名外科医になって見せる‼」

「絶対手術失敗しそう。くれぐれも患者の血とか飲まないでくださいよ」

「そんなことしないわ。この場所で事足りてるし」


私が見ている傍で堂々と酔っ払いの首筋をがぶり。美味しそうに血の味を堪能してやがる。

なんかもう見慣れた光景。一々、咎めるのも億劫だ。


「ちなみにどこの病院なんですか?」

「それはナイショ♡」


流れで教えてくれるかと思いきや、そこは秘密にしたいようだ。

素性を徐々に晒すスタイルは好きじゃない。もどかしくて、ストレスが溜まる。


「んじゃ、またの終電で」


終点に到着すると同時に、片手に収まっていた酔っ払いを床に置く。

私に手を振ったあと、足早に車内から姿を消した。

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