第10話 超展開ってヤツ??

 ──目の前に、自分が立っている。

 立っているというか、浮いている。


 私はといえば、高い、たかーい空の上で、姿の見えない何かに首の後ろを捕まれている。


 体がぶらんぶらんする。

 足の下が『ザ☆空!』なの、何とかして。

 親猫に首をくわえられた、子猫じゃないんだが。


 目の前にいる自分…… ミルフィリアの姿をした何かは、腕組みしてこちらを睨んでいる。


「黙っておらんで、何とか言ったらどうじゃ」

 口元は動いていないのに、声が辺り一帯に響く。

 どういう仕組み? あなたの頭の中に直接、話しかけています的なアレ?


「うん? お主、そっちから連れてきたが…… そっち側担当ではないな? あっち側担当じゃろう。どうなっておる」

「どうなって……? え? そっち側? あっち側? ……どっち?? 」

 なにを言われてるのか全く分からない。

「ちょっと、こっちに来るがよい!」


 ギュオッッ!


「あガガガが!ぁあアあああ── !!」


 今度はすごい勢いで後ろ向きに引っ張られる。

 眼下の山脈と空の景色が、早送りで流れていく。上方向移動の次は、横方向移動て!


 ──これはアレだ。

 後ろ向きに進むタイプのジェットコースターだ。

 そんで安全バーなんて気の利いたものは無いヤツ。最悪だよ!


 ベシ!

「あぶ!!」


 建物の中に吸い込まれた!

 と思ったら、次の瞬間には床に叩きつけられていた。痛くはない。


「扱いが雑すぎるぅ…… 」


 頭がぐらん、ぐらんする。

 どうにか起き上がると、目の前に石造りの壁があった。ガラスも格子もない窓から、空と山の連なりが見えている。


 窓から見える範囲で外の様子を確認する。

 ── 見渡す限り、山、山、山。そして空、空、空。雲ひとつなく、果ても見えない。


「なにこれ? なにここ? ありえない景色なんだけど」

「そりゃ、そうじゃろう。お主の世界からは、本来は近寄ることも認識することすら叶わぬ場所じゃ」

 さっきとは違い、変な響きがない声だ。


 振り返ると……でもやっぱり自分がいた。


「ほんとに、誰……? あっ! もしかして、こっちが本物のミルフィリア?!」

「違うわ、たわけ。お主に認識できる姿を見せておるだけじゃ。この姿が不服なら……ほれ、これでどうじゃ」


 目の前の人物の姿が、無数の光の粒で覆い隠されたかと思うと、今度はさらに小柄な少女が現れた。

 「おぶっっっ……!」


 銀色に近い、淡い金髪のハーフツインテ。

 ピンクを基調とした、アイドルのような可愛らしいミニスカートのコスチューム。

 魔法を発動したり、敵をタコ殴りにするためのステッキ。

 そして。

 スカートの裾から覗く太もも。その魅力を増強してやまない、オーバーニーソックス……。


 目の前に! あの!

 私が部屋の自作神棚にフィギュアをお供えしている、あの!!


 この世の様々な物に宿る神々とともに!

 冒険し!

 バトルし!

 課金する!

 名作ゲーム!


 そのゲームの推し女神が!

 ガチャでドブりまくりながらも、レベルマックスまで育てている我が女神が!


 『豊穣の大鍋』をつかさどる、女神イレーナ・フィル・ダグダの姿がそこにあった!!


 しかも期間限定の魔法少女の式服だよおおお!!

 レーナたん! レーナたんんん!!


「おごごごごご……脳が破壊されりゅううう! 尊死すりゅうううう!!」

「なんじゃ? これも気に入らなんだか? お主の知識から、好いておりそうな姿を選んだつもりじゃが……。ああ、おのこの方が良かったか?」

「ああああー! このままで! ぜひこのままで!!」

「う、うむ」


 戸惑う姿も可愛いなあ。

 オタクの挙動にドン引きする様子が、また……。

 

 そして声までおんなじかよ!

 レーナたんが『ワシ』『のじゃ』喋りって……何これえ……新たな性癖こじ開けられりゅうううう!

 

 とにかく、正体不明の相手だが、今日から君は俺のレーナたんだ……!!

「それで、レーナたんは……」

「その『レーナたん』というのは、ワシのことかの?」


 やっぱダメ?

「この呼び方が違うなら……うーん、じゃあ、お名前は?」

「お主らの世界に沿った名など無いぞ」

「えー。名無しじゃ会話しづらいんだけど。じゃあもうやっぱり、レーナたんで!」

「構わんが……。名前なぞ、お主たちが方便として使うておる、単なる飾りじゃからな」

 レーナたんは冷めた目で、ため息をつく。

 そんな! 飾りだなんて! 飾りは大事だよ?! 神は細部に宿るんだよ?!


「えーと、それで、レーナたんは何者なので?」

「どう説明するかのう。──強いて言うなら、そうじゃな……『境界をつかさど原初げんしょ』とでも言えば良いか」


 おおう!

 なんか厨二っぽい名称キタ!!

 『司る』とかいうのが、もうアレな感じすごいわー。

 だが、そういうの、嫌いじゃないッッッ!


「……で、それって何??」

「境界とは、例えば……お主が元々いた世界と、先ほどまで立っておった世界は別物であろう?」

「私がいた現代の世界と、転移してきた異世界か。あー、うん、別物だねえ」

「そのように、別々に存在する複数の世界を、区切っておるのが『境界』じゃ」

「はー」


 なるほど???


「じゃあ、原初ってのは」

「原初というのはな。全ての始まりということじゃ」

「いま、辞書を引いて音読してくれたのかな??」

 そのまんまの意味で、何にも追加の情報が無いんだが??


 レーナたんはステッキで、窓の方を指し示す。

「お主の目には、向こうに山の連なりが見えておろう?」

「うん、見えるね。──何なの、あの山。果てが無いよ?」

「あれが『境界』じゃ。魂は境界を超えて、複数の世界と繋がりあっておる。いまここにおるお主は魂の中の一部分に過ぎぬ。そして本来は……お主が言うところの現代世界を担当しておるのじゃ」


 魂って……いっこじゃないの? いや、1個には違いないのか? みにょーんて伸びて、現代の方は私、異世界の方はミルフィリアってこと?


 ……魂って、スライムか何かなの?? 体の方はどうなるの???


 めっちゃ混乱してきた。頭が痛くなりそうで、こめかみを指でグリグリする。

「担当が違うなら、何で私は異世界に来てるんだ?」

「まさに、そこが問題なのじゃ。お主の魂、そっちの世界の……『異世界』とやらの担当が、行方不明になっておるぞ」

「行方不明て!!」


 あー……情報量、多すぎぃ……。


「それぞれの世界の担当は、別の存在でありながら、同一の存在でもある。存在は別でも、繋がりあった1つの魂だからじゃ」

「……はい?」


「もしある世界の担当が、その居場所から消えれば、どうなるか? バランスが崩れ、不安定となるに決まっておる。空白となった場所に、別の担当が引っ張られても、不思議ではないな」

「……はぁ……」


「お主の状態は、それじゃろうて。引っ張られて、半分だけこっちにきておる。──といっても、同時に2つの世界で意識は保てぬから、それがウロチョロする原因じゃな。本来は有り得ぬことなんじゃがな」

「……なるほどです……」


「境界を跨いだ各世界は、それぞれの時間と空間を持っておる。それらは別の世界であり、並行する世界であり、未来でもあり、過去でもあるのじゃ」

「……ほいほい……」


「人が現実の世界とは異なる空想を抱いたり、前世の記憶と思ったり、神の啓示と信じたりするものには、別世界で過ごす魂の部分どうしの影響も……」

「ああー……」


 脳みそが飽和してきた。限界でえす……。


 * * *


「──つまり、それら全てを管理するのが、『境界を司る原初』たるワシじゃ」


 お。

 どうやら演説が終わったらしい。昭和の校長先生並みに、話が長かった。


「理解できぬか。じゃろうなあ」

 たぶん、かなり間抜けな顔を晒してたんだろう。私をチラッと見たレーナたんが、鼻で笑う。


 腕組みして「フフン♩」てしてるレーナたん可愛い!!

 説明聞いても、何も分かった気がしないけど、可愛いからもうこれで良い!


「で結局、私はなんでココにいるんだっけ? えーと、境界? なんで、境界ってとこに来てるんだ? 大人の社会見学?」

「ワシがここへ連れてきたんじゃ。ちいとばかし乱暴なやり方じゃったがな」

「さっきのやつ『ちいとばかし』なんて、可愛いもんじゃ無かったんだが?!」


 首根っこ引っ掴まれて、上移動からの横移動されましたからね。

 体がちぎれるかと思ったんだよ……。


「お主、何度も境界をまたいで、ウロチョロしておったろう?」

 ウロチョロって……ええ……?

 異世界に来たり、また家に戻ったりした、アレ?

「好きでやってた訳では……」

「許せんことなのじゃ! ワシの敷いた法を破りおって!」

「だから、好きでやった訳では……」


 レーナたんは聞く耳を持たず、魔法のステッキをぶんぶん振りながら熱弁する。

「だからお灸を据えてやろうと思ってな! ──ちょっと地面から浮き上がったタイミングで、上手いこと引っ掴んでやったのじゃ!」

「はあ」

 そう言えば、黒づくめの怪しいヤツの投擲とうてき魔法に当たって、吹っ飛ばされたんだったなあ……。


 その時に、エイって掴んだってこと?

 そんなんある??


「上手く引っ張れて良かったぞ。力加減を間違うと、簡単に潰れてしまうからのう。──手元が狂うと、他の者も一緒に潰すかもしれんし」

 レーナたんは、あっけらかんとしている。


「怖い怖い怖い!! 適当な扱いやめて!!」

「大げさに心配せんでも、だいたいは大丈夫じゃよ」

 だいたいって……。


「それでの。お灸を据えようと連れて来たわけじゃが……。こうしてよく見てみると、それは筋違いだったという訳じゃ」

「──と言いますと?」

「何か別の力が働いておる。異世界とやらの担当が行方不明にされたのじゃ。そのせいで、あっち側の……現代世界やらにおるはずの、お主が引っ張られたのじゃ。──さっき説明したであろう。聞いておったか?」


 えー……。もうホント、ちょっと……ねえ?

 分からねえ……ワイには何一つ、分からねえ……。


 * * *


「よし、決めたぞ」

「あ? えっっ?! え?」


 もう脳がいっぱいいっぱい過ぎて、気持ちが遠くに行っていたが、急に引き戻される。

「いま、決めたって言った?」

「そうじゃ」


 嫌な予感する。

 これ以上、話は聞かずに帰りたい。


「すいません、そろそろ私、帰らせてもらおうかと……」

「待てぃ」

 器用にステッキの先で、首根っこを引っ掛けられる。釣り上げられて、足がぶらんぶらんする。またかよ。

 レーナたんが、にやーっと笑って私を見上げる。


「これからお主に、使命を授ける」


 ぁあ゛ー!! 聞きたくなかった!!

 それもう、ぜっっったい! めっちゃ面倒なヤツ!!

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