第9話 原作者に無断で設定変更は困る!

「びっっっっっくりした……」

 背後からの突然の奇声に、心臓が飛び出るかと思った。


 おそるおそる振り向くと、いつの間にか誰かが立っている。

 黒髪でショートボブ。大きな黒い瞳。駆け出し冒険者のような軽装は、どこか少年ぽさもあるが……たぶん女の子だ。


 顔馴染みの客ではない、れっきとした店の客のようだ。珍しい。初めて見た。

 どうやら彼女が奇声の主らしい。

 顔を真っ赤にしてプルプル震えている。大丈夫か? 持病のしゃくか?


「えーと……だいじょぶ? どこか具合が悪い?」

「……うぶっっっ!」

 声をかけると、また奇声を発する。

 左右に揺れたり、上下に揺れたりしている。挙動不審がすごいな。


「あわわわわ……み、みみみみる、ミル、ミルフィリア……」

 噛みまくってて分かりにくいが、名前を呼ばれた気がする。

 知り合い? でも、全く心あたりがない。

「誰だっけ?どこかで会った?」


 顔立ちをよく見ようと、一歩前に踏み出す。

 その踏み出した右足が地につくかどうかという瞬間、


 ギュルルルルルッッッッ!


 無数の緑色のツタが、私の身体を避けるようにしながら、左右に壁を作った!

 風圧によろけて、その場に尻もちをつく。


 座り込んだ私が見上げる、その視界の先で、少女が一瞬で後ろに飛び退すさっていく。入り口のドアを半分壊して、外へと逃れる。


 それを追いかけるように、ツタの群れは勢いを緩めない。破損し、ほとんど蝶番ちょうつがいから外れそうになっていたドアを、その周囲の壁ごと削り取る。


「えっ……! ちょ……なになになになに?!」

 一瞬の惨状。破壊された壁や建材の、細かな屑や粉塵が周囲に舞い散る。その景色に呆然とする。

 玄関には大きな穴があき、その向こうに、低い態勢で次の攻撃に備える少女の姿が見えた。


 景色を逆回しするように、ツタが私の背後へと巻き戻っていく。間をおかず、アリスが私のやや前方の位置に飛び込んでくる。

「下がって下さい、ミルフィリア様! この者は勇者アルです!!」


 え。


「えええええ?!」


 少女を追ってアリスが外に出る。

 一瞬、呆けてしまったが、自分もその後を追う。

 アリスと少女は間合いを取って、睨み合っている。

 

「いや勇者アルって男でしょ?! この子、女の子じゃん! 確かに背格好は同じくらいだけど……いやいやいや! 別人でしょ?!」

「姿は関係ありません! その気配と魔力が証拠です。勇者に間違いありません!」


 嘘でしょ?! メインキャラの設定バグってんですけど?!

 原作者に無断で設定変更は困る! 異世界サイドの制作担当者、どうなってんの?!

 出版済みの単行本とか、放送済みのアニメとか……今更そんな大きな改変、巻き取れないんですけど?!


「おやおや、ずいぶん風通しが良くなってしまったねえ」

 フィルじいがのんびりした声とともに、ニコニコしながら私の隣に立つ。

「フィルじい! とっ、止めないと! ……2人を止めないと!」

「そんなに慌てずとも、大丈夫さ。2人とも、少し牽制しあってるだけだ。本気でやり合ってるわけじゃあない。すぐに終わるよ」

「えええ……」


 フィルじいは後ろ手を組み、2人をのんびり眺めている。そんな呑気な……子供の揉め事を見守るみたいに……。


 アリスは攻撃の手を緩めない。ツタによる攻撃とともに、台所で何か作業をしていた途中だったのか、パン切りナイフに魔力を付与して使っている。

 対する勇者アルの方は、木の棒で応戦している。その辺で拾ったものに、強化魔法を付与したらしい。──グリッチを使って、木の棒を最強武器に変えちゃうタイプのRTA走者かな??


 確かに絵面からすると、全力で戦ってるわけじゃ無さそうだけど……。


 気が済むまで、ほっとけば良いのかなあ……。でもやっぱ、止めた方が良くないか?!


 どうしたもんかオロオロしていたが、ふと視界の端の変なモノが気になった。

 森の奥に、妙な黒づくめの…… まるで何かを投げるように構えて……。


 瞬間、体が動いていた。


「危ない!!」


 アルに向かって飛び込みながら、黒づくめのヤツが、投擲とうてき型の魔法を放ったが見えた。


 フィルじいよりも私の方が、ほんの少し反応が早かったようだ。そのおかげで間に合った。私に突き飛ばされたアルの体は、ギリギリ魔法の効果範囲の外だ。


 ……その代わり、自分が範囲ドンピシャなわけだがなあ。


 ヴォン!!!


「!」

「ミルフィリア様!」

「リア!」


 攻撃魔法に特有の衝撃とともに、視界が粉塵に包まれる。思わず目を閉じ、次に開いた時は空中にいた。


 勇者アル、フィルじい、アリスの姿が、みるみる縮んでいき、あっという間に米粒のようになる。


「おわあああぁぁ!」

 掃除機で吸われたゴミクズかという勢いで、体が空に舞っている。どんどん吹き飛ばされていく。


 なんぞ! これ! こんな攻撃魔法あったか?!


 * * *


 上昇はいつまでたっても止まらず、眼下にはすでに広大な山脈が広がっている。

 もうこれ空では? 空にいるんでは? とっくに雲の上くらいじゃない? ──どこまで行くんだよ! もういいだろ!!


 …… いやでもこれ、上昇が止まった時の方が怖いな。


 というか、絶対どこかで止まるよね?

 そしたら次は落ちるよね?

 ── そうすると、死ぬよね?!


「うおぉ! ヤバい! 待って待って?! リアル・フリーフォールとか無理だからあ!!」


 落下死の恐怖にパニックになりかけた、その時。


 ガシ!

「うひぃっ!」


 ふいに首根っこを、何かに捕まれる。それと同時に、空気ごと震わすような声が、辺り一面に響き渡った。


「こら、おぬしか! ワシのルールを破って、ウロチョロしておるのは!」

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