第5話 不敬罪はまぬがれたい!
「…… ミルフィリア様」
現れたのはアリスだ。知った顔にホッとする。
「どうして、こんな所に…… 」
「アリスがいるってことは、ここ、もしかして魔王城?」
「…… ええ、魔王城の地下牢です。どこか分からずに、入ってらしゃるのですか?」
素直に質問してしまったが、アリスは困惑した表情を浮かべている。そうだよねえ、どうしてこんな所にねぇ。知りたいのは私の方なんだよなぁ…… 。
「ど、どう言ったらいいか…… 」
しどろもどろで、挙動が不審者じみてくる。実際、アリスは眉をひそめて不審そうにこちらを見ている。
── どうしよう。忠誠心のあついアリスのことだ。変に疑われたら「不敬な!魔王様を騙るニセモノめ!この場で切り捨ててくれる!」とか言われて、サクッとぶった斬られかねない。
いやだああああ!不敬罪で即⭐︎手討ち!はまぬがれたい!せめて裁判で弁明の機会くらいは与えてくれさい…… !
どうするのが正解だ?! とこちらが頭をフル回転させて冷や汗をかいているのをよそに、アリスの方から提案される。
「とりあえず、今は他の者に見つかるのは得策ではありません。ここを離れましょう」
* * *
言われるまま連れてこられたのは、辺境の地にあるアリスの実家だった。アリスの愛馬に相乗りして魔王城を出たあと、離れた場所から転移魔法でここまで来た。城内で魔法を使うと、他の者に気づかれ怪しまれるかもしれないから、ということだった。
「まあ!いらっしゃい、リア!お久しぶり」
「リアだー!」
「リアお姉ちゃん!」
「やあやあリア、よく来たねえ」
屋敷に入ると、すぐに年配の男女と2人の少女に取り囲まれ、愛称で呼ばれる。アリスの両親であるイヴリン・ホワイトとヒュー・ホワイト。そして双子の妹たち、マリーとロリーだ。
イヴリン、マリー、ロリーはアリスとよく似ている。3人とも髪色はピンク。緑のリボンと花飾りで、めいめいに髪を飾っている。家族5人が集まっていると、長身で1人だけ黒髪のヒューが目につく。でもマリーとロリーの瞳の色は父親譲りのようだ。濃いハチミツみたいな綺麗な色をしている。
「ミルフィリア様は、今は魔王になられたんですよ。そんな気安い呼び方をしてはいけません。マリー、ロリー、立場をわきまえなさい。…… 父上と母上もですよ」
「ごめんなさい、つい嬉しくて。── ご無礼をお許しください、陛下」
イヴリンがうやうやしく非礼を詫びる。
「いやいやいや!そんな、あの!今までどうり?で、お願いします!」
「良かった!── じゃあリア、ここでは今までどおり、我が家と思って寛いでちょうだいね」
ぱっと人懐こい笑顔に戻ったイヴリンに、優しく抱きしめられた。あたたかくて、良い匂いがするぅ…… 。思わずバブりそうになったが、そこはぐっと我慢した。
* * *
「さてミルフィリア様…… それで、どうして地下牢などにいらしたのですか?」
軽い食事とお風呂を済ませたあと、アリスの部屋でお茶を出された。ここからが本題、というところだ。でも、どう説明したら良いのか。
「こっちが聞きたいよ…… 気づいたら、あそこにいたんだよ」
「そもそも、勇者との戦いで何が起こったのですか? 勇者とともに消えたあと、今までどこにいらしたんですか?」
「あー…… 」
アリスとミルフィリアは初等学校で知り合って以来の仲だ。ミルフィリアが魔王に選ばれて、その力を継承する前から、ずっと親しくしていた。アリスの母イヴリンが治める、この辺境の領地にもよく遊びに来ていた。
この地は魔国ベルフレーンの西の辺境にあり、ニール共和国と国境を接している。地政的な要地でもあり、大昔は紛争が絶えなかった。そこで、忠誠のあつかったアリスのご先祖が、当時の魔王によって領主に任ぜられた。紛争から民と国を守るよう命じられたのだ。
それからアリスの家系は先祖代々、この地を治めている。知恵と力を磨き、国の危機には魔王に忠誠を誓い身を捧げることを教えられきているのだ。
だからミルフィリアが魔王を継承することが決まったとき、真っ先に駆けつけて忠誠を誓ったのはアリスだった。それ以来、騎士団長の職を辞して、魔王専属メイド兼参謀長を務めている。
そんなアリスなら、私の身に起こっていることを包み隠さず話しても、味方でいてくれるかもしれない。── というか、ずっと一緒にいた仲なんだし、ミルフィリアの様子が何かおかしいことに、既に気づいていそうだ。
「あの、こんな話、信じられないかもなんだけど…… 」
自分は『小井手ミチル』という名前であり、別の世界で物語を書いていた。元の世界で急に気を失い、気がついたら勇者たちが攻め込んでくる直前の魔王城にいた。そして自分が書いた主人公である、魔王ミルフィリアになってしまっていたこと。
勇者との戦いで、魔王の最終奥義として知っていた呪文を唱えたあと、一度は元の世界に戻った。しかしまたすぐに、こちらに来てしまった。それが、先ほどの地下牢だったこと…… 。
「…… というわけなんだけど」
うまく説明できたか分からないが、アリスは黙って話を聞いてくれていた。その表情は微妙だ。疑わしげな目つきで、こちらを見ている。『いったい何を言っているんだ、コイツ』とでも言いたげだ。
「とても信じられませんね」
表情そのままの言葉が返ってくる。
「で、ですよねぇ。はは…… 」
── ヤバい。信じてもらえないということは、自分が疑われているということだ。ということは、魔王の話が嘘だと思ってるか、私が魔王なのが嘘だと思ってるのか、どっちかだ。たぶん後者の線が濃厚だ。ミルフィリアがアリスに嘘なんてつくわけない。
実家まで連れてきてくれたくらいだし…… と安心してたけど、やっぱり忠誠心のあついアリスに『このニセモノめ!』って、ぶった斬られる手討ち展開なのでは…… ?!
「ですが、信じます」
「…… えっ」
── え、なんて??
アリスの顔を二度見してしまう。
「ほ、ホントに?本当に?!マジで信じてくれるの?!」
「不本意ながら」
「なんで?!」
不本意だけど信じるってなんなの?やっぱ信じてないんでは??
「── 私にも思い当たる節が、あるからですよ」
アリスが一つため息をつき、話し始めた。
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