第4話 魅惑の石廊下ビュー!

「あわああああああ!!死んだあああああ!!!! ── あえ?」


 床だ。フローリングの床。

 姫部屋でも玉座でもない。

 自室に寝っ転がり、『死にそうな人間コント』の真っ最中のような自分がいた。

 うつ伏せで床に這いつくばって『ダメだ、死ぬうぅぅぅ!』て感じの。あるいは『俺を置いて先に行けぇぇぇ!』でもいい。


 つまり、芝居がかったポーズの痛い人間がそこにいた。

「ぇ…… 夢?いまの、夢なの?あんな夢ある??」

 腑に落ちない。しかし自分の部屋にいるのは事実だ。

「 ……疲れてんのかな、私。じゃなきゃアニメ化で興奮し過ぎて、テンションおかしくなってるとか……?」


 それは確かに自覚がある。

 アニメ化が嬉し過ぎて「ふわーっ!!」てなった次の瞬間に、この先は本があんまり売れなかったらどうしようという不安で「あああ゛── っっ!!!!」てなったりする。

 自分の感情の上がり下がりで死にそうになる。

 情緒ふあんていが過ぎる。


「いったん落ち着こう。…… とりあえず、さっきの神本を読むべきだ」

 床を見渡す。ローテーブルにも目を向ける。いちおうカバンの中も確認する。

「……ない」


 異世界に行った夢なんかより、そっちの方が大問題だ!

「ないじゃん! え? え?! なんで?!」

 部屋のすみずみまで探すが本当にない。むしろ買った時の袋は見つかったのに、肝心の中身が行方不明だ。

「あの神本……まぼろし? 神本過ぎて神隠しに遭ったとか?」

 そんなわけはない。しかし無いものは、無い。


 スマホで時間を確認する。

 ── 10時21分。そこでようやく、一晩たっていることに気づく。もうこんな時間かぁ、どうりでお腹がすいてるわけだなあ…… いや、それはいい。


 今日は午後から担当編集さんとの打ち合わせ。あの本を買ったお店は、朝11時から営業。すぐに家を出れば開店と同時に駆け込めるはず。店から出版社までは、たぶん四十五分あれば着く。途中で昼食をとる時間もある。仮に不測の事態が起こったとしても、ごはんが食べられなくなるくらいだ。

「いけるッッッ!」

 頭の中で所要時間をはじき出すと同時に、カバンを引っつかんで玄関へ向かっていた。


 化粧?

 おしゃれ?

 ── それは生きる上での最優先事項ではないッッッッッ!



 * * *



(あったー!! ……うわ、残り1冊だよ! 危なかった〜!!)


 棚!本!即!取!

 直行!レジ!会計!感謝!


 店内滞在時間およそ2分でミッション・コンプリート。


 無くした本があとで見つかって、2冊になったとしても何の問題も無し!そんなの細かいことだ! 神にお布施ができる幸せ、プライスレス!!


 意気揚々とエレベーターに乗り込む。

「ああ〜!打ち合わせ終わって、家に帰ったら読むぞう!」

 家に帰ったら…… 。


 このエレベーターにいま、他のお客さんはいない。そして私はいま、ほんの少しでいいから本の中身が見たい。一目なりとも。昨夜からずっとオアズケくらってるし。

「…… ちょ、ちょっとだけ」

 我慢できずに、袋から本の上半分を引っ張り出す。誰も見てないのにコソコソした態度で、冊子の内側をそっと覗く。


 ── えっちなページでは無かった。ホッとするような、がっかりなような。いやいや、ホッとする。

「あ〜、でもやっぱり、この絵師さん大好きー!てぇてぇよう!うわ、とくに、このコマの…… お?」


 とつぜん、足元から異常な冷気が立ちのぼり、

体全体に響くように、ドン!と衝撃が走る。

 直後、エレベーター内が闇に閉ざされる。

(まさか、停電?いや、違う気がする…. 私の目が見えてない…… ?)

 体の内側がすうっと冷たくなっていく。自分がいま、立っているのかどうか、分からない。


 真っ暗闇の中で、視界を覆うように赤い筋状のものが、蜘蛛の巣のように広がっていく。

(また、昨夜と同じ…… ?)


 そこで意識は途切れた。



 * * *



「あぶっ!」


 アゴに激痛が走る。と同時に、身体がべしゃ、と打ち付けられる。

 無様な格好で床の上にのびてしまう。


 痛い。アゴがとても痛い。


「ううう…… 」

 ひとまず起き上がり、その場にぺたりと座る。冷たい石造りの床だ。

 痛むアゴをさすってみる。さいわい血は出ていないっぽい。


「なんなの一体…… 」

 改めて周囲に目を向けた。暗くて、しめっぽくて、ずいぶん陰気な場所だ。

 床も壁も石造り。右の壁際には板が細長く敷かれている。そのかたわらには、薄汚れたツボが一つ。


 左側に目を向けると、すみの方にぽっかり穴が空いている。その両側には、はめこまれた長方形の板が配置されている。穴を挟む板の間隔は、ちょうど肩幅くらいだろうか。

 ここに足を置いてね!と言わんばかりだ。


 さらに後方の壁も石造りで、手の届かない高い位置に窓がある。窓といっても、そこだけ石を積むのをやめただけという感じ。代わりに鉄柵がはまっている。


 ── そうそう、鉄柵ねー。


 鉄柵といえば、正面にはこれまた立派な鉄柵が全面に施されているのだ。

 壁無し!最高の風通し!

 魅惑の石廊下ビュー!!

 なんと出入り口には安心のゴツい錠前付き!!


「牢屋じゃん!!!!」

 思わずツッコミが口から出てしまう。


「いやいや、どうなってるんだってばよ…… 」

 さっきまでエレベーターの中にいたはずなのに。買ったばかりの薄い本を、我慢できずに袋から出して、ちょっと覗いたところだったのに!

「もしかして昨夜とおんなじ? ウソでしょ?? 昨日のアレ、夢じゃなかったの?!」


 しかし、いきなりラスボス!の次は、いきなり牢獄!て、そんな、飲食店の店名みたいにカジュアルに言われましても!

「しかも!どうして!また!」

 神本を読もうとしたところで、変な世界に飛ばされるのか!

「なんでだ!異世界はどうでもいいから、あの神同人誌を読ませてくれよおぉぉぉ!」


 突っ伏して、むせび泣きたい気分になったそのとき。石廊下の奥の方から、人が近づいてくる気配がした。

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