150 男子会④

「んじゃ最後はタツだな」

「くはぁ! 儂の番までに皆酔い潰れてしまえば良かったものを……!」

「わはは! この程度で潰れる筈が無かろう!」

「嫌じゃあ……! 他の皆みたいになるのは嫌じゃあ……!」

「いいから早よ投げろ」

 

 嫌がるタツにサイコロが渡され、苦渋の表情で投げ――ようとしては躊躇うので再三促し、5回目で漸く投げた。ころりと転がったサイコロの面は『四』だ。


「お、四番じゃん」

「死の数字ィ!?」

「ッはは! 四番は『即罰ゲーム』だぞタツさん! 下手にお題トークをするよりこっちの方がダメージが少ないかもしれん! やったなあ!」

「火の輪なんて潜りとうない~! 嫌じゃ嫌じゃあ!」


「あ、火の輪潜り以外にもあんだよ罰ゲーム。選べるからさ」

「えっ」


 駄々を今まさにこねようとしていた時、水を差されて思わず素になった。


「えーとな、他にはまず裸踊りだろ?」

「却下じゃ」

「じゃあ崖から飛び降りる」

「誰の世界の文化から持って来とる!? おかしいじゃろ!?」

「ケンだよ。じゃあそうだな、ケンと腕比べか取っ組み合いは?」

「今まで出た中で最悪に嫌じゃあ……!」


「ケンさん罰ゲームに組み込まれてるじゃん……」

「わはは! 罰ゲームという程でも無かろうに!」

「寧ろ最悪の部類ですねケンの罰ゲームは。私は火の輪で良かった……!」

「そうだね僕もケンさんは選ばないかな……!」


 幾つか挙げたがどれもこれもタツが嫌がるので、しゃーねーな顔をしたガンがジャム瓶位の大きさの器をテーブルから取った。


「じゃあこれしかねえよ。これは未知数だけど、多分他のに比べたら優しいと思う」

「未知数って何じゃあ?」

「これは小人の長老がくれた魔法のキャンディなんだ。一粒ごとに効果が違って、舐めると短時間動物に変身したり、大きくなったり小さくなったりするらしい。小人達がお遊びで使ってたもんを譲ってくれた」

「何故最初にそれを出さんのか!? それにする! 儂それにする! 絶対一番辛くなさそうじゃもの~!」


 秒でタツが飛びつき、じっくり吟味――しようにも何がどの効果か分からない為、適当な一粒を手に取った。


「短時間変化する程度でこの地獄を逃れられるなら安いもんじゃ! 行くぞぃ!」

「えー! 何かずっるいなあ~!」

「わははー! はたして安く終わるかな!?」

「そういうフラグですよね? ちゃんと苦しみますよね? ネッ!」


 喧しい外野を無視して勢いよくタツがキャンディを口に放り、もごもごする。


「ふむぅ……不味くはないが不思議な味じゃのぅ?」

「大きさは変わった感じ無いね? すぐは効果出ないのかな……?」

「そうじゃな、今の所特に変化は――――」


『無い』と言い終える前に、ぽんッと魔法の煙があがって一瞬でタツが消えた。


「え、消えた!?」

「!?」

「いや違う見ろ! 地面だ!」

「地面って――……」


 消えたように見えて慌てたが、ケンの指摘で一斉に地面を見る。

 砂の上で魚が一匹びちびち跳ねていた。


「さ、魚だーッ!」

「まずい! 死ぬぞ! このままでは死ぬぞ! 海だ! 海に返せッ!」

「動物は確かに魚類も含まれるな長老――ッッ!?」

「タツ! 暴れないで下さい! 死んでしまいますよ……ッ!」


 慌ててカイが魚を両手で掬い取り、海へと駆けて海面へと放った。ぽちゃん、と落ちた魚が海を泳いでいく。


「ふう……! 男子会で危うく仲間を失う所でした……!」

「短時間ってどの位なのガンさん!?」

「分からん。短時間としか言われてねえ……!」

「あまり長いと何処かに泳いでいってしまいそうだな!?」


 ちょっと魚は予想外だったので全員やや動揺した。一応心配して見守っているとどうやら3分位で元の姿に戻るらしく、びしょ濡れのタツが沖ににゅっと生えて泣きながら戻って来る。


「どこが優しいんじゃ! 此処が海でなくば儂死ぬ所じゃった! ガンナー殿ひどい! 酷過ぎるんじゃよ~!」

「おれのせいじゃなくね!?」

「魔法のキャンディはガンナー殿が持ち込んだんじゃろ! 連帯責任じゃよ~!」

「ええ……」

 

 タツが泣きながら海水のお裾分けをしようとガンに縋りつこうとするので、嫌そうに手を突っ張って押し返す。が、身長差のせいで上からぼたぼた降ってくる。


「ちょ、おれまで濡れる! 寄るな! 後ええと……魚になるとは思わんかッた。なんかすまん……!」

「駄目じゃあ! 謝罪だけじゃ納得せん! ガンナー殿もキャンディを舐めるべきじゃあ! ガンナー殿だけまだ酷い目に遭っとらんのじゃもの~!?」

「ああ!?」


「そういやそうだね?」

「それはそうですね?」

「えっ、おれちゃんとお題こなしただろ!? おまえらの命も救っただろ……!?」

「見たい! ガンさんが酷い目に遭う姿も見たいぞッッ!」

「おまえはおれの味方じゃねえのかよ!?」

「おれはガンさんの全てを愛しているので! 酷い目に遭う姿も愛しているので!」


 酔っ払いどもにどんな言い訳も通用する筈が無かった。そう、全員酔っているのだ。ガン以外ひとしきり酷い目に遭って連帯感まで生まれているのだ。


「ガンさん! これは親睦を深める男子会だよ!」

「そうですよ! 全員等しく苦しまないと!」

「そうじゃよ~! ガンナー殿も苦しめばこれで全員お揃いじゃあ!」

「おまえらが勝手に苦しむお題出して苦しんで来たんだけどな!?」

「まあまあ! まあまあまあまあ!」


 ケンが『まあ』を連呼しながら、右手でひょいと適当なキャンディを摘まんで左手でガンの顎をガッシと捉えた。


「ふが!?」

「ヒューッ! ケンさんの有無を言わせぬ『まあ』が出たぞ~!」

「愛するガンナーにもこの仕打ち! ケン最低ですね最高です!」

「儂ら全員酒が入っとるからな~! これはもう仕方ないんじゃよ~!」

「わはは! ガンさんもこれで仲間だぞ! 良かったな!」


 暴れる間も無くキャンディを口に放り込まれ、そのまま口を抑え込まれた。


「……もが!」

「ははは! 暴れるな暴れるな! ヨーシャシャシャシャ!」


 今度こそ暴れるガンをいなす内――ぽんッと再び魔法の煙が上がり、またガンの姿が一瞬で消えた。


「えっ! また魚!?」


 慌てて地面を見るが魚の姿もガンの姿も無い。


「いや、これは違いますリョウ……! ケンを見て下さい!」

「どうしたんじゃケン殿ぉ~!? そんな見た事も無いような顔をして……!」

「はわぁ……」

「はわぁ!? ケンさんが『はわぁ』って言ったの!? 嘘でしょ!?」


 あまりの事にリョウがケンを三度見した。ケンが、あのケンが両手で水を掬うような格好で、例えるならヒヨコや仔猫、ハムスターなどあまりにも可愛く柔らかく小さき命を手に乗せた時のような『はわぁ』顔をしている。皆で怪しんでケンの両掌を覗き込むと、そこには身長が15cm位に縮んだガンの姿があった。


「おやガンさん可愛くなっちゃって……!」

「小さくなるキャンディだったんですねえ……! 可愛らしいですよ……!」

「うはは~! これで全員あいこなんじゃよ~!」

「煩えおまえらブッ殺すぞ……!」

「はわぁ……」


 ほっこりした笑顔で覗き込むリョウとカイとタツ。ブチ切れるガン。ケンだけがはわぁしていた。ガンを乗せている手がぷるぷる震えている。


「えっケンさん感動し過ぎじゃない? 大丈夫?」

「ケンの目には生後二ヶ月の仔猫みたいに見えてるんじゃないですかね……? 酔ってますし……ガンナー大好きですし……」

「そうじゃな。あんな反応になるのは生後二ヶ月の仔猫くらいのもんじゃあ……」

「………………」


 おもむろにケンが両手で大事に包んだガンを口に含もうとする。


「ちょ馬鹿やめケンおまやめウワアアアアア!」

「ケンさんそれは駄目だーッッ!」

「ケン駄目ですうううう!」

「二ヶ月位の仔猫を思わず口に含みたくなってしまうのは分かる! だがそれは駄目じゃあああ……ッッ!」


 すんでの所で三人が飛びつき、ギリギリでガンが口に含まれる事は回避された。三人がケンにぶらさがり、ガンの悲鳴と三人の『離しなさい』『駄目です』と無言のケンの攻防が暫く続く。


「――――ッッッばか! まじでやめろッッッッ!」

「――ッた!」

 

 攻防で時間稼ぎをした甲斐があり、3分経ってガンが元のサイズへ戻る。ケンの掌の中で戻った為、思い切りケンの顔面に蹴りを入れながら落下した。


「ハーッ……ハーッ……! 人生で一番怖かッた……ッ……!」

「良かった……! ガンさん口に含まれなくて良かった……!」

「危ないところじゃった……!」

「ケン! 正気に戻りましたか……!?」

「ハッ……! 俺は一体何を……! 生後二ヶ月位の仔猫を見た時のような衝動に駆られて抗えなかった……! どうしても口に含んでみたくなってしまった……ッ! すまない、抗えなかったのだ……ッ!」


 正気に戻ったケンが自らの掌を見詰めて打ち震えた。ガンはこれまでの人生で一番の恐怖を体験し、涙目で青ざめている。


「うるせーばか! おまえなんか嫌いだ!」

「ガンさんッッッ!?」

「もうおれはリョウとカイとタツのが好きだからな! 反省しろバカ!」

「ちょまガンさんそれは」

「死の呪文ですが!?」

「それを言って反省するタイプじゃないんじゃよ! 寧ろ――!」


 その瞬間浜辺にケンという名の地獄の悪鬼が誕生した。酔っていても流石に地形を変える程の分別を無くした訳ではない。そのため全員纏めて未消化だった『力比べ』と『取っ組み合い』――即ちプロレスが始まった。ご愛嬌である。


 夜明け頃には全員力尽きて砂の上で仲良く爆睡し、女子会とはまるで違うが全員前より親睦は深まり――初めての男子会は成功したと言えるだろう。一応、多分。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る