149 男子会③

「リョウさん一番か二番を出せッ! 羞恥と苦しみでのたうち回れッ!」

「やめてよ!? 僕への殺意はさっき終わった筈でしょう!?」


 ケンの野次を受けつつリョウが必死で念じてサイコロを振った。

 一番と二番は駄目だ絶対駄目だきっとケンが罰ゲームに逃げる事を許さないだろう故にだから一番と二番は絶対に駄目だ最近のオカズが『全裸のメイが抱き着いた時の感触と裸体の反芻』である事も村で一番好きなあの子がメイである事も絶対に言えないだから他を出さねばならない頼む絶対だ――と念じながら振った。


「お、六番」

「ッシャアアアアアアア!」

「何故だ! クソッ!」

 

 リョウが渾身のガッツポーズを決める。


「六番は『今までの人生で一番恥ずかしかった失敗談を語尾に『にゃん』を付けて話す』だ」

「えっ、あっ、はい……そうでしたね……はい……」

「ヒョヒョ! 一番二番では無かったが、ブーメランじゃのう~!」

「最悪は回避しましたけど、渾身のガッツポーズを決める程では無かったですねえ」


「リョウさん分かっているな? 生ぬるい失敗談など話してみろ――」

「分かってるよ……! 僕が苦しまないと納得しないんでしょう!? 本気の失敗談するから! 手抜きなんかしないから……!」


 ケンの理不尽な圧を受け、渋面でリョウが酒を呷った。ガン以外、この時点で結構酒を飲んでいる。ケンは自然に、他の三人も飲まねばこの地獄は乗り切れないとばかりがぶがぶと飲んでいる。


「よし……始めます」

「語尾ににゃんを付けろ! 忘れるなリョウさん! 自分で言い出した事だぞ!」

「分かってるにゃん! 始めますにゃん!」


 リョウが舌打ちし、にゃんにゃん言い始めた。所謂ゲンドウポーズにて、苦渋の顔で語り始める。


「……これは僕が六人目の魔王を倒した時の話だにゃん。六人目ともなると流石に良くも悪くも慣れてきて、慣れてきたからこそミスをしやすい時期だったにゃん」

「ほうほう」

「にゃんのせいで全然話が頭に入ってこねえ」

「普通の仕事でも慣れてきた時こそ危ないですからね」


「慣れているとはいえ過酷な旅を経て、僕ら勇者パーティーは魔王城に突入したにゃん。後戻りの出来ない最後の戦いにゃん。その時に僕は気付いたにゃん」

「魔王城! クライマックスじゃのう~!」

「パンツのゴムが切れたにゃん」


 一瞬場が静まり返った。


「…………リョウ、もう一度言って貰っていいですか?」

「二度も言わせないで欲しいにゃん。 だからパンツのゴムが切れたにゃん」


 聞き間違いかと思ってカイがもう一度言って貰うが、矢張りパンツのゴムだった。


「勇者装備って盾と剣と鎧だけにゃん。内に着込む服は自前にゃん。過酷な旅に僕のパンツのゴムは耐えきれなかったにゃん」

「確かに勇者のパンツは聞いた事が無いな?」

「リョウおまえそれは結構……こう、なんか……相当一大事だろ……」

「そうにゃん。クライマックスの最後の戦いでずっと僕はパンツのゴムが切れていたにゃん……」


 リョウが俯き表情は翳って見えなくなった。


「鎧もズボンもあったから、外からは気付かれてないけれど、僕はずっとパンツのゴムが切れた状態で戦っていたにゃん……とても周囲に『パンツのゴム切れたから一度戻っていい?』なんて言い出せる状態では無かったにゃん……」

「魔王城、入っちゃってますものね……」

「哀れじゃあ……」


「城内の魔物を倒して進む内に、当然パンツは徐々にずり下がって魔王の玉座に辿り着く頃には僕は完全に半ケツだったにゃん。顔には出せないけど滅茶苦茶気になるにゃん。凄く真面目な顔をして勇者っぽい台詞を言って魔王と斬り合っている間も僕はずっと半ケツだったし、頭の片隅ではずっとそれを気にしていたにゃん……」

「そら、魔王には悪いけど気になるわな……」

「パンツのゴムが切れてたらなあ……」


 当時のリョウの心境を想像しただけで全員凄くいたたまれない気持ちになった。


「僕は半ケツのまま魔王を倒したにゃん。いや、倒す頃にはずり下がりきって半ケツどころか全ケツだったにゃん……」

「それはもう動くから仕方ない……せめてまだパンツで良かったではないか?」

「そうですよリョウ……! ズボンじゃなくてまだパンツで良かったです……!」

「そうじゃよ、ズボンじゃったら魔王の方も相当気まずかったじゃろうし……!」

「魔王に対してもリョウに対しても想像すると胸が痛くなってくるわ……」


 沈痛な空気に耐えられず、変な慰めを必死で繰り出しながら皆が酒を呷る。


「……それで、魔王を倒したから帰還魔法ですぐに王都に戻って僕は着替えようと思ったにゃん」

「全ケツだもんな。そら早く着替えたいよな」

「だけど戻った途端に着替える間も無く、王様に謁見してその後王都を練り歩く凱旋パレードという流れになってしまって……」

「オゥ……」

「全ケツで王に謁見し、全ケツで凱旋パレードをしたのかリョウさん……!」


 そこまで話して、リョウが顔を覆って肩を震わせた。


「そうにゃん……これが僕の今までの人生で一番恥ずかしかった失敗談かつ、大事な教訓にゃん……! 皆、大事な戦いの前にはパンツを確認するにゃん……!」

「分かッたよリョウ……! これから絶対気を付けるよ……!」

「私も気を付けます……! 貴重な失敗談をありがとうリョウ……!」

「儂ふんどしじゃけど、気を付けて行こうと思わされたわい……!」

「これは……好きな相手やオカズが聞けずとも……! 禊には十分な話だったな……! 全てを許すぞリョウさん……!」

 

「許された……っ!」


 禊に値する失敗談だったので、これまでのリョウへのヘイトがリセットされた。全員程よく酒が回ってきたので、ケンとリョウが和解のハグをがっしと交わす。


「次はカイか」

「はい……私ですねえ……」


 沈痛な顔でカイがサイコロを受け取り、何度も深呼吸をしてからぽいっと投げる。


「一番来たアアアアアア!」

「アーッ! 嘘でしょう!? アーッッ!」

「オカズじゃあ! オカズの話じゃあ!」

「わはは! 聞かずとも――だが本人の口から直接聞くのも一興よ!」

「一番は『最近自慰する時のオカズ』だ」


 酒が入っている事もあり男達は盛大にはしゃいだ。特に辛い目に遭ったケンとリョウは熱狂した。


「オッカーズ! オッカーズ! オッカーズ!」

「コールやめて下さぁぁい……!」


 元々青白い顔に酒が入って血色が良くなっていたのに一気に青褪める。ぶるっぶる手を震わせて視線を彷徨わせ、カイが手近の強い酒の入った瓶を掴んだ。ごっごっと一気に呷り、深い息を吐き出して口を拭う。それから悲壮に顔をギュッとした。


「すみません、本当にすみません……! 臆病者卑怯者芋引きケツまくりチキン野郎と罵られてもいいです……ッ! 私は罰ゲームを選んでお題をパスするッッ! 私が大切なベルをオカズにしているなどと口が裂けても言えるものですか――ッッ!」

「逃げるじゃと!? この芋引きケツまくりチキン野郎が~!」

「愛に殉じて火の輪を潜るというのかカイさん! 漢ではないかッ!」

「潜りますッ! 潜ります! 芋引きケツまくりチキン野郎でいいですッッ!」

 

「言ってしまってるんだよなあ~! 酔ってて本人自覚してないけど!」

「あっ、カーチャンオカズにされてんのッてこういう気持ちなんだ……!?」


 ガンが新たな知見を得てハッとした。他の男どもは全員良い感じに酒が回っている。特に追い酒をしたカイは既に自白している事に気付けないまま、顔をギュッとしたまま火の輪の方へ駆け込んでいった。


「ベルッ! 私は汚名を着たとしてもあなたを守りますから――ほァい――ッッ!」


 掛け声と共にカイが飛び込み姿勢で火の輪へ飛び込む。服の裾が少し焦げたが見事に通過し受け身姿勢でごろごろ砂へと転がった。


「おお、おお! 見事! これでベル嬢も浮かばれようぞ!」

「芋引きケツまくりチキン野郎にしては潔い飛び込みじゃったの~!」

「ウッウッ! カイさん頑張った! 頑張ったよ~!」

「カイ……自白した上に火の輪まで潜るとは…………漢だぜ……」

 

 酔った男共がやいやいと手を叩いている。最早騒げれば何でも良い感じになっていた。唯一酒をあまり飲まず、クリアな思考を保っていたガンが小さく呟く。


「人は酒を浴びるとこうなる……酒ッて怖えな…………」


 パンツのゴムに続き、深酒はしない方が良いという新たな教訓を得られたカイのサイコロチャレンジだった。

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