148  男子会②

「順番は――まあ村に来た順で良いか。ほら、ケン」

「うむ!」


 サイコロが渡され、偉っそうにケンが仁王立ちした。


「ふはは! リョウさんとタツさんは知らんだろうがな! 俺は“豪運の祝福”を受けているッ! 俺の運は最ッ強ッッ! 元より勝てる勝負ではないのだッ!」

「何……だと……ッ!?」

「ズルじゃろそれは~!」

「そういやそんなのあッたな」

「嗚呼ッ、完膚なきまでに全てを地獄にするべきでした……!」

 

 今現在、ひとつだけ『前の世界での武勇伝』という無難な逃げ道が存在している。ケンの豪運を持ってすれば容易く撃ち抜かれてしまうかもしれない。リョウが歯を噛み締める中、ケンがひょいっとサイコロを投げた。


「五ッッ! 五番は何だガンさん!」

「五は『渾身のプロポーズ台詞をこの場の誰かに向けて練習で言う』だ」

「む!?」


 予想と違ってケンがガンを二度見する。嘘じゃないとばかり、お題が出た順番に数字を振って書かれた紙をガンが見せた。ケンの母国語で書いてあるから嘘ではない。

 途端、リョウとカイとタツが勢いよくガッツポーズをした。

 

「ヒョヒョ! ケン殿~!? 豪運どうしたんじゃ~?」

「フヒッ! 流石ケン! 大好きなガンナーにプロポーズする機会を豪運で奪い取ったという事ですね……!? いやあ流石です……! フヒヒッ!」

「ヨッシャ! ヨッシャ! ヨッシャアアアアア!」

「おまえら喜び過ぎだしニヤつき過ぎだろ」


 度合いは違えどケンから酷い目に遭わされていない者はガンを除き此処には居ない為、それはもう三人共盛大に喜んだ。


「クソッ! 何故だ! そうか、ベル嬢のサイコロだから――!」

「ズルが出来ねえ仕様なのかもな」

「あっ、そういうの良いんで早くして貰って良いですか?」

「プッロポーズ! プッロポーズ! プッロポーズ!」

「ケンさんまさかパスして罰ゲームに逃げたりしないよね!? 男子おのこの本懐僕らに見せて下さいよォ!」


 ここぞとばかりに煽り倒す三人に、イラッと視線を向けてからケンが盛大に鼻を鳴らした。


「無論だ! 渾身のプロポーズをしてやろうではないか!」

「ヒューッ!」

「だがいつからガンさんにすると錯覚していた!?」

「!?」

「!?」

「!?」


 調子づいていた三人が一瞬で凍り付く。


「ヒュッ」

「あっ、だってそんな……」

「嘘でしょ……!?」


 動揺する三人へケンが近付き、順番に両手をぎゅっと握り、額をくっ付ける勢いで顔を近付けて行った。


「ヒイイイィィ――――! 後生じゃ! 後生じゃからああああ!」

「アッアッアッごめんなさい調子に乗りましたごめんなさい許して下さいいい!」

「僕が悪かったですケンさん僕如きが調子づいて誠に申し訳イヤアアァァ!」


 手を握られ顔を近付けられる度に、順番にタツとカイとリョウが悲鳴を上げて白旗をあげてゆく。ガンが哀れなものを見る目をした。


「ふん! 煽る相手は選ぶ事だな!」

 

 げっそりした三人を見ると溜飲が下がったように口角を上げ、改めて向きを変えた。座って肉を齧っていたガンの前までへ行き、恭しく跪く。


「ガンさん」

「んっあっ、おれ!? ちょい待ち」

「結局ガンさんじゃん!」

「私達脅され損じゃないですか!」

「儂らのターン絶対要らんかったじゃろ!?」


 齧りかけの骨付き肉を置いたガンが一応ケンに向き直る。その手をケンが宝物を掬うような仕草で取り、他の三人が見た事も無いような優しい顔つきでプロポーズ(練習)を始めた。


「ガンさん」

「何だ」

「ガンさん、好きだ。大好きだ。何よりも愛している。ガンさんは俺の全てだ」


 ガンがこれ以上ない“きょとん”顔をした。


「俺の命も愛も何もかも全部くれてやる。だから――」

「全部は要らん」

「…………………………」

 

 全て言い終える前に切り捨てられ、ケンが顔を覆って地面に転がった。地獄を見た時のリョウのようにびくんびくん打ち震えている。


「ケ、ケンさぁぁぁあああん………! 無惨……ッッ!」

「むごいのう……むごいのう……!」

「あのガンナーの一ミリもぴんと来てない顔……! 残酷過ぎる……ッッ!」

「え……だってケンの全部とかほんと要らんし……」

「ガンさん追い打ちかけないであげてェ!」


「…………の、……の、……を、……た者は……ッ!」

「ケンさん何て!?」

「断末魔か!?」

「……ッッ、この……この、お題を……考えたッ、者は……ッ! 夜道に気を付けろ……ッ! 許さんぞ……ッッ!」

「ヒイイイイッ! 私じゃないですかやめて下さいよそういうのォオオォ……!?」


 地の底から響くようなケンの呪詛にカイが震えあがった。そもそもお題が悪いのではなくプロポーズ(練習)に失敗したケンが悪いのではとリョウとタツは思ったがそれを口に出す勇気はミリどころかマイクロナノピコレベルで無い。


「次ッ! ガンさん! カイさんが惨殺される前にサイコロ振ろう!」


 未だ砂の上で顔を覆って打ち震えるケンが動き出す前に、カイの殺害が実行される前に全てを有耶無耶にするべくリョウが動いた。友情である。急いでサイコロを拾ってガンに手渡す。


「おお、そうだな。じゃあ次はおれ」


 転がるのケンの事など気に掛けず、普通にガンがサイコロを振った。


「二番か。何だッけ……」

「二番は『村で一番好きな子を正直に言う』だよガンさん!」

「好きな子ッつってもなァ……」


 ガンが困ったように頭を掻く。その時顔を覆って砂の上で震えていたケンの動きがぴたりと止まった。


「そもそも恋愛してねえし、恋愛以外だとおれ全員好きなんだが」

「流石にこのお題で全員は駄目かな。一番だよ、一番」

「そうじゃよ! 村で一番好きなあの子の名前を言うんじゃよ~!」

「そ、そうですね……一番好きな……」


 殺害予告をされたカイだけが怯えながらちらちらケンの様子を窺っている。


「一番つッてもなァ……じゃあいつも飯作って貰ッてるしリョ」

「待ってえええ――ッッッ! 僕死んじゃうから待ってええええッッッッ!」


 割と適当な理由でじゃあリョウで良いや感満載でガンが『リョ』と言い掛けた瞬間に、恐ろしい殺気がリョウを貫いた。見なくても分かる。転がる“奴”である。


「やめて! そんな適当な理由で決めないで! 僕が死んでも良いと言うの!?」

「こっ、此処は流石に空気を読むべきじゃよガンナー殿ぉ……!」

「言いたくないですけどガンナーはこの世で一番恐ろしい生物の手綱を握っている自覚とこの場の生殺与奪を握っている自覚をもっと持つべきですよ……!?」

「ああ?」


 口々に言われて一瞬分からん顔になったが、皆がちらちら視線で誘導する先を見て『あー』と呆れ顔をした。


「こいつは好きとかじゃねえんだけどな……まあケンでいいよ」

「……!」


 じっと静止しながら、リョウを殺気だけで殺そうとしていたケンの肩が跳ねる。だが起き上がらない。


「あのー、それでは物足りないようなので――ちゃんときちんと正式に明言して貰っていいですかねガンさん? 僕も死にたくないので……!」

「私も死にたくないので! どうか! 何卒……!」

「儂もとばっちりが怖いぃ……! 何ぞ復活しそうな感じでひとつ……!」

「ええ……」

 

 再び骨付き肉を齧ろうとしていたガンが、面倒そうに言い直した。


「おれが村で一番好きなのはケンです」

「棒読みじゃん! もっと僕らの命を預かってる自覚を持ってよォ!」

「そうですよ! これはペンですみたいに言わないで下さい!」

「おまえらもケンもクッソ面倒臭えなァ!?」


 渋々ガンが骨付き肉を置き、転がったケンの傍らにしゃがんで絶対に聞こえるように耳元で声を張った。


「いいか! おれはおまえが一番好きだよ! この件で誰も殺すな! 闇討ちもすんな! 分かッたか!? 分かッたな!?」

「――――分かった!」


 即返事が返ってニッコニコでケンが凄い勢いで起き上がった。ニッコニコだ。


「わはは! ガンさんが俺を一番好きなら仕方あるまい! なにせ俺を一番好きなのだから許さざるをえまい! 命拾いしたなあ二人ともガンさんが俺を一番好きで!」

「よっぽど嬉しかったんだなあこの人……連呼しちゃって……」

「リョウ駄目です……! 『この件で誰も殺すな』ですよ! まだ迂闊な事は言わない方がいい……!」

「見事に復活したのう……狂気じゃのう……」


 ケンが復活したのでガンがふんと鼻を鳴らしてサイコロを持った。


「良かったな、命が繋がって。いつもおまえらの分までコレの相手をしてやッてるおれを崇めろよ。次リョウの番な」

「あっ、はい……崇め奉りたい所存です……次は僕だね……」


 サイコロを受け取り、深呼吸をした。地獄はまだ終わっていない。

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