144 フォーチュンクッキー

 ベルの快諾を得て、女子会が近日行われる事になった。同時に男子会も同日開催される事となった。何をするか内容はまだよく分からないのだが、リョウはガンに依頼されたので事前に当日の料理を作っている所だ。


「何か大量の肉と酒って言われたけど、これ絶対ケンさんとかの悪い影響受けてるでしょう……!」


 明らかにケンの影が見え隠れする為、肉料理がメインなのは勿論だが勝手に他のメニューも入れる事にした。肉という主張は恐らく女子会に対抗してワイルドさを出そうとしているのだと勝手に解釈し、メインには手掴みで行けるスペアリブやフライドチキン、BBQ風の串焼きなどを用意した。串焼きの間には勿論野菜を忍ばせている。


「肉、肉か……後は腸詰を焼いて、ステーキと……ああ、ハンバーガー風にしても良いか……後はお酒に合うおつまみとか……」

「リョウどーん!」

「……!」


 ぶつぶつ考えていると、名を呼ばれて肩が跳ねる。


「メ、メイさん! どうしたの久しぶり……!」

「ふはぁ! 朝食で会ったばっかだぁ!」

「そういやそうでした……!」

「男子会の料理作っとるんだろ? もしお邪魔じゃなかったら、おらも少し厨房使わせて貰って良いかな?」


 確かに食事の時は顔を合わせるし話もしている。だが思わず『久しぶり』と出てしまう位には、二人きりで話すのは久しぶりだった。女子寮建設のあれこれで係が違った為、他はあまり活動が被らないのだ。


「あ、良いよ! 女子会の料理作るの?」

「や、お料理は殆どあっちで出してくれるっていうから。だども、折角だからおらも何かちょっとした余興の菓子を作ろうと思って」

「余興のお菓子」


 どうぞと厨房内に招いて、不思議な響きに瞬いた。お邪魔しますとメイが踏み入り、エプロンを付けると髪を纏めて三角巾もきゅっと締める。


「そう、おみくじクッキーってリョウどんは知っとるかな?」

「……ああ、フォーチュンクッキー! 中に占いのくじが入ってるやつだよね?」


 髪を纏める所作に見惚れていたリョウが慌てて頷く。装いを済ませた後、きちんと手を洗いながらメイも頷いた。


「それだぁ。その位なら邪魔にもならんし、ちょっとしたお遊びになるかなって」

「それは良いかも! もう僕オーブン使わないからどうぞどうぞ!」

「ありがとう! じゃあ半分お借りします」


 嬉し気な笑顔に此方も笑み返し、エプロン姿可愛いし女の人の髪を纏める仕草滅茶苦茶好きなんだよねグッとくる等と先程脳裏に焼き付けた姿を反芻しながら、リョウの方も作業へ戻る。


「メイさんお菓子作り好きなの? よく厨房も手伝ってくれるし、料理も結構出来るよね?」

「いやぁ、リョウどん程は作れねえです。田舎に居た頃、日々の食事とたまに弟妹の為におやつを作っとった位で」

「それだけ出来れば十分な気もするけどな。そういえば、巨人族って食生活の違いってあるの?」


 リョウの世界にメイのようなタイプの巨人族は居なかった為興味があった。メイも隣であれこれ用意をしながら、少し考えるように首を傾げる。


「んん……基本食べる物は一緒だなぁ。ただおら達は人間より身体が大きくて沢山食べるだろ? そういう意味では食材に偏りがあったかなぁ……?」

「偏り、どんな?」

「例えば肉だ。おらは大きく見えるだろうけど、巨人族の中では小さい方なんだ。大人の男だと身長が4~5mあって」

「えっ、でっか……!」

 

「そう、でけえんだ。そんだけでけえと鶏なんか小さくて食いでが無えから、大きい家畜を沢山飼っとった。卵の為に鶏も飼っとったけど、主食の肉っていうと牛や山羊や羊が多かったなぁ」

「成る程なあ。野菜だとかは?」

「野菜も一緒だ。大きいサイズの野菜がメインで、細かい野菜はあんま好まれてなかった。おらは何でも好きだけどな。 特にリョウどんの飯は最高だ!」


 フォーチュンクッキー用の“くじ”を書いている最中のメイが、不意にリョウの方を向いて、日頃の美味しい食事に感謝するように笑う。途端にリョウが挙動不審に頬を染め、ぎくしゃくとした動きになった。


「あっ、あああ、ありがとう……! 一生好きなだけ作りますのでね……ッ!」

「えっ」


 口に出した後でプロポーズめいた言葉だと気付いて猛省するが遅い。メイが驚いたように目を丸くし、遅れて頬が少し赤くなったように見える。リョウは慌てた。

 

「いいいッ、いやいやいや、僕ガンさんとそういう約束してるから! ねっ……!」

「そ、そうかぁ……! ガンナーどんと……!」


 事実だが言い訳のように重ねて、慌ててメイから手元へ視線を戻す。メイも頬を染めたまま、ぎくしゃくと作業へと戻った。


「あの……ちなみに……」

「へぇ……何でしょう……」

「メイさんの好きな食材とかメニューは何でしょうか……」

「おらが特に好きなのはサツマイモです……サツマイモを使ったメニューが好きです……」

「分かりました……覚えておきます……」


 二人とも頬を染めぎくしゃくとしながらも、作業を進めていく。リョウの方はフライパンで腸詰やステーキやハンバーグを焼き、メイの方は生地をこねて薄いクッキーを焼いている。


「そのう……ちなみに……」

「はい……何でしょう……」

「リョウどんが好きな食材やメニューは何でしょうか……」

「僕は鶏肉が好きです……一番好きなのは鶏肉と野菜ごろごろのミルクシチューです……実家の食堂の看板メニューでした……」

「うわぁ……美味そうだなぁ……」


 もそもそと会話をしつつも、作業ばかりはてきぱきと進み――少しすると元から漂っていた肉の美味そうな匂いに、クッキーが焼ける甘くて香ばしい匂いが加わった。

 

「うん、丁度良さそうだ」

「そういやあのクッキーってどうやって中におみくじ入れてるの?」

「あれ、知らんのか? 今丁度作るところだから見ててな?」


 餃子の皮のように薄く焼かれたクッキーが天板から剥がされ、まだ熱くて柔らかい内に真ん中にくじの紙を入れて半分に折り畳み縁を閉じる。それから縁とは反対側に少しくぼみを付けたら、見慣れたフォーチュンクッキーの形になった。


「あ、そうやって作るんだ……!」

「そう、熱い内じゃねえと上手く形が出来ねえから手早くな」


 手早くと言った通り、次々に生地を畳んでいくメイの動きを何となく眺めていた。ベルの手指だったら『華奢で凄く綺麗で美しい手だな』と思う所、メイの手指は『大きいけど女の子の手の形だな、働き者の手だな、好きだな』と思った。


「……リョウどん」

「はっ、何!?」


 気付けばまた見惚れていて、反応が遅れた。メイの方を見上げると、笑顔で焼けたばかりのクッキーが沢山乗った皿を差し出している。


「良かったらおひとつどうぞ」

「え、良いの?」

「勿論、毒見をお願いします……!」

「毒見って……!」


 思わず笑ってしまいつつ、どれにしようか悩んでからひとつ選んで手に取った。


「頂きます!」


 ぱり、と歯で割るとまだ少し温かい。素朴で優しい甘さが口に広がった。


「あ、美味し……」

「わあ! 良かったぁ……!」


 一口頂いてからくじを引き抜き、それから残りも口に全部放ってしまう。


「……すごく、優しい味だし、甘さも丁度いいよ。本当に美味しい!」

「ふへぇ、何だか照れるなあ! ありがとう……! ……あっ」

「……?」


 メイが、リョウの手にあるくじを見ている。メイの世界の言葉で書かれているからリョウは読めない。


「あ、くじ。これ何て書いてあるの……?」

「……ああ、えっと……その……『明日は良い天気』と書いてあるかな……?」


 何で疑問形なんだとは思ったが、深くは考えずリョウはメイの手作りを始めて食べた喜びを噛み締めた。


「そうなんだ! じゃあ明日は晴れだね! 良い結果で良かった~!」

「へへ、そうだな……!」


 何故かばたばたとメイが少し慌てたように片付けをして、残りのクッキーを抱えるとぺこりと頭を下げた。


「じゃあ、リョウどんおらはこれで……! 昼から技術研修に行くもんで……! 厨房貸してくれてありがとう……!」

「いえいえ此方こそ! ありがとう! 研修頑張ってね!」


 幸せに包まれたリョウが笑顔で見送ると、メイは頷き小走りで厨房を出た。そのままどんどん小走りで遠くまで行き、厨房が見えなくなってからへたり込む。


「び、吃驚したぁ……! ああ、神様、おら嘘を吐いちまった……すまねえ……!」


 メイの世界の言葉はメイにしか読めない。

 そう――本当は『明日は良い天気』ではなく『素敵な恋をする』だったなんて事は、メイしか分からないのだ。

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