137 密談と駄々

 ――――某日某所、人目を忍んで密談が行われた。


「――では、各自報告を」


 ボスらしき上座に座る大柄な男の促しにより、左右に座った二人の人物が頷く。密談に相応しく薄暗い室内。ちろちろと揺れる蝋燭の光だけが淡く人物達を浮き上がらせていた。


「じゃあアタシから。日々さりげなく観察しているけれど、どう見ても日常的に目線が追っているのよ。後は話す時に少し声が上ずるの。話始めも少しどもる事が多いわ」

「ほう、最早日常レベルか……!」

「ええ、どう見てもホの字よ」

「また古い言い方を……!」


「わたくしからもいいかしら?」

「無論だ」

「歓迎会当日の午前、村の案内の最中に――農場の丘で話し込んで良い感じだったと小人達からタレコミがあったわ」

「ほう!」

「内容までは解らないけれど、二人で手を繋いでぶんぶん揺らしていたとか……」

「ンマ!」


 本日はとある男子の恋情について話されている。


「後は歓迎会が始まる直前ね。わたくしと彼女を迎えに来てくれたでしょう。その時彼は間違いなく彼女を見て『ほんと似合ってる滅茶苦茶可愛い』というような事を無意識に心中が零れてしまった風に口にしたわ」

「無意識だと!? 重症ではないか!」

「けど、初日の夕飯の時の挙動不審とは矛盾するわネッ! 何かあったのかしら?」


「ふぅむ、矢張りアレか……」

「何かご存知なの?」


 大柄な男が腕を組み唸る。右側に座ったドレスの女が首を傾げた。


「初日の夕飯時、酒を取りに行くといって一度三人で離れたろう。あの時に恐らく何らかの相談――何らかの助けを得ている。翌日ガンさんが俺に『気付いているのか』と口にしたから何かコソコソしていたのは間違いない……!」

「まあ、三人でコソコソだなんて。わたくし達に相談してくれても良いのにね」

「ンフ、恐らく玩具にされそうでケンちゃんとべルちゃんには相談出来なかったんでしょうネッ! こうして密談ごっこまでして遊んでいるワケだし……!」


「そういえばガンさんも『あまり玩具には……』と言っていたな! 失敬な! ナイスアシストしかしていないというのに!」

「そうよ! メイが可愛い服を着ているのは誰のお陰だと思っているのかしら!」

「これまでの日頃の二人の行いがビンビン伝わって来るワァ!」

「だがジラフさんも同じ性質であろう!?」

「会合に呼んで頂き感謝の極みだわヨッ!」


 そう、この場にはケンとベルとジラフが居た。秘密組織の密談風にリョウの恋愛具合を探って遊ぶごっこに興じている。リョウが知ったら発狂しそうな集まりと面子だが、悪趣味に見えても一応節度ある大人の遊びなのである。


「もうリョウちゃんはメイちゃんにゾッコン☆LOVEで間違いないわね」

「ええ、挙動不審を乗り越えて真の恋心を自覚したという感じだわ……」

「ふぅむ、メイさんの方はどうなのだ?」

「ドレスを褒められた時は赤くなっていたわね。初心そうだし、そういう褒め言葉に慣れていないだけか……それとも……」

「メイちゃんの方も、リョウちゃん程じゃないけど結構見てるわよォ~! 気にはなってるんじゃないかしらッ!」

 

 仲間内で初々しい恋の気配が芽生えたら気になるのは当然の事である。やいやい騒いだり茶化したりけしかけたりして壊してしまうのは本意ではない為、一応気付かないふりはしているものの、もう気になって仕方がないのである。玩具もとい、進展を見守りたくて仕方ないのである。村にはまだまだ娯楽が少ないのである。


「それはそれは……まずはメイ嬢の脈を確かめねばならんな……! 脈次第ではまたリョウさんが悲惨な結末を迎える事になる……ッ!」

「そうね、リョウにこれ以上悲しい恋愛をさせてはいけないわ……!」

「勇者の勇者が大冒険かつ全て悲恋で終わって来た事情を聞いた今、アタシも協力したい気持ちよ……ッ!」


 強引な仲人のようにあれこれするつもりは無い。基本は見守りたいだけなのである。見守ってニヤニヤしたいだけなのである。気持ち的には玩具だが実際する事といえばナイスアシストしかしない寧ろ仲間思いの無害な集団なのである。


「……まずは女子会かしらね。メイの脈を探るなら女子会だわ」

「良いわネッ! アタシも参加させて貰うわッ!」

「女子会! 男子禁制の中で何が行われているか話されているか男子には永遠に知る事は叶わぬ女子会の事か……ッ!」

「そうよ、ケン様……! 幾らケン様でも女子会の全ては明かせないわ……!」

「脈の有無だけはちゃんと教えてあげますからねッ!」


「むう、仕方あるまい……! では俺は引き続きさりげなくリョウさんのアシストを続ける事にする……!」

「そうね、アタシも日常の観察とアシストは頑張るわ」

「メイの事はわたくしに任せて頂戴」


 三人とも確りと頷き、本日は散会となった。



 * * *

 

 

 一方その頃、他の面々はタツに手を焼いていた。


「こいつまじで何も出来ねえな?」

「ガンナーそういう言い方は宜しくないですよ……!」

「だって儂労働苦手なんじゃもの~!」


 特に絶対のノルマがある訳では無いのだが、一応村での共同生活なので各々出来る事を協力して暮らしていく――というのが今までのセオリーだった。リョウなら厨房、カイなら農業や畜産、ケンとガンは建築や他の手伝いという感じだ。

 

 ただ好き嫌いや適性もある為、どんな仕事が向いているかは試してみないと分からない。幸いメイは田舎出身という事もあり、厨房から農業畜産、果ては力持ちを活かして建築にまで活躍できそうなオールマイティだった事が判明した。

 ジラフは今は(密談に参加しており)不在だが、ガンと同じく物覚えが良く、どんな仕事も教えれば問題なく出来そうだった。問題はタツだ。


 土で汚れるのは嫌だ、臭いし家畜の世話は嫌だ、厨房など以ての外、細かい仕事も苦手で、建築も重い物を持つのは嫌だ云々、現状何ひとつ向いた仕事が見付からない状態だった。


「元龍王じゃぞ! 元神じゃぞ! 儂しもじもの労働なぞ出来んもの~!」

「しもじも言うなこの野郎! 駄々こねんなジジイ!」

「まあまあ、諦めずに探せばきっと何かありますから……!」

「探さなくて良いんじゃよ~! 儂は日々何もせず食っちゃ寝して酒と女をかッくらい遊んで楽しく生きて行きたいだけなんじゃぁ~!」


「本当……知ってたけど正直過ぎるんだよなぁ……!」

「ふはぁ、タツどん小さえ子みてえだぁ……!」


 ガンは苛つき、カイは仲裁顔で、リョウとメイは困り半分微笑ましい半分で駄々をこねるタツを眺めていた。


「つッてもおまえ、一応村人すんなら『互いの幸福』と『助け合い』をしなけりゃなんねェだろ? 労働が嫌ッてんなら他に何が出来るんだ?」

「子作りなら得意じゃ――――痛い!」

「煩え」

「ぶった! ガンナー殿がまあまあ強い力でぶった!」


 ガンが取り立てヤクザよろしく、タツが債務者よろしく詰められている。ぶたれているので流石にそろそろ仲裁しようかとリョウが踏み出しかけた時、メイが閃いた。


「タツどん、おらを助けてくれる時に『水と天候の扱いだけは得意』って言っとらんかったか?」

「メイ殿! ガンナー殿がぶつんじゃよ! 親父にもぶたれたことな――――ああ、うん。そのふたつは得意じゃけど……」


 哀れっぽくしていたタツが、質問にきょとんとした。

 

「どんな風に得意なんだろ?」

「そりゃ色んな水が自在に出せて、好きに天候も操れるっちゅう感じで……」

「炭酸水や硬水や軟水を出せたり、好きな場所に雨を降らせたりも出来るのか?」

「余裕じゃよ~!」

「……えっ! すごい! それは凄いよタツさん!」

「それは素晴らしいですよタツ……!」

 

 炭酸水硬水軟水辺りでリョウが食いつく。好きな場所に雨のくだりでカイも食いつく。ガンだけが分からん顔をした。


「じゃあそれを仕事にしよう! タツさん! タツさんは水係だ!」

「ええ、そうしましょう! 畑で天気の調整が出来るの助かりますから……!」

「わぁ、良かったなぁタツどん! お仕事見付かって!」

「いや儂は……いや…………」


 それすらも面倒と言い掛けて、純粋に仕事が見付かって喜ぶメイの笑顔に押し切られた。女人にはひたすら弱いのである。


「何だ、結局なんか良いの見付かッたって事でいいのか?」

「見つかったよガンさん! これでガンさんに炭酸ジュースも作ってあげられる!」

「…………?」


 怪訝そうにするガンだったが――この後すぐレモンの蜂蜜漬けと炭酸水を混ぜたものに氷を浮かべたドリンクを作って貰い、味見をすると『やるじゃん』とタツを褒めたという。こうして全員ちゃんと仕事が見付かったし、暑い日のレモンスカッシュは何よりも美味かった。

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