136 マグロ解体ショー
全員が集合し、着席するとケンが立ち上がり宣言した。
「では一日遅れたが改めて歓迎会を行う! 既に全員面識はあるが、40名の女小人達、ジラフさん、タツさん、メイさんだ! 全員新たな村の一員として歓迎するぞ!」
「わいわい!」
開会宣言に皆拍手し、ケンの促しでグラスを持って立ち上がる。
「ではこの先も続く村民の幸福と村の繁栄を願って! 乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯」
「乾杯……!」
「乾杯!」
酒やジュースのグラスが打ち付けられ、皆一息に飲み欲しては満面で笑った。
太陽の一番高い昼食時。空は晴れ渡り、会場である広場と屋根付きのパビリオンは花やガーランドで飾られ華やかだ。人数が一気に増えたので広場の方にまでテーブルを出して卓上には既に幾つか御馳走が用意されている。だがメインディッシュは別だ。
「よし! やるぞ! リョウさん用意をしろ!」
「はいっ!」
エプロンをし、しっかりと手を消毒したケンとリョウが広場に用意したステージへと向かう。ステージには巨大な木の台が用意され、更に周囲には同じくエプロンをした厨房小人達が待機していた。
「確かマグロの解体ショー? をするのよネッ! 楽しみッ!」
「マグロか! 海の魚じゃろ? 魚の形で見るのは初めてじゃあ~!」
「ケンとおれとカイで釣って来たんだ」
「すごいなぁ……! リョウどんは行っとらんのか?」
「一方その頃リョウは寿司職人に弟子入りしていたわ」
見学すべく皆もステージを囲む。色んな刃物が並べられ、切り分けた後に置く為のトレイや氷なども沢山用意されている。
「そう、なんかおれの人生初の寿司を握ッてくれるらしくって……」
「儂も初めてじゃあ!」
「おらもだ!」
「おっ、丁度いいじゃん」
初めて組が増えたので嬉しい。見守っていると、ケンがケン倉庫からずるりと保管していたマグロを取り出した。
「見よ! 氷温で保存し程よく食べ頃のマグロであるッ! 船上都市で内臓抜きなどはしてある故、解体すればすぐ食べられるぞ!」
「キャア! おっきい~!」
「これがマグロ……! 随分でっかくずんぐりしとるのぉ!」
「でっけえ! 美味そうだぁ……!」
「これを俺が今から解体しッ! リョウさんが握るッ!」
体長3mにも及ぶ巨大マグロの存在感は凄かった。歓声が上がり、まさしくショーを見る前のわくわくで盛り上がっていく。ケンが船上都市から持って来たらしい鋸を手に取り、えらの位置から差し込んでギコギコやり始めた。
「剣で斬ってしまえば一瞬なのだが、それではつまらんから手順通りにやるぞ!」
「ケンさんが斬ったらね、そうなるでしょうね」
半面に刃を入れ顎を切り取り、そこで一度ケンが刃を見せてくれた。脂がべったりと白く付着しているのが見える。
「見よ、白いだろう! 脂が乗っている証拠だぞ! 人間も斬り過ぎると血脂で切れ味が悪くなるだろう! それと一緒である!」
「例えが悪いですよ! 例えが……!」
顎を助手である小人に渡し、反対側から刃を入れて今度は頭を落としに掛かった。
「顎肉も頭肉も目玉も頬肉も食べれる故! 何かに使うように!」
「モイ~!」
「うお~! 頭取れたでけえ~!」
刃を変えるとヒレを落とし、骨を出す為に横腹に切り込みを入れてゆく。何度も見て習得したというのは嘘ではないらしく、大変手際が良い。
「うむ、よき内面である!」
切断面から見る限りとても“美味そう”な個体でケンが満足そうにする。それから小人に手伝わせ、二人掛かりの長大な刃で背骨に沿って腹側に刃を入れていく。すると大きなブロックががくんと外れて周囲から喝采が上がった。
「へぇ……ああやって解体するんだなあ、マグロは……!」
「尻尾まで入れるとメイ位の大きさあるわよね。立派だわ……」
「ちなみに此処はカマトロと言って大トロの端部分なのだが、量が少ないから貴重な部位なのだぞ!」
説明しながらケンがカマ部分を落とし、次々解体してゆく。ブロックに分けられたマグロは手際よくリョウの方へ運ばれ、リョウはまた別の台を使って運ばれたマグロを食べやすいように切っていく。
「断面めちゃくちゃ綺麗だね。絶対美味しいやつ……!」
「綺麗なグラデーションですねえ……!」
ケンが五枚おろしにしてくれたマグロは結構な量で、何処から食べようか迷う位だった。断面も赤からピンクの豊かなグラデーションで実に脂が乗っているのが分かる。ずっと見ていたい所だが、村がある地域は暖かいので傷まぬように今使わない分は迅速にしまっておく。
「まずは大トロだよね……! ほんと数日の修行なんで全然一人前とは言えないんですが、僕は頑張るよガンさん……っ!」
「もうおれの為に頑張らんでいいッて……! タツもメイも寿司は食った事ねえから……!」
「いやあこればかりは初志貫徹なのでェ!」
言いつつ、海上都市の寿司職人の教えを思い返しながら柵を切り分け、素早くだが丁寧に握っていく。熟練では無い為、きっと師匠程の味は出せないと思う。だが現状での全力で寿司を握る。程なくカウンターもとい、ステージのテーブルに三貫の寿司が並んだ。
「ひとまず、寿司初体験の三人に……!」
「おお……!」
「おら達も良いのか……!?」
「嬉しいのう!」
「魚の方に少し醤油を付けて食べるのだぞ!」
寿司が初めての三人が、物珍しそうに言われた通り醤油を少し付けて口へと運ぶ。
「……!」
「……ッ!」
「……!」
三人同時に目を見開いた。いち早く飲み込んだメイが頬を紅潮させて口を開く。
「ななな何だこれ、おらこんな食べ物生まれて初めてだ……! 濃厚で脂が乗ってて美味え……っ! 脂が甘くて舌の上でとろける……っ! 米の方も食った事無え味だども、これがまた魚と合うなぁ……!」
「ほうほう! 酢飯と相性が良いのじゃなあ! メイ殿が言った通り口に入れた瞬間蕩けて旨味が広がるし、マグロとシャリの蕩けと崩れ具合が何とも良きぞ~! 美味じゃ! 美味じゃよリョウ殿……!」
次いでタツも感動したように感想を述べる。
「おっ、ガンさんどうする! 先に大分まともな感想が出たぞ! どうする!?」
「ガンナー大丈夫ですか……!?」
「うッッッるせえな! おれの食レポは大分マシになッてきてんだよ!」
ハードルが上がったせいで心配されたが、ガンも意を決して口を開く。
「リョウ……!」
「ガンさん……!」
「ええと……なんか美味え!」
「なんか!?」
「なんかこう、魚の脂? とか、ちょっと酸っぱい飯とか、あと醤油味!? 初めての味ですげえ美味かったよ……!」
「伝わらないけど伝わったよ……! ガンさん……! 良かった……!」
結局あんまり上達はしていないが、美味いという事は伝わった。初めて寿司を食べた三人の顔を見て、修行してきて良かったなと思う。
「ひとまず大トロ中トロ赤身炙りと全員分握るけど、後は刺身にしようと思うんだ」
「ほう?」
「寿司の師匠から大人数ならって良いアイデアを頂きまして……!」
「ほほう!」
リョウが忙しく寿司を握る傍ら、厨房小人達がマグロを切ったり、他の何かを食卓の方にばたばたとセッティングをしていく。
「手巻き寿司っていうんだけど、自分で海苔に酢飯と好きな具材を挟んで食べるお寿司なんだって。大勢での宴会なら向いてるんじゃないかって」
「嗚呼、それならリョウも手が空きますし素敵ですね……!」
「アラ! マグロ以外の具もあるのね!」
「そうそう、他の魚介もだし――小人さん達は生魚無理かもだから野菜とか卵焼きとかも用意したんだよね」
「リョウちゃん気配りの男ねェ~!」
食卓にはマグロ以外の手巻き寿司の用意がすっかり整えられ、既に小人達が楽しそうに好きな具材を取って巻いていた。ナチュラルな食事を好む小人達には、余計な調味料を入れていない米や具材を用意してある。
「おお、リョウさんでかした! でかしたぞ!」
「えへへ、すぐ握るから皆食べてていいよ~!」
マグロの解体ショーは好評で、皆リョウの握り寿司に舌鼓を打ち、また家族のように手巻き寿司パーティーを楽しんだ。宴会は夜まで続き、小人達による演奏や村祭りのダンス等々、酒も入って賑やかに夜更けまで続いた。
新しい仲間達もすっかり馴染み――明日からはやっと平穏な日常が再開されるのである。
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