134 陥落

 翌日、一日遅れの歓迎会を行う日だ。

 昨日と同じく昼から始める事にしたので、午前は余裕がある。朝食も終え、訓練も終え、昨日で準備もほぼ整っているという事で――ケンがリョウに命じた。


「えっ、僕が村の案内を……!?」

「うむ! メイさんだけまだ村の案内が出来ておらんからな! リョウさんが昨日一番話をしているようだし、案内もしやすかろう!」

「えっあっ、そりゃうん」

「歯切れが悪いな!? 何だ、嫌なのか!?」

「いやいや、嫌とか無いよ! その、女子の皆さんはおめかしの準備があるんじゃ……? って……?」

 

「メイさんのドレス作りに少し時間が掛かるらしくてな、遅めに来いとベル嬢から言われている!」

「成る程……じゃあちょっと案内してくるよ……!」

 

 此処で妙に渋るとケンに気付かれそうだったので、そそくさ引き受け場を後にした。昨日ガンとカイへ相談した内容に気付かれてしまうと、どんな風に玩具にされるか分かったものじゃない。ケンの好奇心と『良かれと思って』に関してだけは、あまりリョウは信用していないのだ。


「メイさん」

「リョウどん!」

 

 メイを探すと食堂の方で洗い物をしてくれていたので、早速声を掛けた。昨日から人生でこれほどオークに感謝した事は無い。洗い物の手を休めて此方に明るく微笑む姿がオークなお陰で、何とか心が平静を保てるのである。

 これはこれでまあ罪悪感があるのだが、今の自分は素のメイを前にしてしまうと思春期の少年もかくやの醜態を晒してしまう為、仕方ない事だった。


「洗い物してくれたんだ。ありがとう。ケンさんに村の案内をするように言われてさ、今から動けるかな?」

「わあ、有難え! もう終わる所だからちっと待ってな……!」

「分かった」

 

 待つ間、洗った食器を片付ける様子を見ていたが凄く手際が良い。食事の際も思ったが矢張り全ての所作が美しい。家事に慣れているのと、持ち前の品だとか育ちの良さを感じさせるものだった。オークの姿ですら所作で美を感じさせてくるのだから、これは本当に素の姿ではひとたまりもない。


「リョウどんお待たせしたな! 案内宜しくお願いします!」

「はぁい! じゃあ行こう!」


 先にざっと村の設備を回り、それから遠地に繋がるゲートを潜って施設を順に紹介していく。オークフィルターのお陰で、呪いを解く際に話が弾んだよう気負わず色んな話が出来た。贔屓目や気のせいではなく、普通に話が合うなと思った。

 海を見て、次は農業をしている五人目の土地へと向かう。踏み入った瞬間、メイが目を瞠って歓声を上げた。


「うわあ……!」

「綺麗だよね、此処。景色が故郷に似てて好きなんだ」

「おらの故郷にも似てるなぁ」

「あ、そうなの?」

 

 陽光を受けて輝く草原と風が吹き抜ける美しい丘陵地帯。丘の上には建築中の小人達の新居と、農作業の為の小屋。丘の下には草原を切り取るように収穫前の麦畑と田畑が広がっていた。

 

「へぇ、おらの村は田舎で農業が盛んだったです。牛や羊も飼ってたなぁ」

「僕の生まれた村もそんな感じ。家は食堂だったんだけど、それでも結構色んな村の仕事をやらされたなぁ」

「っふふ、おらもだ。おらさ家は教会だったんだども、収穫の時だとかは色々やらされて。ほんと、懐かしいなぁ」

「あ、家の事も結構やってた? さっきの洗い物凄く手際が良かったからさ」


 話しながら丘を登っていく。


「へぇ、うちは早うにおかあが亡くなって、弟妹も大勢居たもんで。聖女修行で村を離れるまでは、おらが家の中は切り盛りしとったです」

「成る程、だからか。聖女修行って何するの?」

「聖女修行は――神聖魔法や戦い方や、座学と、後はお偉いさんと会う事もあるから、マナーまでもう全部だ……。おらはもう、見た通りの冴えねえ田舎女でしょう。マナーは本当、苦労したんだぁ……」


 余程辛い修行だったのだろう。メイの眸からハイライトが失われる。


「いやいや、田舎女って……! メイさん仕草とか姿勢すごい綺麗だよ……!」

「へぁ、ほんとか!? なら嬉しいな……!」

「お世辞じゃないからね……!?」

「ふはぁ、リョウどんがおらに世辞言ったってなぁ!」


 可笑しそうにメイが笑う。気取った貴族の女のように口元を隠す訳でもない、あけすけで気持ちが良い笑い方だ。自分でも言う通り、確かに田舎女といえば田舎女なのだろうが、寧ろリョウはその方が好ましかった。

 丘の上まで行き、小人達の建設中の家や小屋を見学し、その後は小休止で麦畑を見下ろす木陰に座った。吹き抜ける風が心地よい。

 

「……なあ、リョウどん」

「なぁに?」

「おら、もう一度ちゃんと礼を言いたくてなぁ」

「そんな、僕も皆も当たり前の事をしただけなんだから。何度もいいのに」

「それは分かっとるです。もう何度も言ったです。だどもおらは、もう一度リョウどんにお礼を言いてえんだ」

「僕に……?」


 名指しにきょとんと瞬く。風に揺れる横髪をそっと掌で押さえて、メイが隣のリョウの方を見た。オークフィルターが無かったら、きっとその仕草だけで赤面していたと思う。フィルターがあるというのに、何故だかどぎまぎした。


「へぇ。勿論皆さんにも本当に感謝しとります。中でもリョウどんに、おらは特に感謝をしとるんです」

「それは役割の問題じゃないかな。確かに仕上げは僕だったけど、立案とかはベルさんで……」

「そういうんじゃねえ。リョウどんが、作戦の前に暫く話をしてくれたでしょう」

「あ、ああ……けどあれはベルさんが斬るんだからその前に話せって……」

「話す内容までは指定されとらんでしょう?」


 もごもごと言い訳をするリョウに、可笑しそうにメイが微笑んだ。


「リョウどんが話してくれて、おらは心を救われたんです。全部諦めとったのに、希望を持たせてくれて、不安を取り除いてくれて。新しい生活への期待まで灯してくれたんだ、リョウどんは。だもんで、特に感謝しとります。ありがとう」

「えっ……えっあっ……いや、その……こちらこそ……!」

「それにな、斬る直前に言ってくれた言葉も本当に嬉しかったんだぁ」

「…………ッッッ!」


 素直な感謝に照れてしまってしどろもどろしていた所に、再び『素敵な温泉があるから皆で入ろう』の失言が去来する。


「おらほんとに」

「ごめん……ッ!」

「!?」

「ごめん、あの、本当にさ……! 斬る前はあなたが女性だと思ってなくて、皆で温泉入ろうなんてあの時は言っちゃったんだけど……! 失言だったよね!? 本当にごめん……ッ!」

 

 唐突に繰り出される猛省と謝罪にメイの方が驚いたように瞬いた。


「何だぁ、んな事ちっとも気にしてねえ! っふふ、リョウどんそんな事気にしてたのか? 可っ笑しいなぁ!」

「本当!? 本当に……ッッ!? ああ、良かった……ッ、良かったァ……!」


 すぐに破顔し、鈴を転がすような笑い声が聞こえた。見た目にはオークフィルターを掛けられても、音声はそうも行かない。変わらず美しい声のままだ。


「……本当に、嬉しかったんだ。自分を大切にするのが下手だ、なんて今まで誰も言ってくれんかった。リョウどんに言って貰って気付いたんだ。辛かったって」

「うん……」

「愚痴や褒めるの、一緒にって言ってくれたでしょう。おら本当に嬉しくてなぁ。リョウどんも大変な境遇を過ごして来ただろうに。何て優しいお人だろと思って。おらは、リョウどんのお人柄に救われたんだ」

「…………僕の……」


 オークフィルターは掛かっているが、柔らかな笑顔でメイが此方を見詰めて頷く。フィルターがあるというのに、明確に心臓が跳ねる感覚があった。


「だもんで、お返しでもねんだけど、その話する時はお互いにしてえです。優しいリョウどんの愚痴も聞きてえし、頑張ってきたリョウどんを、おらも褒めてえです。――いいかな?」

「い、いいよ……! そうしよう……!」


 気付けば思わず、無意識でメイの手を取っていた。メイが一度瞬き、察したように両手を重ねてぶんぶんと上下に振る。


「ふふっ……! 約束な!」

「約束……約束、します…………っ! 今度しようねっ!」


 子供のような約束の仕草。リョウは恥じ入るように一度だけ目をぎゅっと瞑った。大変恥ずかしいし、昨晩暗示をかけて貰ったばかりなのに本当に情けない。自分でもちょろいし恰好悪いにも程があると思う。だが、瞬殺だ。


 ――――次に目を開いたら、オークではない美しいメイの姿が見える確信があった。これはもう認めるしかない。自分はメイに恋をしてしまった。

 忸怩たる思いと共に、潔くリョウは認めたのである。

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