130 ラッキースケベ

 てっきり男だと思っていた。確かに途中で性別に対する言及は無かったが完全に男だと思っていた。呪いで声は変わっていたし、全身甲冑だし巨人族という前情報があったにしろ大きかった。それに話し方だって性別が解るものではなかった。これはもう男だと思ってしまっても仕方がないのではないか、そもそもこの世界に女性が送られてくる事は稀なのだし皆だって男だと思ってたよね!? と一度はフリーズし掛けた脳が忙しく言い訳を始める。


 そして次の瞬間思い出してしまったのは『素敵な温泉があるから皆で入ろう』という自分の失言であった。同性だと思ったから気軽に提案した訳で、女性だと解っていたらそんな言い方はしなかった。だが知らなかったとはいえ自分はとんでもないセクハラを働いてしまったのでは? と酷く焦りがこみあげてくる。


 だがそれよりも今自分の顔を包んでいる豊満な何かだ。滅茶苦茶いい匂いがする。違うそうじゃない。ふわふわだ。柔らかいのにえもいわれぬ弾力がある最高だ。違うそうじゃない。所で待って欲しいこれは生身の感触ではないだろうか。衣服はどうしたのだろう。甲冑が弾けた位だし衣服も吹き飛んだに違いないきっとそうだ。違うそうじゃない。そんな考察より切羽詰まった緊急事態がある。


 相手は救われた感激でたまらず思わず抱きついてしまったのだろう。それだけ苦しかったのだろうし解放の喜びは凄まじかったのだろう。不可抗力だ。これは許される。だが現状を理解してしまったせいで現在進行形で起きている自身の変化は許されない。不可抗力、自然現象とはいえ下半身に熱が集まり始めている。最低だ。これは本当に許されない。相手の純粋な感激に対し背徳にも程がある。この時ほど自分が纏っている鎧のスカート部分に感謝した事は無かった。


「ちょッ、あの……あのッ……!」

「ああ、すまねえ……! 苦しかったか……!?」


 これ以上は拙い! と必死でみじろいだリョウに気付き、甲冑の中身――巨人族の女が腕を緩める。そのせいで自分を心配して覗き込む、感激に瞳を潤ませた顔を間近で見てしまった。


 豊かに波打つ若葉色の髪。輝くような蜂蜜色の肌。夕陽を思わせる琥珀色の眸。睫毛が長い、目が大きい。歳は二十代の半ば位だろうか。巨人族だけあって人間の女と比べると全体的に大作りなのだが、バランスが取れていて違和感は無いというか寧ろ美しい。美しいというか可愛い。可愛いし美しい。

 心臓を鷲掴みにされたような気がして慌てて視線を外す。落とす。そして顔から下に広がる絶景を視認した瞬間、ボッと耳まで赤く熱が点るのを感じた。


「リョウどん!? 大丈夫か!?」

「待って待ってとどめ駄目です待ってェ~ッッ……!」

「リョウどん……!?」

「ちょッ、あのッ、あのねえッ……!? 服をッ、服をねえッ!?」


 上手く言葉にならず、しどろもどろ指摘する。きょとんと女は首を傾げ、漸く自身の身体を見下ろし――直後、やっと気付いて此方も耳まで顔を赤く染めた。


「へっ、へあァ……! すっっすすすすまねえ……! すまねえ……っ! おらなんちう……はしたねえ……っ! リョウどんすまねえ……っ!」

 

 急激な自覚。湧き上がる羞恥。たまらず地面にへたり込み、身を縮めて両手で大事な所を隠すしかない。


「いやいやいや、寧ろ僕の方こそごめんね!? ほんとごめんね!? 見てない! いや少しは見ちゃったけどもう見ません! 目瞑ってるからァ……ッッ!」

「リョウ殿見たのか!? ずるい! 儂も見たいんじゃよ~!?」

「タツさんはちょっと黙ってェ~!」


 きつく目を瞑り、慌てて手探りで最強装備のマントを引き千切るように外した。それを女の方へぎくしゃくと突き出す。目を瞑った所で瞼に焼き付いた眩しい裸身は消せないのだが、勇者としてこれ以上の背徳を重ねる事は出来ない。


「と、とりあえずこれェ……!」

「あああ、ありがとう……すまねえ……っ! お見苦しいもんを……っ!」

「とんでもない! ちっとも見苦しくは無かったです! じゃなくてェ……ッ!」


「ベル、これどうしたらいいんです……!?」

「どうしようかしらカイ、面白くなってきたわ。わたくし爆笑しそう」

「儂も見たいんじゃが~!?」


 あまりにも収集が付かず困り始めた頃、神からの助け船があった。


『あの……あの、だんせいじんだけさきにもどしましょうか?』

『私はええと、シーツか何か、小人達から貰ってきます……っ!』

「ンッフ……! そうね、そうして頂戴……!」

「ベルさんこれ笑いどころじゃないんだけどォ!? いいから早く戻してェッッ!」

「儂も見たいのにぃぃ――――ッッ!」

 

 リョウとタツの絶叫が響き渡り、神の操作で男性陣だけ先に村の方へと戻された。先程まで響いていた轟音も気付けば止んでいたから、討伐組も恐らく一緒に戻されているだろう。


「ひとまずシーツが届いたら、わたくしの屋敷へ行きましょう。そこで着る物を何とかしてあげるわ」

「へぇ……ほんとすまねえです……!」


 リョウのマントを必死に巻き付けてはいるが、矢張りサイズの問題で全身は隠せていない。恐縮し、身を縮める女に笑ってベルが手を伸ばす。


「――――良かった、無事に救えて。頑張ったわね」


 頭をくしゃりと撫ぜてやると、再び女の目に涙が溢れた。


「へぇ……へえ……! ほんとに、ベルどんも……ほんとに、皆さんのお陰です……ありがとう、ありがとう……! おら、どう御礼をしたら良いか……!」

「うふふ、お礼なんかいいのよ。けどそうね、折角女の子が増えたのだからわたくしの着せ替え人形になってもらおうかしら! 女子会もしましょうね?」

「へっ……着せ替え……えぇ……?」


 にこにことするベルに戸惑っていると、シーツを抱えたマーモットの神が駆け込んできた。その後は男共の目を避けてベルの屋敷まで行き、準備を整えてから改めて皆と会う事にする。一方男子の方は――――。



 * * *



「なんと! 甲冑さんは女性であったか!」

「へえ~! でけえし声もアレだし絶対男だと思ッてたわ!」

「ンマ! 女の子だったなんて! ベルちゃんと三人で女子会が出来るわネッ!」

「だからおまえは女子じゃ――」

「アタシは乙女だって言ってんでしょッ!」

 

「そう、女性だったんですよ……驚きましたね……」

「見たかった……儂も見たかった……っ」

「ああああ……煩悩ああああああああああ…………」


 リョウ達はコントロールセンターで討伐組の三人と合流し、村の方、集会所まで戻って来た。様子がおかしいリョウとタツはひとまず置いて、カイが現状を説明する。甲冑の中身が女性であった事は驚かれたが、驚かれただけだ。


「で、あの二人はどうしたんだよ」

「明らかに様子がおかしいワァ」

「嗚呼……ええと、呪いが解けた後に甲冑が弾けとんだようで――いえ、私とタツは見ていないのですが……聞いた限りでは、全裸だったようでして……」

「ほう!?」


「見たかったぁ……! カイ殿が邪魔をするからぁ! 儂も見たかったんじゃあ……!」

「あいつ床まで叩いて泣いて……ッ! そんな見たかったのか……!」

「タッちゃん哀れだワァ!」

「待て、『私とタツは』だと!? 儂『も』と言ったか!?」

「……!」


 消去法で視線がリョウへと集まる。リョウは先程から真っ赤な顔で『あああ』と呻くばかりだ。ケンが立ち上がり、詰問するようにリョウを揺さぶる。


「どうなんだリョウさん! 見たのか!?」

「あああやめてェ……! 見たけど、見たけどちょっとですゥ……!」

「見たんだな!? 見ただけか!? 他には何も無かったか!?」

「どうしてそんな勘は鋭いんだよやめてよォ!」

「勇者の勇者が大冒険してきたリョウさんが! 女体をちょっと見た位でそうはならんだろう!? 他にラッキースケベがあった事など俺にはお見通しだぞ!」

「リョウ殿ぉぉ!? ずるいではないかぁぁ……!」

 

「ラッキースケベってなに?」

「え、ええと……」

「ラッキースケベとは意図せずたまたま陥ってしまった、ちょっとエッチなシチュエーションの事を言うのよ、ガンナーちゃん」

「へえ~!」

「ところで勇者の勇者が大冒険ってなぁに?」

「ああ、それはな……」


 女子組の支度が済むまで、リョウにとって地獄の時間が訪れた。だがこの地獄をもってしてもお釣りが出る程――瞼の裏に焼き付いた眩しい裸身と感激に潤んだ瞳、更には残る感触の名残は消えなかった。そして勇者の矜持として、リョウは絶対に頑なに何があったかについては口を割らなかったという。

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