129 ありがとう
『皆さん配置につきました!』
『いつでも、はじめてよいそうです!』
「――――分かったわ」
遠地との中継をしてくれている神からの連絡。ケンとガンとジラフ――具現化した魔物を討伐する組は、かなり離れた別の大陸へ配置してある。
此方にはベルとリョウとカイとタツ。そして描かれた魔法陣の中心に呪いまみれの甲冑が居た。甲冑以外全員が“最強装備”に身を包み油断は無い。
「ではカイから始めて頂戴」
「はい。いきますよ」
静かに佇んでいたカイの姿が、不意に激しい黒煙の如き魔力で覆われる。“第二形態”への移行だ。甲冑の身の上話と前の世界で迎えた結末は、移行条件を容易く突破させた。めきめきと音を立て、骨が軋み肉が爆ぜ筋肉が肥大し、カイの姿が巨大な異形へと変わっていく。
伴い次元を裂いたような鋭利な形の翼が広がった。翼の“向こう側”には耳を塞ぎたくなるような絶叫をあげる数多の怨霊の姿がある。
「ほぉ、こりゃ中々とんでもない魔王じゃの……!」
「初めて実物見たけどこれェ……! 倒したと思ったら第二形態に移行されたトラウマ思い出すやつゥ……!」
「うふふ、とーっても素敵よカイ!」
『へぁぁ……なんちう……』
驚いたよう固まる甲冑の前で、鋭利な翼が四枚、六枚、長大に伸びて“吸収”を始めた。甲冑を取り巻き無限に立ち昇る瘴気を急速に吸い込み始める。羽虫の群れの如き黒霞が渦巻き肥大し呑み込まれていく。世界中から集まった負の感情というだけあって、イモルヴァスの時程ではないが驚くような量だった。
『ああ……ああ……』
「大丈夫? 辛いかしら?」
『や、いや……随分楽に、なったです……!』
「良かった……!」
負の感情を吸い込みきり、随分と巨大化したカイが皆の方を向けて頷く。
「これで全部です。どうぞ次へ」
「ありがとうカイ。じゃあ次はタツ、お願いするわね」
「ほいほい」
豪奢な王の漢服のような“最強装備”を纏ったタツが前に出る。すらりと珠の付いた宝剣を引き抜き、タッ、トンッ――雅な剣舞のような動きをする。見る間に切っ先から清浄な水の流れが生まれ、宙を踊る龍のように渦を巻いた。
「――あら、凄い。殆ど神じゃない」
「うん、神様を前にしたレベルの神気を感じるよ……あんなエロいのに……」
「うはは! 儂は下っ端とはいえ神をやっとったからのう!」
「えっ、そうなんですか!?」
「そうじゃよ。世界の壁を超えて上級神になる前で失墜してしもうたが!」
「ねえそれエロ過ぎたのが敗因じゃない!? ねえ!?」
全員が反応する程タツの力も凄まじかった。強烈な神性。カピモット神達のような上級神が世界を俯瞰し跨ぐというなら、俯瞰し跨がないだけで“その世界”では神に等しかったという事なのだろう。第二形態のカイすら眩しげに怯んでいる。
「当たりじゃ! 少ぅし女色に溺れ過ぎてな……!」
「絶対少しじゃないでしょそれェ……!」
「うははは! 失墜しても水と天候の扱いだけは得意じゃぞ~!」
清浄を超え神聖を孕んだ水の龍が甲冑を包んで“洗って”いく。粘り張り付きどうしても拭えなかったタールのような呪いの凝縮が、するすると解けて水流に混ざっていった。同時にベルが細い杖を取り出し振るい、甲冑を中心に広大な魔法陣を起動する。
「良い仕事だわ、タツ。次はわたくしね」
「ベル、頑張って下さいね」
「うふふ、失敗などしないわよ」
ころりと笑ったベルが歌うように呪文を唱える。輝き浮かんだ魔法陣からきらきらと黄金の粉が舞い上がり、タツが洗い流したタールのような呪いを包んではシャボン玉のように弾けていく。弾けると同時に対の魔法陣――討伐組が待機している大陸に描いた方から、世界ひとつ分の魔物が溢れ出している筈だった。
「嗚呼、あちらも始まったようですね」
「ええ、そうね。 あなた調子はどう? 苦しくはない?」
ほどなく遠く離れた大陸から、轟音や力の余波らしき風圧や振動が届き始めた。ベルの仕事も完全に成功し、遠地の三人も頑張っているようだった。
『ああ、こんな……こんな……苦しくも、痛くねえのも、久しぶりだ…………』
「そりゃァ、こんなに抱えとっては辛かったじゃろ」
「大分姿も綺麗になったわ。リョウ、仕上げをして頂戴」
「――――うん」
呪塊以外の呪いが切り離され、甲冑の姿はずっと綺麗になった。タール塗れではなく、今はただ荒野に巨大な全身甲冑が佇んでいるように見える。それでも甲冑全体がいやな汚泥色に染まり、表面で呪いが蠢いているのが見えた。大元の呪塊を何とかせねば、完全に救われる事は無いと確信する。
“最強装備”一式を纏い、輝ける勇者の姿をしたリョウが甲冑へ向き直る。既に勇者の剣は握られており、光を束ねたような強烈な輝きを放っている。
「今からあなたを蝕んでいる“呪塊”を斬るからね、甲冑さん」
『へぇ……お願えします……』
不安は無いと言ったが、緊張はするのだろう。少し硬い仕草で甲冑の方もリョウへ向き直る。リョウの方も緊張はあったので、少し考えて声を掛けた。
「何か、楽しい事を考えよう。呪いが無くなったら、やりたい事はある?」
『へぇ……そだなぁ……おら、リョウどんの飯が食ってみてえな』
「いいよ、好きな物を好きなだけ作ってあげる」
『……へへぇ、嬉しいなあ。後は、風呂にも入りてえです。もうどんだけ入っとらんか……』
「うんうん、素敵な温泉があるから皆で入ろう」
『温泉……! 素敵だあ……!』
他愛も無い話をしていると、良い感じに力が抜けてくる。長く細く息を吐き、剣を大きく振り上げた。同時に、光の色をした力場が膨れてリョウを中心に天へと立ち昇っていく。勇者の剣の真解放。あらゆる邪悪と穢れを浄化する不殺の剣だ。
『あとな、後なあ……リョウどん……』
「なあに?」
『おら、呪いが無くなったら……ちゃんと、辛かったって、自分の為に愚痴りてえ。辛いけど頑張った、って……自分を褒めてやりてえ……』
「……そう、そうだね。僕も混ぜてよ。愚痴は幾らでも聞くし、僕にも沢山褒めさせて欲しい」
『へへっ……えへぇ……嬉しいなぁ……』
全身甲冑で顔は見えないが、また嬉しそうに笑った気配を感じ取れた。リョウも目一杯笑った。
「――――行くよ」
『へぇ』
直後、リョウが光の刃を振り抜いた。一瞬の事だった。辺りを光が包み込み、水晶が割れるような高く澄んだ音が一帯響き渡る。
『ああ……、ああ…………!』
確かに甲冑を傷付けず、呪塊だけを斬った確信があった。振り抜き後の残心。見る間に汚泥色の全身甲冑に細かく罅が入り、内側から光が溢れ出す。
「成功したわ」
ベルの言葉と同時、砕け散るように全身甲冑が爆ぜた。爆ぜた欠片は黒い塵へと変わって、地面へ触れる前に消失していく。呪いと切り離され、元来の力を取り戻すかのように光を放つ中、明確な人影が見える。
「やりましたね……!」
「うむ、良きかな……!」
第二形態から人型へ戻ったカイが嬉しそうに目を細める。その隣でタツも頷き――最初に気付いたのはベルだった。
「……? ちょっと、カイ」
「はい、何ですか?」
「タツの両目を塞いで。絶対に離さないで」
「何じゃあ?」
「……? はい……?」
言われた通り、両手でカイがタツの目隠しをする。したと思えば、今度はカイがベルの両手で目隠しをされた。
「えっ、何ですこれ……?」
「いいから……!」
背後の目隠し連結に気を取られる事も無く、リョウはじっと甲冑の様子を見守っていた。成功した確信はある。だが完全に無事な甲冑の姿を見なくては安心できなかった。内包する光の放出は徐々に弱まり、逆光のシルエットだった人型が詳細を露にしてゆく。
「ああ、ああ……! リョウどん……!」
「…………ッッ!?」
呪いで歪められた耳障りな声ではなく、甲冑本来の声がした。澄みきった、優しく人を癒すような、美しいカナリヤのような声だった。浮かんだ違和感が脳内で処理される前に、感激で身を震わせた甲冑が飛び込んできてリョウに抱きつく。
「はッ、 あッ――――あぇ……ッッ!?」
「リョウどん! リョウどん……! ありがとう、ありがとう……っ!」
むにゅっと顔を包み圧迫する――とてつもなく柔らかで弾力を伴う何かの感触があった。滅茶苦茶いい匂いがした。自分の方が1mは背が低いから、相手は屈んで頭を抱き込むような形になっているのだと思う。さらりと触れる長い髪のくすぐったい感触もあった。滅茶苦茶いい匂いがした。
「カイ殿離してくれんかの!? 何やら可憐な女人の声がするのじゃが!?」
「そうですねしますねえ!? 絶対離しません……!」
「何故じゃあ! とびきりの! 若い女人の匂いがするんじゃよ~!」
「あの子は女の子で、呪いが砕けた今は全裸ということ。二人とも見たら殺すわ」
「ひい、絶対見ませんし絶対離しません……ッ!」
「あああ、見たいっ! 見たいぃ~!」
暴れるタツを渾身の力でカイが押さえた。カイ自身の眼窩もベルにきつく覆われている。――――甲冑の中身は、巨人族の美しい女性であった。甲冑が砕けて今は全裸の、美しい女性であった。今それを目視しているのはベルだけである。リョウの顔も現在進行形で柔肉に包まれている。それはとても豊満だった。
「な……な…………ッ」
「リョウどん……! ありがとう……っ!」
「ええええええええええええ――――――……ッッ!」
遅れて脳が“事実”を認識する。心臓が止まるかと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます