128 浄化作戦

 甲冑の話を聞き終えると、直後は皆黙った。

 全員眉を顰めたり険しい顔をしている。それが数秒後、一斉に口を開く。

 

「後味が悪い! 何だその事後処理は! 封じて終わったつもりか!?」

「呪術師が一番クソだがその後の各種族の対応もクソだわ……!」

「あーやだ! ほんっとやだ! その一人に押し付ける感じほんと最悪……!」

「よくない、それはよくない終わらせ方ですよ!」

「なんて不愉快なの! わたくしならブチ切れていてよ!」

「甲冑ちゃんそれはちょっと受け入れすぎよォ~!」

「嘆かわしいのう。碌な知恵者が居らんかったのじゃろなぁ……」


『えっ……えっ……』


 戸惑う甲冑を他所に、他の英雄達が顔を突き合わせて相談し始めた。


「皆、これはいかんぞ! これは何とか救わねばならんやつだぞ!」

「そうね。本っ当に色々言いたい事はあるけれど、先にあの子を何とかしなくてはいけないわね……!」

「そうですね。今の話でおおよそは解りましたので、対策を立てましょう」

「僕も出来る事があればなんでもするから……っ!」


『あ、あのう……』


 甲冑がおずおずと掛ける言葉も耳に入らないようで、皆熱心に相談している。


「…………皆おまえの境遇に怒ってんだよ」


 ふと、魔術的な話では役に立たないガンが気付いて甲冑に声を掛けた。


『ああ、そんな、すんません……おらが来ちまったばかりに……』

「違う、そうじゃねえ。おまえにじゃなくて、おまえがそうなっちまった前の世界に怒ってんだ。ひとまず待っとけ。出来る限りの事はしてやるから」

『…………まえの、せかいに……』


 何処か驚いた様子で、甲冑は静かになった。待てと言われた通り、皆の話し合いをただ眺めている。


「まず、魔術系と浄化系の能力がある人は申告して頂戴」

「えっと、僕は光属性魔法と――勇者の剣の方に浄化能力があるかな」

「儂は洗い流す系の浄化なら得意じゃよ」

「私は闇系の干渉と、負の感情を吸い込む事なら」


「ケン様とガンナーとジラフは無いわね?」

「うむ! 破壊しか出来ぬ!」

「おれも」

「アタシも~!」

「いいわ」


 ベルが頷き、てきぱきと指示を出す。


「まず最初にカイ、呪い以外の負の感情を吸い込んで頂戴」

「不純物を取り除く感じですね。心得ました」

「そうよ。次にタツは、呪塊以外の、取り込んだ呪いを洗い流して」

「呪塊以外となると流石に数が多いの。浄化には時間が掛かるぞい」

「浄化はしなくていいわ。ひとまず洗い流して、あの子から切り離すだけでいい」

「成る程、了解じゃよ」


 それからベルが破壊しか出来ないズの方を向く。


「流して切り離した呪いを、わたくしが魔物として具現化させるわ。あなた達はそれを倒すのよ。呪塊以外の世界ひとつ分の呪いだから相当数にはなるけど、大丈夫ね?」

「おお! 倒すだけなら幾らでも構わんぞ!」

「前衛二人も居んなら余裕だわ」

「オッケー! アタシ頑張っちゃうワ!」


 そして最後に、ベルがリョウを振り返った。


「最後はリョウ、あなたよ。一番大切な役目を任せますからね」

「……! はいっ!」

「あなたとアクウェルの戦いを見ていたけど、勇者の剣の真解放ならあの子を傷付けずに呪いだけを斬る事が出来るわね? あなたが呪塊を斬るのよ」

「……出来ると思う。やるよ」


 リョウが息を飲み、しっかりと頷く。ベルも満足そうに頷いた。


「魔法陣を描いたりがあるから、二時間後に始めるわ。各自用意と武装を整えてまた集合して頂戴。魔法薬の補強が欲しい時は小人達に言うこと。あとリョウはちょっと残りなさい」

「心得た!」

「分かった」

「は――えっ? はいっ!」

「了解しました」

「了解じゃよ」

「オッケー!」


 ベルとリョウを残して、他の面々は準備の為に一度戻っていく。残されたリョウが不思議そうにしていると、ベルがつかつかと前まで来た。


「ひとまずこれ、一応呪い避けの護符よ。話す間は持ってなさい」

「あ、ありがとう。話すって?」

「あなた浄化とはいえあの子を斬るのだから、事前にきちんと話をしておきなさいな。斬られる立場なら、斬る相手を信頼しておきたいでしょう?」

「そりゃそうだね。ありがとう、ベルさん……!」


 ベルから護符を受け取ると、リョウは甲冑へと向き直る。ベルは頷き、魔法陣の準備の為に歩いていった。


『あのう……そのう……おら、何がなんだか……』

「こっちで勝手に話を進めちゃったもんな。ごめん。あなたを助ける相談をしていたんだよ。二時間後に始めようと思う」

『え……ええ……だども……』

「手順としては、まずカイさんがあなたから呪い以外の負の感情を切り離す。カイさんは魔王だから負の感情を扱えるんだ」

『そ、そんなことして……カイどんに何かあったら……!』


 自分が助かる事よりも、カイの身を案じる様子に眉を下げて笑った。じっくり話そうと思い、リョウもその場に座り込む。


「……大丈夫、カイさんは負の感情を自分の力に出来るんだ。カイさんが傷つく事は無いよ。凄く強いし、僕の親友だ。安心して」

『……へ、へえ……』

「次に、タツさんが呪塊以外の呪いを洗い流して、それをベルさんが魔物に具現化する。それを、ケンさんとガンさんとジラフさんが倒す事になってる」

『そ……』

「大丈夫だよ。初対面だからすぐ信じるのは難しいと思うけど、僕らひとりひとり、それぞれの世界を救ってきた英雄なんだ。全員ちゃんと、誰よりも強いよ。あなたが他に七人居るって想像すると分かり易いかな?」


 甲冑はじっと考え込んでいる。


「最後に僕が、あなたごと斬って呪塊を滅ぼす事になってる。僕は前の世界では魔王を倒す勇者をしていたんだけど、悪いものだけを斬る浄化の剣が使えるんだ。あなたを傷付けず、呪塊だけを斬る事が出来ると思う」

『リョウどんが……』

「そう、僕。絶対失敗しないけど、斬られるってなったら不安だよね……」

『や、いやあ……もし失敗しても恨まんです……! おら、こんな、こんな……皆さんに良くしてもらって……!』

「絶対失敗しないから……! それにこれは当たり前の事だからね!?」


 絶対失敗しないと痛烈に今誓った。もっと近くで話せないのが歯痒いが、堪えて代わりに声を張り上げる。


「甲冑さんは僕らの仲間だよ。仲間になる人だよ。こんな所にずっと一人で居るより、呪いを何とかして村の方で一緒に暮らそう。その方が絶対楽しいよ」

『……おら、おら……諦めとったもんで……そんな、夢みてえな……』

「夢じゃないよ。甲冑さんの世界じゃどうにもならなかったかもしれないけど、此処には世界を救ってきた英雄がこんなに居るんだ。救えない筈が無い」

『リョウどん……』


 安心させるように、目一杯笑ってみせる。


「……あなたはとても優しい人だ。辛い思いも、悲しい思いも、理不尽な思いだって沢山したろうに。自分を犠牲に、世界を恨まず身を捧げただなんて。僕には無理だよ。素直に尊敬するし、心底助けたいと思う」

『……そ、んな……おらはただ……』

「けど、自分を大切にする事は下手くそだ」

『……!?』


 急なディスりに甲冑がビクッとしたので、また笑ってしまった。


「ッ、あはは! 大丈夫。僕も、僕らも下手だったんだ。だから、甲冑さんも今日を境に生まれ変わろうよ。あなたはこれから、自分も大切にして暮らすんだ。絶対に、僕らが救ってみせるからね」

『リョウどん……』

「まだ時間はあるから、沢山話そうよ。僕はあなたの事を知りたいし、あなたにも僕の事を知って貰わなけりゃ。自分を斬る男がどんな人間か分からないと流石に不安だろうしね……!」


『……不安は、』

「うん?」

『不安は、もう無えです』

「えっ」


 呪いと全身甲冑のせいで見えはしないが、微かに笑ったような気配があった。


『……無えです。だども、リョウどんの話は聞きてえ』

「……!」

『色んなお話、聞きてえです。……後は、後は……』

「するよ、するする。後は何……?」

『……“新しい名前”の相談とか……も、してえです……』

「しよう!」


 身を乗り出しそうになって、慌てて堪えた。全てを諦めていたような甲冑が前を向いてくれたようで凄く嬉しい。時間まで二人はずっと色んな話をした。

 名前の相談は勿論、リョウがどうしてこの世界へ来る事になったか、来てから何があったのか。世界を救うことを優先してきた甲冑が、本当は色々思っていた気持ちだとか。時間が許す限り目一杯話をした。随分仲良くなれたと思う。


 ――――そして二時間が経ち、浄化作戦の時間だ。

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