127 呪塊

「小人は全員置いてくのか?」

「ひとまずな。俺達ほど強くは無いし、どんな影響があるか分からんだろう」

「儂らは一緒に説明受けとったけど、まあ近付けん方が良いじゃろなあ」

「そうねぇ、小人ちゃん達じゃ耐えられないかもしれないわ」

 

 ジラフとタツも伴い、戦場へ繋がる村はずれの白いドームへ入っていく。神達が台座で操作をし、すぐに部屋の中央に移動の為の丸いゲートが浮き出した。


『きこえますか? いまからむらのかたたちがあいにいきますからね。びっくりしないでくださいね』


 マーモットの神が声を掛け、それから皆を見て頷く。映像モニターは繋いでいない為、まだどんな姿かは分からない。足早にゲートに乗ると、一瞬で戦場の方へ転送された。転送先は浮かぶ大陸のひとつだろう。相変わらず時が止まったような、滅んだ大陸が幾つも浮かぶ寂しい世界だ。


 降り立ってすぐ、見渡す前に気配で分かった。


「おい、あれ――――」

「ああ」


 いやな気配だ。五人目が初めて此方の世界に現れ遭遇した時と同じだ。気配を視線が追った先――そこに最後の“新入り”は居た。

 五人目が血膿を固めた巨大な獣のような外見だったのに対し、此方は腐った汚泥で作った泥人形のようだった。大きいが、五人目ほど大きくはない。せいぜい立ち上がっても3mかそこらだろう。それがかしこから瘴気を立ち昇らせ佇んでいる。


 気を使ってか動けないのか、静かにしている。それでも辺りには呼吸を躊躇うほどの強烈な腐臭が充満していた。近付いていくと、もう少し姿が鮮明に見て取れる。フルフェイスの全身甲冑――顔まで隠した巨体に汚泥色のタールを浴びせたような状態だった。恐らくこれが引き受けたという呪いだろう。沸き立つようにごぼごぼと耳障りな音を立て、泡が弾けて瘴気を噴き出す。遠目から見るとタールの沼に佇む泥巨人のようだった。


『……ど……か…………じょう、……ては、なんね……』


 発する声すら呪われているのだろう。酷く聞き取り辛い、濁りくぐもる“いや”な声がした。


「大丈夫よ、甲冑ちゃん。これ以上は近付かないから」

「うむ、ぬしら。これ以上は近付いてはならんぞ」


 10m程の距離を開け、ジラフとタツの制止で皆立ち止まる。


「ひとまず甲冑ちゃんって呼んでるんだけど、ご覧の通りよ」

「あの汚泥のようなものは全て呪いじゃ。触れた命を全て腐らせ爛れさせ、呑み込みどこまでも増殖する類だの。このまま村に置いてしまえば、数日経たずに密林全て腐れ落ちよう」

「あまり近くで呼吸してもダメ。アタシ達は頑丈だからまだ平気だけど、弱い生物ならすぐさま肺から腐り落ちるわ」

「ふぅむ……」


 思った以上に気の毒な状態で、全員難しい顔をした。ベルが魔力方面から解析するようじっと睨み、カイも片眼鏡モノクルをクイッして同じく確認する。その間にケンが一度顎を擦ると、頷き甲冑の方へ向き直る。


「ひとまず甲冑さんと呼ばせて貰うが、俺達は挨拶に来たのだ。村の事は聞いているだろう。俺は村長のケンという。甲冑さんの事情も聞いているぞ。この状態では中々共に村で暮らすのは難しいやもしれぬが、歓迎したいと思っている」

「そ、そうだよ……! 後、何が出来るかはまだ分からないけど、何とか出来るように僕ら頑張るからさ……! あっ、僕はリョウといいます! よろしくね甲冑さん……!」


 『挨拶』『歓迎』『何とか』と、予想外の言葉が聞こえて甲冑が不思議そうに僅か頭を傾ける。


『だ、……ども……おら、こんな……状態……だし……』

「ちょっと――じゃねえか、大分その辺腐らせるだけだろ? 暴れ回る訳じゃなし、普通に話は出来るしよ。此処なら今んとこ大丈夫だから、ひとまずよろしくな。おれはガンかガンナーって呼んでくれ」


 続く普通の自己紹介に、甲冑は戸惑ったようにしている。


「聞いた通りの村なのよ、甲冑ちゃん。アナタの状態だけで差別される事は無いから安心なさいな」

「そうじゃの、諦めるのは手を尽くした後でよかろうて」


 助け船を出すようにジラフが声を掛ける。隣でタツも頷いている。


「カイ、どう?」

「呪いの集合体――ではありますが、それだけでは無いように思います」

「そうよね……」


 呪いを解析しようとしていた二人が、頷き合って甲冑の方を向く。


「わたくしはベル、魔女よ。今あなたの呪いを何とかしようと思って診ているところ。もう少し詳しい事情を聞かせてくれない?」

「私はカイといいます。ベルと同じく、呪いには多少詳しいので何かお手伝い出来ればと思います。糸口があるかもしれないので、こうなったいきさつを聞かせては頂けませんか?」

『へァ、そんな……お気持ちだけで……』

「いいから! 早く言いなさい!」

『へえ……!』


 叱られ、慌てて頷いた甲冑が――少し考えてからぽつりぽつりと語り始める。それは甲冑がこの世界に来るまでの経緯そのものだった。



 * * *


 

 おらの世界は、自然と魔法が発達した世界でした。色んな種族が居て、仲良く共存してました。だども、ある時から世界中の色んな場所で、呪いが溢れるようになっちまって。ある場所では呪いのせいで皆が死病になったり、他の場所では皆が狂って殺し合いを始めたり、色んな呪いが世界中で発生しとったんです。


 だもんで、色んな種族から代表を出して調査団を組んだんです。おらも巨人族の代表として参加しました。世界中調べた結果、原因は『呪いの種』が各地さ埋められてたのが原因て判明して。


 その呪いの種を生み出した呪術師ちうのが、まあ悪い奴でして。世界中に色んな呪いの種を埋め込んで、実験しとったんです。ほいで、呪いで苦しんだ人らの感情も吸い上げて力にしとって。

 調査団は何年もかけて、呪術師を追跡して――途中で何人もやられちまって、最後はおらと他に二人しか居らんようになってしまったけど……呪術師を何とか倒したんです。けども『呪塊』が残ってしまって。


 この『呪塊』は、呪術師が何年も掛けて完成させた呪いの親玉みてえなもんでした。存在するだけで周りは呪うし、悪い気持ちを増幅させるし、とても剥き出しで放置できるもんじゃねくて。だもんで、その呪塊をおらの中さ封じて抑える事にしたんです。おらが一番身体も大きかったし、頑丈だし、魔力もあったもんで適任でした。この甲冑もすっかり浸食されとるけど、ほんとは封印のひとつなんです。


 呪塊を封印した後は三人で世界さ回って、残った呪いの種を回収していきました。だども、途中で問題が出てきて。呪いの種以外のよくない感情も何も、全部がおらに吸収されてくんです。呪いの親玉がおらに封印されとるから呼ばれるのか、まあ仕方ねんだけども、全部全部集まって来て。吸収した後の場は綺麗になるもんで、それは良かったですけど。


 ただその内、あまりにおらに呪いが集まっちまって、染み出してくるようになったんです。一緒に旅をしていた二人の仲間は、おらと長く居たせいで狂って腐って死んじまいました。まだ世界に呪いの種は残っとったけど、この状態じゃァおらも何処にも行けねくて、偉い人に相談したんです。


 ほいだら、巨人族の土地に深い穴を掘っておらを入れる事になりました。おらが巨人族っていう事もあるけど、土地が一番広いのと、何かあった時に対応できる強い者が多かったちうのが理由で。代わりに、色んな種族から利権やら何やら貰ったって聞いたけど、まあ、うん。迷惑掛けちまった分、一族がいい暮らし出来るなら、それはまあ良かったかな。


 ほいで、本当に深い深い穴が掘られて、おらはそこに入れられました。穴の中なら、誰かを呪っちまう事も無いし、少しは安心しました。気になってたのは残った呪いの種なんだども、それは別の色んな人らが集めてくれて。集めた種はおらがいる穴に放るんです。おらが吸収しちまえば、近くは危ねえけど、穴の外までは及ばねんで。


 種が全部投げ込まれた頃には、おらはもう今みたいに“ねばねば”で。呪いの方はどんどん力を増して、あの頃にはわざわざ集めに行かねくても、世界中のよくねえもんも勝手に吸い込んでたんじゃねえかな。ほいでまあ、このままじゃ穴の外や大地も汚染されちまうっちう事で、穴を埋める事にしたんです。


 穴を埋めて、結界を張って、穴一帯をおらごと封印する。それが一番安全ですから。おらは今は正気ですけど、いつおかしくなっちまうか分かんねえし。埋められんのは寂しいけど、代わりに世界が綺麗になったでしょう。ならいいかと。そんな風にして、埋められとって――後は死ぬか朽ちるのを待つばかりってえ時に、おらは気付いたら白い世界にいたんです。


 …………ほんとに、皆さんにはご迷惑ばっかお掛けしちまって、申し訳ねんだども、おらは今やっと安心してるんです。おらが此処に居れば、前の世界は安全だもんで。本当にすんません。

 ……おらの事情だとかはこれで全部です。足りるでしょうか。

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