125 予想外
あっという間に四日が経ち、ついに新入り三人のやって来る日が訪れた。
昨日から光の柱が天から伸び始め、今日の昼位には到着しそうな見込みだ。出迎えの準備はすっかり整い、後は到着を待つだけなのだが。
「三人でも柱って一本なんだねえ」
「けどちょっと太いか? いつもより」
「そういえばもう予兆の夢は無くなったのですか? リョウ」
「あ、うん。代わりに神様達が直接知らせてくれるようになったよね」
午前中。ちらちらと伸び行く柱の方を見ながら、ガンとリョウとカイが歓迎準備の最後の仕上げをしていた。リョウで言えば酢飯やマグロ以外の料理の準備、カイとガンは歓迎会場である広場とパビリオンの飾りつけ等だ。今までは六脚の人間用の椅子と小さな小人達の椅子しか無かったが、今回は人間用の真新しい椅子が増えている。また小人自体も増えた為、広場の方には追加で大きなテーブルを出して其方にも沢山小人用の椅子が並べられていた。
今回は新入り三人と女小人達40名の歓迎を兼ねており、広場の方では男の小人達が楽しそうに準備を進めている。ケンは先程預けておいたマグロを海上都市まで取りに行き、そろそろ戻る筈だ。ベルは女小人達を集めて、自分を含めて“めかしこみ”をしている最中だった。
「確か神達が村まで新入り連れて来てくれるんだろ?」
「うん、そう聞いてる」
「世界の成り立ちや村の事まで説明しておいてくれるなんて、有難いし便利になったものですねえ……」
「それね。僕らが合流した時とか、結構大変だったもんねえ……!」
『あの……っ!』
わいわい話しながら作業をしていると、何故だか村の入り口から虹色の髪を長く垂らした女児が駆け込んできた。マーモットの神だ。
「えっ、あれ!? もう着いたの!?」
「早くねえ!? 柱だってまだ――……」
『いえ、あのっ……』
「……何かありましたか?」
マーモットの神は息を切らせて走って来たらしく、一度胸を押さえて呼吸を整える。驚くガンとリョウ、カイだけが様子がおかしいと気付いて首を傾げた。
『てちがい、ではないのですが……よそうがいが、ありまして……っ』
「ちょ、また不手際かよ! やめとけッて! 今ベル居ねえからいいけど!」
「なになに!? また凶兆的なのやめてよ!?」
「二人とも、落ち着いて。まずはお話を聞きましょう」
カイが水の入ったコップをマーモットの神に差し出し、手近の小人椅子に座らせる。小柄な女児であるのでサイズはぴったりだった。
『ありがとう……! いただき、ます……!』
「何だどうした! もう着いたのか!?」
ゲート小屋の方からケンが戻って来た所だった。手ぶらな所を見ると、ケン倉庫にマグロはしまってあるらしい。此方に歩いて来るが、マーモットの神が一人なのを見ると不思議そうにする。
「何か手違いじゃなくて予想外があったらしい」
「今から聞くところだよ」
「予想外!? まーた不手際か!?」
「予想外なら不手際ではないんじゃないでしょうかねえ……」
『ぷは! せつめい、します!』
水を一息に飲んだマーモットの神が顔を上げる。
『いま、わがともがさんにんのえいゆうにいろいろせつめいをしているところです。さんにんのうち、ふたりはふつうのえいゆうでした。あとでちゃんと、こちらにごあんないします』
「待って待って、一人何か問題あるの……!?」
「一人は案内出来ぬのか……!?」
『もうひとりは……とても、とてもやさしいかたです……』
マーモットの神が悲しい顔で、コップをぎゅっと握る。
「優しい……」
『そのやさしさから、せかいすべてののろいをひきうけ、ごじしんがのろいのかたまりになってしまっています』
「…………」
『ごにんめの、けもののすがたは、そんざいするだけで、あたりのいのちをおびやかしてしまっていたでしょう? それといっしょです』
「…………確かに、存在だけで瘴気を振り撒き、唾液も大地を腐食させていましたね……」
確かに予想外だ。全員目を丸くして、なんとも言葉が出ない。神は更に悲しい顔で、大きな眸を潤ませた。
『ですが、あのかたはしょうきで、おやさしいままなのです。なのに、あのじょうたいではこちらにむかえいれることができません』
「そんな……」
『ですので、おひとりは“せんじょう”のほうへむかえいれることになります。あちらには、おびやかされるいのちがありませんから……』
「カピモット神の力で何とか出来んのか!?」
泣きそうな難しい顔でマーモットの神が首を横に振る。
『けんげんを、こえてしまいます。このせかいにおいて、わたしたちはせかいのかんりと、あらたなえいゆうたちをうけいれるということしか、きほんゆるされていないのです』
「権限って……あんだけのバカ船くれといて!?」
『あれは、あなたたちのはたらきにたいする、たいかです。うえのかみがみのきょかもいただいています』
「ならば上に掛け合う事は出来ないのですか?」
また、神は首を横に振る。
『すでに、かけあいました。まえのせかいのかみが、こちらにおくったぶんで、たいかはおわっているとのことでだめでした……』
「ふん、働いた分しか対価を寄越さんという事か。俺達の場合も、この世界に送られた時点で前世界の功績は相殺されていると。だが此度の凶兆討伐で新たに貢献した故“褒美”があったという事だな?」
『はい、そうです……』
「おれ達の“お願い”を取ッときゃ何とかなったのか……?」
『それは……けど、こんなこと、だれもよそうできませんから……』
全員難しい顔で唸った。確かに神の奇跡や介入は滅多にある事では無い。というか普通は無い。奇跡だ。奇跡がお手軽に起きればそれは奇跡ではなくなってしまう。確かに凶兆討伐は、その奇跡を再び受けるに足る働きだったとは思う。
だが
「あのさ……」
『はい……?』
おずおずとリョウが手を上げる。
「神様で何とか出来ないなら、僕らで何とかするっていうのはアリなんだよね……? いや、何とか出来るかは分からないんだけども……!」
『……! はい、はい……っ! ありなのです!』
マーモットの神が弾かれるように顔をあげ、何度も頷く。
『そのだしんもふくめて、さきにあなたがたへほうこくするように、とわがともにいわれてきたのです……!』
「成る程。神が無理なら我々で――という事か。カイさん、ベル嬢を呼んで来い。恐らく一番専門だろう」
「分かりました!」
カイが慌てて魔女の屋敷の方へと走っていく。
「ガンさんは小人達に事情を伝えよ。実際見てみないと何とも言えんが、歓迎会は一時延期だ。出来れば“全員”で行いたい故。まずはその者の状態の確認と、他の二人の受け入れを行う。最終判断はその後だ」
「分かった」
ガンも頷き、広場の小人の方へと歩いていく。
「リョウさんは一度料理など仕舞っておいてくれ。ベル嬢が来たらまず全員で二人を先に迎え、それから“戦場”へ確認に行こう」
「了解。そうしよう」
ケンの指示でリョウも動き出し、後にはマーモットの神とケンだけが残る。
『かみなのに……なにもできなくて、ごめんなさい……』
「……なに、二神の歯痒さも解る。上に行けば行くほど、力を持つほど自由には動けぬものよ」
小さな声で謝る神に、眉を下げて笑った。手を伸ばして、大きな掌で虹色の髪をわしゃっと撫ぜてやる。
「村をあげて全力は尽くす。だが、どうにもならなかった時は覚悟せよ。狂わぬままなら、ずっと戦場で過ごす事になろう。本人が死を望むか、あるいは狂って五人目のようになるなら討滅対象だ。どうなろうが見届けるのが神の役目ぞ」
『はい……はい……っ』
まだ幼い未熟な神だ。既に一度失敗した神だ。達観した神のようには振舞えぬのだろう。ぎゅっと目を瞑り、必死で頷いている。
『けど……けどね、ケン……』
「うん?」
ケンしか居ないからか、恐らく本来はそれが本当の口調なのだろう。少しばかり子供っぽい口調で、また小さな声がした。
『わたしは、あなたがたをしんじているの……』
「ッは」
撫ぜる手の下、一杯に涙を溜めた上目遣いが見える。思わず笑ってしまった。
「案外悪い女に育ちそうだな……! ひとまず任せよ!」
程なくベルも到着し、事情を聞いて険しい顔をする。
時間は昼に差し掛かり、白い柱が山頂へ繋がった。まずはひとまず、問題が無い方の英雄二人の迎えだ。
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