124 お迎え準備

 翌日からは少しだけ忙しかった。朝食を全員で囲んだ後は、三人のお迎え準備も含めてそれぞれ動く。


「じゃあ僕はちょっと修行に行って来るから!」

「はい、頑張って来て下さいね! リョウ!」

「励めよリョウさん!」

「頑張りなさいね!」

「何で迎えの準備で寿司修行なんだよッて割と心底思ってるけど、おれの為でもあるから仕方ねえな……! リョウ頑張ッてこい……!」


 朝食後、更にいつものケンとの特訓後、リョウは海上都市へと出かけて行く。『ガンの初めての寿司をリョウが握る』というのがそもそもの修行動機だと聞いた為、心底何でだよとは思っているが強く止められないガンが居た。


「準備といっても歓迎会と部屋と、最低限の日用品の用意位でしょう?」

「うむ、そうだ! 部屋自体はあるものの、家具やらはまだ無いからな!」

 

 ツリーハウスの三階四階部分は各自の個室ゾーンになっており、将来を見越して作ってあるので部屋自体は幾つもあった。ただ今使われているのは三階部分のケン達の四室だけで、他は全て空き部屋で何も無い。


「ならタオルやシーツ、マットと枕なんかはわたくしが小人達に手配しておくわね。着替えだとかは来てから採寸した方が良いでしょう?」

「そうですね、お願いします。ベル」

「小人も新居の内装で忙しいだろうし、そしたら家具はおれ達で作るか」

「そうだな。ひとまずベッドと机と椅子、棚くらいか?」


「後はお風呂用のマイ桶ですかね」

「ああ、そうか。じゃあ石鹸とへちまと――……」

「それにケン様の船から貰って来たアメニティ一式を足せばひとまずは十分ね」

「うむ。足りなければまた貰いに行こう」

「歓迎会の場所は完成式の時に作ってあるし、飾りは前日でいいだろ」

 

 分担し、日課の作業を終えるとそれぞれ動き出した。ベルは海上都市から戻って数日、屋敷に篭る事が多い。今日も小人達に指示を出した後は篭っている。どうやら手に入れた入場パスで神の図書館に出入りしたり、得た知識の研究などで忙しくしているらしい。なので殆どの準備は男共の仕事だ。


「では私は部屋の掃除をしてきますので、その間にお二人には家具作りをお願いしていいですか?」

「ああ、いいぞ!」

「分かった」


 カイが空き部屋の掃除をしてくれている間、ケンとガンは木材を乾燥させてある作業場の方へ向かい早速製作を始めた。ベルが小人ごと持ち込んだ技術や道具があるので、これまでも初期に比べずっと製作は楽になっていたが、今回はケンの船から持ち込んだ道具等が加わって更に充実している。

 

「道具も素材も揃ったし、今回はこれ作るかァ」

「おお、良いではないか。矢張り金属が使えると強いな……!」


 ケンの世界の文化をまとめた本から、家具の辺りを開いて目星を付けていく。ベッドは土地柄通気性が良いもの。机や椅子は使いやすそうなもの。棚は小さな物と、ワードローブをそれぞれひとつずつ作る事に決めた。金属文化が導入されたので蝶番付きの開閉出来る扉が作れるというのは大きい。


「おれはよく分かんねえけど、それぞれ部屋の趣味ッてのがあるんだろ? ひとまず最低限で作って、後は新入りの好みで変えてきゃいいもんな」

「うむ! ガンさんはまだ自分の好みは出来んか?」

「おれはおまえらが飾ってくれた部屋で気に入ッてる」

「そうか」


 サイズ通りにケンが木材を断ち、二人で組み合わせて釘等で打ち付けていく。以前は釘が無かったから組み木のようにしたり穴を開けて通したり、蔓で括ったりしていた事を思うと本当に楽になった。組み上げた後に丁寧に紙やすりを掛ければ完成だ。それを何度も繰り返す。


「次はどんな者達が来るかな。楽しみだなあ、ガンさん」

「ああ。早くもっと、沢山増えると良いなァ」

「そうだな、賑やかになるのはとても良い!」

「リョウとつがえる女も来ると良いなァ」

「わはは! そうだな!」


 ケンの爆笑に、ガンもちょっと笑って手を止めた。じっとケンの顔を見る。


「…………? どうした?」

「………………いや、」

「何だ、俺がいい男過ぎて見惚れてしまったか?」

「それだけは無えよ。……あのさ」

「断言し過ぎでは? 何だ」

「うるせーばか! ……じゃなくて、何人位増えたら、その……おれ達が減っても、リョウ達は寂しくならねえかな……」


 ケンが瞬き、同じく手を止めた。


「もう寿命が近いのか?」

「いや、無茶さえしなけりゃ後もう数年はある筈だ」

「無茶とは?」

「五人目とか凶兆レベルの戦いはもう無理だ。次におれが全力を出す時は、おまえが相手でそれで終い。いいだろ?」

「分かった。また戦いがあるようなら、俺がガンさんの分まで請け負うとしよう」

「そうしてくれ」


 二人とも視線を外して作業を再開した。


「皆知っているのか?」

「おれが無茶出来ねえ事と、寿命に関してはベルに気付かれてる。後は小人と神達だな」

「そうか」

「口止めはしてある。時期が来たら自分から言えッてさ」

「うむ、それが良かろう」

「約束の事は誰も知らねえ」

「だろうな、俺も言ってない」


 丁寧に紙やすりを掛けた椅子の足を矯めつ眇めつ確認し、満足そうに頷いては次へと手を伸ばす。


「何人増えたら、という話だがな」

「うん」

「何人増えた所で寂しさは変わらんだろう」

「……そうか」

「増えた仲間はガンさんや俺の代わりではない。前提がまず間違っている。支えにはなるだろうが、代わりにはならない」

「ああ……」


 成る程、とガンが顔を顰めて天を仰いだ。それを見てケンが思わず笑う。


「何をした所で別れの寂しさは消せぬものだ。寧ろ全力で寂しがらせてやる位の気持ちでいた方が良いぞ、ガンさん」

「そういうもんか?」

「後悔の無いよう全力で愛して生きよ。互いを大切に思えば思う程、失った時の痛みは計り知れなくなる。だが共に過ごした幸福と感謝が上回れば、絶望までは至らぬ故。辛かろうが寂しかろうが、案外何とかなるものだ」


 仰いだ顔を戻すと、何だか優しい表情でケンが此方を見ていた。どういう顔を返せば良いか分からず、頭を掻いて視線を外した。

 

「…………おまえは、見てきたように言うんだな」

「死なれる側は幾度も経験してきたからな。俺が今まで何人見送ってきたと思う」

「ああ、ああ……そうか……」


 言われて深く納得する。“千年”だ。それこそ数え切れないほど見送ってきたのだろう。ガシガシと何度も頭を掻いてから、作業へ戻る。そして、手を動かしながらふと、浮かんだままを口にする。


「…………ちなみに、ちなみにな。これは一応、一応参考に聞くだけな?」

「何だ?」

「おれだけ先に死んだらどうする…………?」

「待て、何の参考だ!?」

「や、参考ッつうかふと浮かんじまって……!? ちょッ、やめろって!」


 ガタッと全てを取り落としたケンが腕を伸ばして揺さ振って来る。三半規管を鍛え抜いたガンでも辛いレベルの揺さぶりだった。


「ガンさん! 俺はガンさんで死ぬと決めているのだぞ……!?」

「分かッてる! ちょっと聞いてみただけだッて! まじで酔うやめろ……ッ!」

「ちなみにその場合は大変つまらんがもう仕方ないので自害するしかないな!? ガンさんが!? リョウさん達を巻き込むなと言うから!?」

「ヌァッ、……アッ、……分かった! 悪かった! おれが悪かったッて!」

「分かったようで何より!」

 

 嘔吐寸前、笑顔でケンがパッと手を離す。ガンの方は戻しこそしなかったものの、気持ち悪さにえづいた後は頭を抱えた。


「あァ、まじで余計な事聞いたァ……ッ!」

「わはは! 本当に余計だったな!」

「悪かったッて……あと数年待ってろ……!」

「うむ! 待とう!」


 ケンが満面で作業を再開する。ガンも思い切り顔を顰めて作業を再開した。


「――――だがなあ、ガンさん」

「何だ」

「ゆっくりでいいぞ。今は生きるのが楽しいだろう。ガンさんの寿命が許す限り、出来る限り生きるがいい」

「ああ、うん……」

「俺も今の暮らしは好きだ。皆が大好きだ。共に、大切に生きよう」

「…………そうだな」


 ケンがニッと笑うので、半分顰めッ面だが半分は笑い返してやった。

 そのまま家具を作る内、カイも合流して迎えの準備は着々と進められてゆく。

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