123 マグロ漁

「ソナーに反応が出た! ガンさんカイさん用意をしろ!」

「うおッ! やるか!」

「死ぬ気で頑張ります……!」


 船内が一斉にざわついた。船酔いの克服という強い決意を掲げたカイも、顔色を無くしながら二人と共にデッキへと向かう。ケンが窓から操舵室のソナー水晶を示すと、魚群らしきものが映っていた。


「見えるか、これは小魚の魚群だ」

「ほうほう」

「餌を求めてマグロがやってくるという事ですね」

「そうだ!」


 クルー達と共に、先程釣った餌の魚達を針にかけ、船から海へと放っていく。糸には糸巻と“浮き”が合体した物が付いており、ヒットすると浮きが沈んで知らせてくれる仕組みとなっていた。更には寄せ餌として小魚と水を海に撒いていく。これは魚群と間違えさせてマグロを引き寄せる効果があるという事だった。


「そして掛かるまで待ァつッッ!」

「釣り竿じゃねえんだな」

「漁という感じですねえ……」

「カイ大丈夫か?」

「根性で何とか立っておりますよ……!」


 仕掛けたからといってすぐさま掛かる訳では無い為、海を見ながら待つ事になる。ベルの水着姿を自分だけ見られないという可能性は相当カイを奮起させたらしく、具合は悪そうだがちゃんと動いていた。


「これッてさ、掛からねえ時だって勿論あるんだろ?」

「漁とはそういうものですよねえ」

「いいや、俺が居るからな! 今日は絶対に掛かる!」

「どういう事だ!?」

「ハッ、そうか……! ケンは豪運の祝福を受けています……!」


「その通りだ! 強運の更に上ッ! 豪運であるッ! つまり漁業だろうがくじ引きだろうが賭け事だろうが俺は運すら最強である――ッッッ!」

「ずッりィ」

「ずるくない! 天が与えたもうた祝福である! ついでに晴れ男だぞ!」

「そうだなおまえはどう見ても晴れ男だな!?」

「嗚呼、私は雨男なので羨ましいですねえ……!」


 だべっている内、海に漂う“浮き”が深く沈んだかと思うと激しく糸が引かれ始めた。予想以上に早い。


「マジか……!」

「ほら見ろ!」

「えええ……!」


 慌ただしくクルーが動き始める。三人も一緒に手伝った。


「一度に巻き過ぎては糸が切れるからな! 相手を疲れさせつつ、糸が切れないよう調整しつつ巻くのだぞ……!」

「駆け引きが大事なのですね……!」

「近くまで来たら、この雷の槍? で気絶させるらしい……!」


 クルーの指示の元、ばたばたと忙しく動いていると海面の奥の方にちらちらと銀色の魚影が見えた。熟練のクルーが、釣り糸に沿うよう雷槍を下ろしていって見事に一撃で気絶させる。OKサインが出ると釣り糸をどんどん巻き上げ、ついにその姿は海面近くで露わになった。


「えっ、うわ、でけえ……!」

「わあ、わああ、これは……相当大きいですよ……!」


 ガンからすると見た事も無い外見の魚だった。特徴は普段食べる小さい奴に似ているが、これは胴体がパァンと張ってなんだか丸い。そして大きい。


「ようしよし! でかした!」


 海面近くに出たマグロの頭付近にケンが銛を打ち込み、一撃で絶命させる。そのままかぎ針と滑車で宙に吊りあげたマグロはそれはもう大きかった。


「ふぅむ、3mはあるか? これは大物だぞ!」

「これが……マグロ……!」

「こんなに立派なマグロを見たのは初めてです……!」


「おお……おお…………」

「どうしたガンさん!? 感動しているのか……!?」

「なんか、こう……こんなでけえものを……食べる為に……海から釣ったという事に……? おれは感動しているな……?」

「確かに陸上でもこのサイズは無かったからな!」

「そうだ……ワニはもう少し小さかったし、こいつは海からだし……なんかこう……すげえんだ……謎の感動がある……」

「さっぱり分からんがそれは良かった!」


 謎の感動に身震いしているガンを見てケンもご満悦だった。

 その後もケンの豪運は嘘では無いらしく、全部で三本の巨大マグロを釣り上げる事に成功した。他にもカツオを釣ったりなんだりして、しっかり漁業を堪能して帰路に着く。まったくもって大漁であった。明け方の暗い時に出発したのに、帰る頃には既に昼を回って、海上都市に着く頃には夕方だ。


「――――お、あれリョウじゃね?」

「おや、リョウですね。出迎えに来てくれたんでしょうか」

「おお、リョウさん! 今戻ったぞ……!」

「リョウ! 大漁ですよー!」

「でけえマグロ釣って来たぞ~!」


 遠目、港にリョウの姿があって凄い勢いで手を振っているのが見えた。わざわざの迎えに全員笑顔で手を振り返すが、何だか様子がおかしい。


「なあ、何か叫んでねえ?」

「何か必死な顔してません?」

「何だ? 何かあったのか?」


 不思議そうにする内、徐々に距離が近付いて来る。必死で叫んでいるリョウの言葉も少しずつ聞こえるようになってきた。


「…………んな……! …………から、……が……って……!」

「聞こえんぞ! もう少し大声頑張れ!」

「…………からッッ! ………………ッてえ!」

「頑張ってるのに聞こえねえんだよなァ」

「まだ距離ありますからね……」


 リョウの方もまだ聞こえないと気付いたのか、互いに仕方なく距離が近付くのを待つ微妙な間を経て。やっと声が届くであろう距離まで来て、今度こそリョウが叫んだ。


「みんな! 今朝神様達から連絡があって! 新しい英雄が来るんだって!」

「おお!」

「おー」

「久々ですねえ……!」


 それでわざわざ報せに来ていたのかと納得するが、リョウが続きがあるかのように深く息を吸いこむ。それからまた大声を張り上げた。


「それが一人じゃなくて! 三人来るんだって! 大ごとだよ!」

「何と……!」

「三人だと!?」

「ええ……っ!」


 凶兆達を除けば、今までに無かった事だ。流石に全員どよめき、顔を見合わせた。そうする内に船が接岸されたので、慌てて三人とも港に渡ってリョウを囲む。


「リョウ! どういう事だよ!」

「だから、今日皆夜明け前に出て行ったじゃない!?」

「ええ」

「その後で神様達が来て、新しい英雄達が来ます今度は三人ですって!」

「三人って全員同じ世界からか!?」

「いや、別みたい……! 神様達の話だと、凶兆の件で移送が遅れていた三人が纏めて送られて来るらしくって……!」


「まあ来るものは仕方あるまい! 何日後に来るんだ!」

「えーっと、四日後だって言ってたよ……!」

「四日後か! ならば良かろう!」

「ならばって四日の間に何かあるんですかケン!?」

「マグロは釣って四日目位が一番美味いのだ!」

「マグロかよ!」


 ひとしきり大声を出し合って、漸く少し落ち着いて来る。

 

「ええと……じゃあ、どうしましょうか……!」

「ひとまず歓迎はマグロの解体ショーだな!」

「四日後か……厳しそうだけど弟子入りに全力を尽くしてくるよ……!」

「いや、そういうんじゃなくて部屋の準備とかさあ……!?」

「部屋の準備もしてやらねばな! 新入りさん達の詳細は分かっているのかリョウさん!?」

「や、神様達も来るまでは分からないって。来たら一応世界や村の成り立ちとかを説明して、それから山頂に送ってくれるらしいんだけど……」


 神達も詳細が分からないのでは仕方ない。ケンが腕組みし、少しの思案。


「うむ。では説明の手間は省けるか。リョウさんには寿司修行を続けて貰って、他の者は歓迎会や部屋の準備を行うとしよう。着替えや日用品の発注は来てからで良かろう。小人達に打診だけはしておくとして」

「んだな~」

「ですね」

「そうしよう!」

 

 話は纏まり、それでも何となく全員ソワソワした。何せ村の仲間が増えるのは久しぶりなのだ。


「いやあ、ドキドキしますね……!」

「毎度ながらどんな奴が来るか分かんねえもんなァ……!」

「そうだリョウさん! マグロを見ろ! 凄いのが釣れたのだぞ!」

「あっ、見ます!」


 そわそわ、どきどき、わくわく、そんな気持ちを抱えつつ。四日後を楽しみにひとまずマグロを見たり、後日は準備に勤しむ時間が始まるのである。

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