121 新居作り

 村に戻ってきたのは夕方近くだ。


「これは……!」

「あらあらまあまあ」


 カイが村の広場に繋いだゲートを潜って戻った瞬間、視界に入ったのは数組の小人カップルだった。何故か目視が出来る、漫画の効果のようなハートマークがカップル達からぽわぽわと出ている。


「なあ、あのハートなに?」

「猫を撫でるとゴロゴロ音が出るでしょう? 似たような感じで、小人達が恋をするとああしてハートが出るのよ」

「えっあれ種族仕様なんだ……!」

「恋の具合が何とも分かり易いな!?」


 見渡すと、色んな場所からハートがぽわぽわ浮かんでいた。村中色んな所でカップル達が過ごしているらしい。仲が良さそうで何よりなのだが。


「これは早々に数が増えるかもしれんな……?」

「早めに土地を拓いてやらねえと……!」

「えっ、どの位のペースで増えるんだろ。鼠算式じゃないよね……!?」

「そこまでではないと思うけど、単純計算で40組のカップルが一度に子供を作ったら、最低でも40人小人が増えるわね?」

「40人ってまあまあの人数ですよね……」


 まずは彼らの新居を四十軒建ててやらなくては……と思っていると、人間達の帰還に気付いたらしく長老小人が駆け寄ってきた。


「モイモイモイ! モィ~!」

「ええ、戻ったわ。皆の様子はどうかしら?」

「モイモモモッ! モイモイ! モモイモイィ~!」

「そう、それは良かったわ」


「ガンさん、早く通訳しろ」

「えっ、ああ……どの組も進行度は様々だがひとまず上手く行ってるッて」

「嗚呼、素晴らしいですねえ……!」

「いいなあ……!」


 ベルが見学してきた船の様子や、小人達の職業訓練にもなる等々必要な事を伝えると、長老小人も頷き小人達の状況を伝え返す。


「早々に結婚するカップルも出そうだから、早めに全員分の新居を建てたいそうだ。やッぱ四十軒建てねえとなァ」

「結婚……!」

「結婚式か! 良いな! 盛大にしてやろうではないか!」

「いいなあ……!」


「さっきからリョウが素直に羨み過ぎて面白えんだよ……!」

「リョウさんの相手もいつか別の世界から来る筈だから! な!?」

「周囲が春めいてくると何だか焦る気持ちは分かりますが、こういうのは焦っても、ね……!?」

「分かってるよ大丈夫だよ羨ましいだけで妬んではいないから……!」


 早めにリョウの相手がこの世界に来ますように、と願いつつ――色々相談した結果、マグロ釣りは後日にして先に彼らの新居の準備をしてやる事にする。

 具体的には細かな内装などは小人達で行えるので、非力な小人達では難しい部分をお願いしたいという事だった。村の仲間である小人達のめでたい話なので一同快諾し、翌日から早速準備を開始した。



 * * *


 

「あーっ、何かこういう力仕事久々で楽しい……!」

「分かります。初心に帰った気持ちがしますねえ」

「村が完成した後はあんまやッてなかったし、その後は戦いだったしな」

「うむ、開拓はいつやっても楽しい!」


 力仕事という事で、朝から四人は野良着に着替えて土地を拓いていた。村がある土地ではない、農地を作った五人目の土地だ。一か所に纏めて新居を建てるのではなく、小人達の仕事や特性に合わせて農地や牧場地帯、カイがゲートで繋いだ様々な場所に数軒ずつ建てて、そこから通勤するようだった。


 今日新たに拓く土地は、農地を見下ろせる丘の上だ。邪魔な木はケンが木材になるよう切った後、全員で根を掘り返す。土地を平らに慣らした後は木材と石材で土台と柱を作っていく。最近は魔法や船の事やらで便利な事が多かったが、こうして手間のかかる地に足のついた作業は楽しかった。

 

「土台と柱まで作ったら、後の仕上げは小人さん達でやるってさ」

「仕上げ後も楽しみですねえ。すごく可愛らしいデザインでしたし」

「サイズも可愛いしな。ケン入れねえんじゃね?」

「扉をまず通れんだろうな?」


 新居は小人サイズなので、人間が住む家より随分と小さい。完成予定図を見せて貰ったが、まさに小人の家という感じの童話に出てくるような可愛らしいデザインだった。土台が出来た所から、小人達がわらわらとやってきて壁や屋根の作業を始めている。今来ているのは全て男の小人だ。


「む、女小人が一人も居らんな? 今日は何をしているのだ?」

「まだ来たばッかで知識が浅いらしいから、ベルが礼儀作法とか女の嗜みとかを教育してるんだッてさ」

「成る程、ベルなら素晴らしい先生になるでしょうね」

「全員気が強くならなきゃいいけど……」

「それな……」


 今後男小人達は女小人の尻に敷かれて行くのだろうか……と熱心に働く姿を見て思ってしまう。そのまま全員休まず働いて、気付くと昼時だったので持ってきた弁当を食べる事にした。

 

「あっ、これおれが好きなやつ……!」

「そう、今日はおにぎりだよ! ガンさん昨日気に入ってたでしょう!」

「お米とか色々、足りない物を沢山船から貰えましたからねえ」

「うむうむ、今後も好きなだけ持って行くがいい!」

「貰っていくし、こっちでも育てていきたいねえ~!」


 涼やかな風が吹く美しい草原の丘の上。シートを広げて食べる弁当はとても美味い。おにぎりの他にも、船から貰って来た漬け物や、鍋に入れてきた味噌汁や出汁巻き卵、肉巻き野菜の甘辛焼きやフルーツなどが並べられていた。


「おや、卵がいつもと味が違いますね。甘みがあります」

「この汁もいつもと違うけど滅茶苦茶美味えな」

「うむ、今日は東方料理の味付けに近いな」

「あ、それね。今日は寄せたんだよね」


 おにぎりを齧りつつ、リョウが頷く。


「世界は違うけど、僕とケンさんとカイさんの世界は割と近い進化を遂げてる感じじゃない? 文化とか料理とか」

「ええ」

「そうだな」

「自動翻訳が入っちゃってるから実際には別の名前を言い合ってるのかもだけど、野菜とかもさ、殆ど一緒じゃん?」

「確かに」


 ぽりぽりと齧る漬け物に使っている野菜は、翻訳抜きだと違う名称なのかもしれないが、今は共通認識で“大根”だ。


「このおにぎりは、僕の世界だとやっぱり東方の――ガンさんに似た人種の人達が住んでた場所で生まれた料理なんだよね。出汁巻き卵も味噌汁とか漬け物も」

「俺の世界でも、確かに東方系はガンさんみたいな人種だったな」

「私の所もです」

「おお、そうなのか」


 現代に照らすとガンはアジア系、他の三人は白人系の見目をしている。


「だからガンさんは東方系の味付けが好きなんじゃないかな、と思い。今日は試してみました……! どうでしょう……!」

「……! リョウ、おれの為に……!?」

「似ているで考えると、ガンさん以外は人種が似てるっぽいし、えーと、これまでの食事で違和感とかあった?」

「最初は少しありましたけど、最近は無いですねえ」

「うむ、俺もそうだ。最近の食事は故郷に近いものだった」


「あ、やっぱり? 初期は村の辺りで手に入る物しか無かったけど、最近はベルさんから分けて貰った色々があるから、僕が慣れ親しんだ料理に寄せてたんだよね」

「小麦を主食とする文化だろう? 後はチーズとか肉とか」

「そそ」

「私もそちら寄りの文化でしたねえ。東方はお米が主食のイメージです」


 世界が似ているなら人種や文化の分布も似ているのかもしれないと思った。検証はもっと英雄達が増えなくては分からない事だが。


「成る程。おれは東方系? だから、米が主食の民族系統であった可能性が高いと――……」


 ガンが頷いて、確かめるようにおにぎりを齧る。咀嚼し、吟味する間が少し。


「うーん……リョウの飯はどれも美味えんだけど、そもそも元のおれの食生活がアレだからルーツも何も、なんだけど……やッぱこれ美味えなァ」

「毎日主食にするならパンと米、どっちがいいんだガンさん」

「んん…………パンも好きだけど、選べッつわれたら米かな……」

「おお……」

「ようし、東方系アリだね! これからも色々試してみる……!」


 リョウが『よし!』と小さくガッツポーズを作る。


「リョウが滅茶苦茶おれの事を考えてくれてる……ありがとな……!」

「えへへ、ガンさんの食生活は僕が幸せにするからね……!」

「なら矢張り寿司はありだな。寿司も東方系だろう!」

「嗚呼、そうでしたね」

「そうだよ! 早めに寿司職人に弟子入りしないと……!」

「寿司ってなんだ?」

「寿司っていうのはね――――」

 

 わいわいと話しながら、楽しい昼食の時間は流れてゆく。最近は何かとイベント続きで慌ただしかったから、こういう穏やかな時間は久しぶりだった。昼食を終えると午後も新居の準備に精を出し、そのまま数日が過ぎてゆく。

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