119 体力テスト

「よし、じゃあ順番にやッてくか」


 使用人に記録を書く用のボードを用意して貰い、ガンが項目と四人の名前を書き込んでいく。


「おまえらリンゴ握り潰せる? 余裕?」

「あっうん。割と余裕かな」

「私も余裕です」

「余裕も余裕だ!」

「じゃあもうおまえら握力は測定不能でいいや」

「えっ」


 がりがりとボードに三人分測定不能と書かれて、ガンだけ普通に何かの道具を握って握力を測っていた。


「おれは87kg……と……」

「えっ、僕達測らないの?」

「これ100kgまでしか測れねえんだよ。別にいいけど、やっても」

「ええ、折角だからやってみます」

「俺もやる!」


 ガンが自分の数値を書き込んでいる傍ら、三人とも測ってみる。全員100kg超えの測定不能だった。


「大体80kg位でリンゴは握り潰せるッて言われてんだけどよ。……な?」

「うん……」

「はい……」

「この道具の目盛りが足りなさ過ぎるのではないか!?」

「普通の成人男性平均は50kg位だ。普通は全然足りるんだよ……!」


 握力は殆ど測定出来なかったので、次へ移る事にした。


「じゃあ次腹筋な。最初はケンとカイ。リョウとおれが足押さえるから。一分間に何回出来るかカウントする」

「腹筋ですか……! 自信無いですね……!?」

「ちなみにこれはおれの世界での、新兵の訓練卒業基準なんだが、29歳以下で42回。30代は39回がクリアラインだ」

「四十代組はどうしたらいいのだ!?」

「四十代の新兵なんか居ねえからラインが無えな!? 36回でいいぞ!?」

 

 体重体格の問題で、ケンの足をリョウが押さえ、カイの足をガンが押さえる。


「ちゃんと厳正にカウントするからな。膝に両肘付けるんだぞ」

「カイさん頑張って! 腹筋ならケンさんに勝てるかもしれないよ……!」


 ガンの眸に淡い光が点り、厳正に機械的なカウントが行われる。開始の合図と共に、年上組が一斉に腹筋を開始した。


「はッや! ケンさんはッや! 一秒に1回ペースじゃん……!」

「わはは! 俺のッ、腹筋はッ、強い……ッ!」

「カイィ……! もっと頑張れよォ……!」

「私はッ、……! 中年ッッ、なのでェ……!」

「ケンのが年上なんだよなァ!?」


 一分が終了し、カイがぐったりと地面に伸びた。ケンはぴんぴんしている。


「えー……ケンは60回、カイは29回。次はおれとリョウな」

「カイさん頑張った、頑張ったよ……!」

「リョウ、仇を……! 私の仇を取って下さい……!」


 非情に回数がボードに書き込まれ、次は年下組の番だ。


「ケンさん足握り潰さないでね……!」

「善処する!」

「んじゃ行くぞ~」


 カウントスタート。三十路ではあるが二人ともまだ前半なので、ピッチも早く素晴らしいスタートを切った。


「リョウさん! ペースが落ちてきているぞ! 緩めるな!」

「これでもッ、頑張ってッ、るんだよォ……ッ!」

「ガンナーも一秒に1回ペースじゃないですかぁ……!」

「ッたり、めえだろッ、こちとら、本職ッ、なんだよ……!」


 一分が終了し、リョウが腹を押さえて地面に転がった。ガンはきつそうな顔はしたがまあ普通にしている。


「おれが60回でリョウは49回。まあ優秀だろ、リョウ」

「腹筋で……別に腹筋で世界を救う訳じゃないからァ……ッ!」


 悔しそうなリョウを尻目に、無情に数値がボードに書かれる。この勝負でケンに勝つ事は出来なかった。


「あっ、次なら勝てるんじゃねえか?」

「勝てそうな種目ですか!?」

「おっ、頑張るよ!?」

「俺に勝てると思うのか!?」


 ガンが台と定規を持って来る。次は体前屈である。まずはガンが見本を見せてくれた。台の上に乗ったガンが、身体を半分に折って下に両手を伸ばす。


「長座だと用意が面倒だから立位体前屈な。こういう感じでさ。台の上をゼロとして、どんだけ下に手が伸ばせたかを競う訳だ。台から指先までを測る感じで、三秒間維持な」

「あっ、これは何か勝てそうな気がしてきたぞ!?」

「柔軟系じゃないですかぁ……!」

「これ手足の長さで有利不利が変わらんか!?」


 不利そうな気配を感じ取る年上組とは裏腹に、年下組は余裕な顔をしていた。まずは見本を見せてくれたガンを測定する。


「ガンさん16cm! え、凄くない!? 何でそんなべったり出来るの……!?」

「おれ180度開脚出来るし、多分柔軟勝負ならおまえらに圧勝出来ると思う」

「何だと!? ガンさんそれはずるでは!?」

「ずるではねえだろ!?」

「若いと身体が柔らかいんですね……!?」

「若いといっても僕ら三十路だからね……!?」


 次はリョウが挑戦する事にした。


「おー、12cm! 上等上等!」

「腿の裏と腹筋攣りそうなんだけどォ……!?」


 プルップルしながらもリョウが好成績を残す。次は年上組の番だった。


「カイさんこれは勝てるかもしれないよ……!」

「ふッ……! リョウ、私の身体の硬さを舐めてはいけませんよ……!」

「格好良く恰好悪い事を言うじゃん……」

「負けぬ! カイさんには負けぬぞ!」


 同時に行い、ガンとリョウで測る事にする。せーので両者開始した。


「……ケンは8cmだ。まあ年齢にしたら普通ッつか頑張った方じゃね?」

「くッ……! 俺の! 俺の足が長いせいで……ッ!」

「足の長さより身体の分厚さかもなァ」

「カ、カイさぁん……!」


 リョウの悲痛な声にケンとガンがカイの方を見た。


「カイィ……!」

「カイさん! 爪先にすら届いておらぬではないか……!」

「だから中年だッて言っているでしょう……!?」

「えー……マイナス5cmです……!」


 生まれたての小鹿のように震えたカイが台から降り、へたりこんだ。


「も、腿の裏の筋が切れるかと思いましたよ……ッ!」

「ガンさん! もっとカイさんが得意そうな種目は無いの!?」

「ええ……次は反復横跳びだ」

「何だそれは!」

「えーっと……」


 ガンが地面に線を三本引いて、その上で左右にサイドステップする。


「こういう感じで回数を数える訳だ。これは敏捷性と運動制御を測定している」

「なんだその絶妙にダサい動きは!?」

「仕方ねえだろ! こういうもんなんだよ!」

「カイさんどう!? いけそう……!?」

「あっ、何だかこれはいけそうな気がしますね……?」


「おし、じゃあ一斉に測るか」


 ガンの眼を持ってすれば全員一度に測れるので、全員ラインの中央に並んだ。号令と共に開始する。が。


「ッ――――何だと!?」

「嘘でしょ……!?」

「何だよあのフォーム……ッ!」

「これはいけそうな気がしますね……!?」


 これまで負け戦だったカイが、異常に素早く反復横跳びをしている。絶妙にダサいどころではなく見た事の無いフォームだが早い。早過ぎる。全員が目を剥いた。


「……ッッ、終了!」

「カイさんのフォームに気を取られまくったんだけど!?」

「ダサいどころではない! なんだあの奇異な動きはッ!」

「えへへ……お恥ずかしい……! いける気がしてしまって……!」


「いや、まじですげえ……」


 すごい顔をしたガンが、カッカッとボードに記録を書き付けていく。


「おれが55、ケンが52、リョウが53――カイは……60……ッ!」

「カイさん……!」

「嗚呼……! ついに……! ついにケンに勝てました……ッ!」

「この俺が負けただと……!?」

「リョウも立位体前屈ではケンに勝ってたし、これは全員クリアじゃねえか!?」

「やったー!」


 悔しい顔をしたケンを前に、リョウとカイが抱き合って喜ぶ。


「……ッく、反復横跳びと立位体前屈で俺に勝ったからといって良い気になるなよ二人とも……ッ!」

「言葉にするとほんと別に自慢できる種目でもなくてうけちまう」

「なるよ! ならせてよ! 勝ちは勝ちなんだから……ッ!」

「そうですよ……! 勝った事実は揺らがないのですからね……ッ!」


「くう……ッ! 悔しい! 悔しいぞガンさん! 次だ!」

「次はな~、シャトルランとジャンプ系かな~」


 負けず嫌いのケンにも火が付き、この後も次々と体力測定テストが行われていった。こうして男のプライドを懸けた戦いは昼食まで続くのである。

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