118 夢

 滅多に夢など見ないのに、その夜は夢を見た。

 

 円形劇場のように数え切れない座席が中央を囲む場所だった。とても広い。中央には法廷のような配置で壇と座席が設置されており、自分は真ん中に立たされている。所謂“被告人”の位置だ。


 観客席は全て埋まり、影のような人間達がざわざわとしている。耳を澄ますと、一様に自分を責めているようだった。検察席にも影のような人間が何人か居り、自分を大声で責めたてていた。弁護席は無人で、全方位から敵意が刺さるのを感じる。弁護人は居ないのかと思いながら裁判官席の方を見る。

 他とは違って影人間ではない。光が人の輪郭を作ったような、此方は光人間だった。大小の光人間が裁判官よろしく並んでいる。


 いきなり夢が始まったから、責められているという事しか解らなかった。自分は何か罪を犯したのだろうか。不思議に思っていると、証人席に誰かが呼ばれた。薔薇色の髪をした、妙齢の見た事も無い女だ。


 影人間の検察官が証人の女に尋ね、女は答えた。


『我らが王は確かに終わりを望み、この人間を“指名”した』と。影人間達は紛糾し、嵐のような罵声が自分に降り掛かる。意味が分からなくてただ茫然としていた。光人間達も罵声こそ浴びせないものの、面白くなさそうな顔――顔の造作は分からないが、雰囲気だ、を醸し出している。


 証人の女だけが優しい笑顔で『頑張ってね』と自分に声を掛けて立ち去っていく。続けて次の証人が呼ばれた。酷くつまらなそうな顔をした見た事のある――というか、ケンだった。いや、ただのケンではなく前に見せられた肖像画に描かれた方のケンだ。普段のケンはあんなつまらなそうで厳めしい顔をしていない。


 影人間の検察官が証人のケンに尋ね、ケンは答えた。


『確かにこの人間を指名した』と。影人間がぶつける罵声は紛糾どころか狂乱に近くなった。物が降って来そうな勢いだが、物が降る事は無く、代わりに敵意の視線が強さを増した。光人間達も頭を抱えている。まったく意味が分からず呆然としたままでいると、肖像画のケンが此方を一瞥だけして立ち去っていく。少し口角が上がっていたのが見えて、何となく腹が立った。


「――――困ったものだなあ、ガンさん」


 誰も居ない筈の弁護席から声が掛かる。気付けばいつものケンが、弁護席に片頬杖で座って苦笑していた。


「全部おまえのせいなのに、何でおれが責められてんだ」

「俺を責められぬから、代わりにガンさんを責めているのだろうな」

「理不尽過ぎる……!」

 

 夢の中の自分が勝手にケンと会話している。


「まあいいや、おまえ弁護側なんだろ。何だか知らんが弁護しろ」

「おお、そうだな」


 ケンが立ち上がる。


『俺が望んだ事なのだから皆ガンさんを責めるでない』というような事を言ったのだと思う。思うが、たちまち罵声と責める言葉に掻き消された。


「あー…………」


 あまりに煩くて、こいつら全員黙らせねえと駄目だなと思った所で目が覚めた。



 * * *



 開眼し、最初に目に入ったのは見事な天井画だった。大勢の天使が一人の男を神々の待つ天界へ導いている構図だ。よくよく見るとその男はケンに似ている。ケンを讃える為に描かれたのだろうと遅れて察し、何故だか舌打ちが零れる。


「ガンさん、起きたのか?」

「起きた」

 

 ふかふかで申し分ない、馬鹿みたいに広くてクッションが沢山置かれた王の寝室。その天蓋ベッドの上だった。横を見るとだらしない姿勢でケンが寛いでいる。天蓋の紗幕越しに外を見ると、まだ薄暗い。夜明け位だろう。まだ二度寝出来そうだと思って、クッションを抱え直し、掛布を肩まで引き上げた。


「けどまた寝る」

「じゃあ俺も寝るか」

「おまえなんで起きてたんだ」

「ガンさんが魘されていたから目が覚めてな。少し様子を見ていた」

「ああ、何かすまん。変な夢見てたわ」

「どんな夢だ?」


 聞きながら、ケンも転がり直して掛布を引っ張る。


「夢ッてのはさ、日中に得た情報の整理とか、強い感情を伴う記憶や感情処理のために見ると言われている」

「うん?」

「記憶の固定ッつうか、情報を再整理して将来の為の準備やシミュレートをするッつう側面もあるらしい」

「成る程。で、その心は……?」

「おまえが悪い」

「何故だ……!?」


 解せぬ顔のケンが問い詰めようと転がって来そうだったので、先手を打って2回くらい広い寝台の上を転がって距離を取る。


「なあケン」

「何だガンさん」

「おまえまだ終わりたいのか?」

「俺はいつでも終わりたいぞ」

「そうか、分かった」


 転がって乱れた掛布を引っ張り直し、今度こそ目を閉じる。変な夢だったが、恐らく初めて見る船の情報量とか、ケンとの約束から来る色々な影響で見た夢なんだろう。思い返せば、重要な作戦前に戦闘中の夢を見た事があった気もする。それに違いないと納得した所で、ふと。


「なあ」

「何だ」

「薔薇の魔女の肖像画ッてあるのか?」

「あるぞ、見たいのか?」

「いや、いい」


 見た事の無い薔薇の魔女の姿が、夢と同じだったら怖い事になる。絶対に見ないでおこうと思った。


「おまえのせいでクソ迷惑を被る夢を見たんだよ。おやすみ」

「ふは、成る程。それは俺が悪かったな。おやすみ」


 理不尽だろうに、得心行ったケンが笑って謝ってくれた。ふんとガンも笑ってそのまま二人は二度寝に突入する。



 * * *



 次に目覚めた時はすっかり明るく、朝食を食べた後でリョウとカイと合流した。今日は四人で少し施設見学をした後遊ぶ予定なのである。ベルの方はエステと美容が忙しいらしく、別行動だ。


 昨日気になっていた海水のろ過システム、そのまま廃棄物や汚水の処理施設も見学した。海の女神が携わっているだけあって、廃棄物や汚水がそのまま海に放出される事は無かった。廃棄物は焼却分解等々色んな処理をされて、再び燃料や肥料としての再利用。汚水の方は再び浄化され、ろ過時に発生した塩が攪拌されて海へと戻されていた。環境に優しいシステムで村にも導入したかったが、こればかりは神の力ありきだったので断念する。


 施設見学を終えると、四人でトレーニング施設の方へ向かった。此処には運動場や様々な鍛錬器具があり、昨日ガンが懸垂勝負でケンに勝利したのもこの場所である。今日はリョウとカイがケンに勝利出来る何かを見つける為、早速訪れる事にしたのだった。リョウもカイも大変やる気である。


「よーし! 頑張って探すぞ……!」

「何かひとつでも見付けますよ……!」

「わはは! 俺に勝てるかな!?」

「探せば何かひとつくらいは見つかるだろ……!」


 全員動きやすい運動着に着替え、準備運動から始める。美容運動やヨガ教室なども開催されているらしく、離れた芝生の上で不思議なポーズをしている船の人間達も見かけた。


「パワー系はやめといた方が無難だろうなァ」

「そうだね、筋力勝負をしてはいけない……!」

「とはいえ筋持久力もあまり自信はありませんが……!」

「リョウは兎も角、カイはそんなムキムキじゃねえしな」

「俺は何でも受けて立つぞ!」


 様々な器具やスポーツ用具を見て考えるが、中々これなら、という物が見付からない。その時ふと、ガンが思いついたようにポンと手を叩いた。


「そうか、先に体力テストして得意と弱点を測ればいいのか」

「体力テストってなに!?」

「やったことないですね……!?」

「何だそれは!」

「軍とか訓練時代に定期的にあったんだよ。腕立てとか腹筋とか、走ったり色々個々の運動能力を測定するんだ」

「おお……!」


 ガンが過去に取り組んだ種目を思い出し、辺りの器具と見比べる。大体測定出来そうだった。


「此処ならいけるな。やるか……?」

「えっ、やる……!」

「やります……!」

「やるぞ!」


 そうして急遽、全員の体力測定テストが開始される事になった。

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