117 夕食

 夕食は劇場付きの大広間で、テーブルディナーというより大宴会という感じだった。ステージを正面に見据えた、ゆったりくつろげる半円のソファ席。その前にはこれまた大きな回転式の円卓があり、所狭しと各国の豪勢な料理が並べられている。

 ステージの方では楽団による生演奏と、踊り子達による見事なダンスが披露されており、周囲のテーブルでは恐らくケンの親族や側近の貴族達なのだろうな――と思われる面々が食事をしていた。


「夕食っていうか宴会なんだよなァ……」

「ケンの御親族にご挨拶はしなくて良いのでしょうかね……」

「本物でもあるまいし、要らんだろう。構うなという設定にしてあるしな!」

「ねね、奥さんとか愛人さんとか、子供さんとかもこの船乗ってるの?」

「うん……?」


 言われてケンが周囲を見渡す。少しして不思議そうに首を捻った。


「分からん! 適当に何人か居るのではないか……!?」

「居る居ないじゃなくて覚えてないパターンだこれ……!」

「最低だなおい……!」

「若い頃は兎も角だな!? 後期は数が多過ぎて余程個性が強くないと覚えていられんのだ……! 何人居ると思っている! そもそも船自体いつ頃のコピーなのか分からんだろう……! 三百年前とか言われても分かる筈がない!」

「これが千年子作りと子孫繁栄に励んできた王の物言い……!」

「全員もれなく十分以上の生活保障と待遇は与えている……ッ!」


「あら、何のお話?」

「ああ、ベル……!」

「いまな、ケン最低ッて話してた」

「奥さんとか愛人とか子供の顔分かんないんだって」

 

 男達だけで話していると、遅れてやっとベルが現れた。


「オホホ! 英雄色を好むものだから仕方ないわね!」

「ヒューッ、ベルさん寛容~!」

「俺の話はいいだろう! ベル嬢、よく似合っている! 美しいぞ!」

「新しいドレスですか? とても素敵ですよ……!」

「いつものドレスと違う感じだな」


 普段はロココ調の西洋ドレスだが、今夜のベルはゆったりと薄絹を重ねたような、金糸刺繍の美しいアラビア風のドレスを纏っていた。纏め髪から後ろに垂らされたヴェール、装飾の金と宝石が涼やかに音を立てる。何とも華やかだ。


「うふ、良いでしょう! 素敵な衣装部屋があったから借りたのよ。今夜の席に合うと思って。あなた達も似合っていてよ」

「流石ベル嬢である!」

「衣裳部屋あるんだ……! 知らなかった……!」

「私達は用意されたものをそのまま着ましたからね……!」


 男達は白絹のゆったりしたクルタ風の上下に、緻密な刺繍の入った羽織を着ていた。ケンが居た世界の何処かの国の衣装らしいが、ケンに聞くと『楽だから』という理由でセレクトしたらしい。確かに楽である。ともあれ全員揃ったので、食べつつ今日の報告会をする。


「ベルは今日何してたんだ?」

「わたくしはね! 殆どエステと美容に費やしたわ! 流石ケン様の船よ。ありとあらゆる高級エステと美容施設が揃っていてまさに楽園……! 後はドレスと宝飾品を見て回ったわね!」

「確かに、いつもお綺麗ですけど、今日は特に肌が輝いています……!」

「オホホ! ダイヤを砕いたパウダーを使っていてよ!」

「物理じゃねえか」

「エステも凄いのよ。あなた達も絶対やった方が良いんだから!」


「はっ、リョウさん! 此処ならかねてより希望していた若くて巨乳の可愛いマッサージ師が居るぞ!?」

「えっ、行きます!」

「良かったな! リョウ……!」

「ついにゴリラマッサージから解き放たれる時が……!」


 食事をしながら、ちらちら舞台で踊るグラマーな踊り子さんを目で追っていたリョウが、大変嬉しそうな顔になった。


「………………リョウさん」

「なに? ケンさん」

「ベル嬢が居る所で聞くのも何なんだが、“夜の接待”の方が欲しければ……」

「えっ!?」

「カイは駄目よ」

「えっ!?」

「い、いいいや、流石に今夜はカイさんと同室なんで……!」

「私は何も言ってませんが……!?」

「まーたエロい話かよ!」


 ひとまず夜のサービスの話は有耶無耶になった。話題を変えるように、慌ててカイが話を振る。


「ケンとガンナーは今日は何をして遊んだんですか?」

「俺達も色々遊んだぞ! なあガンさん!」

「おう、まず地下で海の中見てな、でけえ魚とかいっぱい居てさ……! その後トレーニング施設行って――――そう、聞いてくれよ!」

「なになに?」

「懸垂勝負でケンに勝った!」

「なんと……!」

「そうか、懸垂は体重が重い方が不利! ついにケンさんに勝てる要素が……!」


 相撲や大体の勝負で一ミリも勝てていない為、初めての勝利にケン以外の男達が沸きたつ。


「筋力では俺の圧勝なのだがな……! ガンさんは筋持久力が高い……!」

「まあ他では勝てんかった。けど他にも色々スポーツとかあるからさ、何か探せばおまえらでも勝てる事があるかもしれん……!」

「え、ちょっと探そ……! 勝ちたい……!」

「私も探します……!」

「あなた達、男としてケン様に勝ちたいのね……頑張りなさいな……!」


 ベルが何だか微笑ましい顔で応援してくれる。


「後はな、プールで流されたり、海潜ったりイルカと遊んだり、ジェットスキーがすげえ楽しかった! リョウ達も今度乗ろうぜ。すげえ楽しいんだ……!」

「ジェットスキーってなに!?」

「海の上を走るバイクみたいな……」

「バイクって何です?」

「乗れば分かる……!」


 説明が難しいので、後日実際体験する事にした。


「とまあ、色々堪能した訳だ! まだまだ遊びはあるからな! 皆もまた遊ぼうではないか!」

「うんうん、遊びたいです」

「僕らは今日は生産施設を全部見て回るだけで終わっちゃったからねえ」

「おお、どうだった?」

「欲しい物が全部揃う以上の収穫がありました……!」

「職業訓練にもすごく良さそうだったよ。次は小人さん達も一緒に来た方がいいかも……! すんごい良さそう……!」

「あら、良いわね! 次は全員で来ましょう」


 和気藹々と夕食を終えると、ベルはまた美容の続きだと嬉し気に戻っていった。余程良いサービスがあるらしい。

 残された男達はひとまず風呂へと向かった。常々ケンが豪語する『王たるものこういう風呂に入らねば』のオリジナルを見学する為であった。風呂というか大浴場も複数あるという事で、今回はケンのイチオシへ向かう事にする。


「広くて豪勢なだけでは飽きるだろう! という事で今回のイチオシは此処だ!」

「いや、此処も豪華なんだけどね!?」

「つまり此処は豪華なだけではないと……!?」

「なんか色んな風呂がいっぱいある!」


 今回も女神像や天使像が乱立する上、金ぴか豪勢なローマ風呂っぽい感じは変わりない。広いドーム状の浴場で、立派な天井画まで付いているし滝もある。更には湯舟が何種類もあった。どうやら全部湯の色や種類が違うようだ。


「うむ、此処は一番色んな風呂が楽しめる場所なのだ! 天然温泉は海上ゆえ流石に難しいだろう? だからな、湯舟ごとに色んな細工や温泉成分や美容成分を加えたり浮かべたりして楽しめるようになっている! 分かり易く言うとジェットバスや電気風呂やワイン風呂やはちみつ風呂やショウガ風呂や花風呂各種や果実風呂各種や温泉各種再現風呂などだ!」

「はええ……すごい……!」

「そういえば海上なのに凄く水を贅沢に使っていますよね?」

「うむ、優秀な海水ろ過システムがあるからな。ある意味水が一番無尽蔵だ」

「へええ~!」

 

 感心しながら色んな風呂を楽しむ事にする。贅沢にとりどりの花を浮かべた風呂は、良い匂いなのだが何だか少し恥ずかしかった。きっとむさ苦しい野郎共ではなく、小人達やベルなら似合っただろうなと全員が浸かりながら思う。


「色々試して、気に入った風呂があれば村の方のスパに導入しようと思ってな」

「あー、いいね……!」

「おれ果物が浮いた風呂好きだな~」

「村の温泉に季節のフルーツを浮かべるの、良いかもしれないですねえ」


 湯に浸かっては湯冷ましでベンチに転がったり、水風呂に入ったり、また浸かったりと存分に楽しんでいる。途中でふとケンが思い出したよう顔をあげた。


「そういえばな」

「どうしたケン」

「要らんだろうと思って呼ばなかったが、普段は沢山使用人が居てな」

「えっ、うん……」

「背中や頭や、それこそ全身洗ってくれるぞ。呼んだ方が良かったか?」

 

「要らねえ~!」

「人に洗われるのは恥ずかしいですねえ……!」

「えっ……それは薄着のお姉さん達なのケンさん……?」

「ああ、薄着の女達だ」

「そう…………」


「リョウ…………」

「リョウ……」

「聞いてみただけじゃん!? 呼んで欲しいなんて言ってないじゃん!?」

「リョウさん本当に夜の接待付けなくて大丈夫か?」


 三人に心配されてリョウが耳まで赤く染める。震えながら顔を覆った。


「だってさあ……!」

「何だよ」

「夜の接待ね!? 正直気にはなってるよ!? けどケンさんが手をつけてない保証無いじゃん……!? 覚えてないんだからさあ……!」

「あっ、ああ……」

「うむ! 誰に手を付けたかは完全に覚えておらんな……!?」

「ケンさんと“兄弟”になるのも万が一比べられるのも嫌なんですゥ……! 見るのとマッサージして貰う以上は無理! 無理なんだよォ……!」


 リョウの悲痛な叫びが木霊し、全員が言葉を無くした。夜は更けていく。

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