116 遊ぼう
馬鹿みたいに広い部屋だった。右を向いても左を向いても金ぴかだ。壁も柱も意味の分からん像や調度品も全部金ぴか、もしくは宝石まみれだ。上を見る。天井が凄く高い。緻密で神々しい天井画が描かれている。クリスタルの豪奢なシャンデリアも沢山輝いている。
更にぐるりと見渡す。壁の一面がバルコニーに繋がっていて、花が浮かんだプールと噴水が見えた。バルコニーというより庭だろと思ったし、見える景色は他の建物が見えない青空だけだった。つまり結構な高所だ。
「これは寝室ではねえだろ……?」
「寝室だぞ」
「……? これが寝床か……?」
「いや、それはソファだな?」
手近の巨大なラウンドソファを触ってみる。触った事の無いふわふわだ。飾られた金糸刺繍のクッションも手に取ってみる。最近自分でも刺繍をするからよく分かる。とんでもない労力の掛かった刺繍だった。
「寝床は?」
「寝床はあれだ」
「何人で寝るんだ?」
「基本は一人だな?」
「馬鹿なのか?」
指された先には巨大な天蓋付きのベッドがあった。黄金の天使像の支柱に、豪奢な総レースが幾重に重なった天蓋が垂れている。中を見なくても分かる、絶対こんなに面積要らんだろという広さの寝台だった。
「二十人くらい寝れるだろあれ。何でこんな無駄に広いんだ?」
「俺が世界で一番偉い王様だからだぞ」
「偉いとこんな広くて金ぴかの部屋に住まねえとならねえのか……」
最初はあまりの環境に恐々だったが、段々通り越して呆れてきた。握りっぱなしだったケンのシャツを離して、バルコニーの方へと向かう。
「世界で一番偉い王様はな、こうして世界一豪華で高い場所に住まねばならないと決まっているのだ」
「何で……?」
呆れ返った顔でバルコニーもとい庭園めいた場所を確認する。やっと端まで辿り着いて下を見ると、矢張り一番高い建物だったらしく眼下に広大な船の全景が見えた。ケンはガンの様子を面白そうに見ながら付いて来る。
「俺が一番贅沢をしておかないと、他の者が遠慮して贅沢出来んのだ。誰も俺を超えようとはしないからな」
「ああ、成る程……」
「王は王らしく、かくあれかしという所だな」
「確かに将校が下士官よりみすぼらしい恰好してんのは変だもんなァ」
「だろう? それにこれらは臣民の俺への期待だからな。受け取らぬ訳にも行くまいよ。納得したか?」
「いつかおまえの話した“欲しがり男”を思い出したよ」
懐かしい響きに笑って、ケンがオルニットを呼び出した。
「さあ乗れガンさん!」
「おお? おれ馬乗った事ねえ」
「跨って、後は落ちぬよう俺に掴まっていれば大丈夫だ」
「分かった」
先に乗ったケンに引き上げて貰い、オルニットに二人乗りする。
「遊ぶんだったな。何処行って何するんだ?」
「ふふん! 豪華で広いだけの所は気に入らないようだが、この船にはガンさんが気に入る場所もちゃんとあるのだ! 初めてを沢山見せてやると言っただろう!」
「もう相当見たけどな」
「次は気に入る初めてだ!」
軽快に二人を乗せたオルニットが宙へと駆け出す。馬車で移動するよりずっと速いし面白かった。これだけ広い場所を動くなら、成る程必需品だろうと思う。
あっという間に地上へ近付き、そこからは地下に繋がる長い階段を案内された。
馬から降りて歩いていく途中、何人も船の人間達とすれ違ったが、彼らは全員恭しく深々と礼を捧げて道を譲っていく。話しかければ答えてくれるが、他はまるでケンを見たら死ぬ位の勢いで平伏しっぱなしだった。
「……おまえと初めて会った時に言ってた意味がよく分かるわ」
「おお? 何だ?」
「傅かれないで対等に人と話すのは久しぶりだとか何とか」
「ああ! 思い出した思い出した! 言ったな!」
「全員ああなのか?」
幅広の長い階段を下りていく。足元が悪い程ではない、雰囲気作り程度に薄暗い魔法の明かりが徐々に柔らかな橙色から涼し気な青色に変わっていった。
「全員ではないが、大体そうだな? 血族や近臣はまだ“まし”だ」
「まし、か。本当心底崇めて恐れ多いんだろうけどさ、なんかもう見たらやべえ死神みたいな扱いでうける」
「だろう!? 見るだけで死ぬなんてあるか!? ちなみに若者は平伏が多いが、年寄りになると有難がって拝んでくる……!」
「死神と御神体両立してんの面白過ぎだろ……!」
笑いながら歩く内、ついに階段が途切れて扉が前に現れた。辺りは地上に比べてひんやりとしていて、扉を押し開くと真っ青な世界が広がった。
「うお……!」
「どうだ、いいだろう! この深さを自力で潜るのは難しいからな!」
一面の青。恐らく船の底部に位置するのだろう、壁が透明で、硝子一枚隔てて海中が見通せるような場所だった。床部分にも幾つも透明な窓があり、下の方も見えるようになっている。
「うおお……すげえ、ケン、すげえ……魚いっぱいいる……!」
「うむ! 船底に苔が生えるだろう、プランクトン目当てで魚は割と常に居る!」
思わず駆け出し、透明な壁に張り付いた。初めて見る、前に遊んだ海より深い知らない世界。光も此処までは届き辛いのだろう、透明度の高い海だというのに、グラデーションのような深い青色が広がって遠くは暗くて見えない。その中を銀色に煌めく魚の群れが泳いでいた。下の方に視線を遣ると、遠目に白い砂と岩盤が見える。
「ケン! でけえ! でけえのがいる!」
「あれはジンベエザメだ! ああ見えてプランクトンしか食べない!」
「あんなでけえのに!?」
呆けたように見ている内、大きくて斑点のあるジンベエザメとかいう魚? はゆったりと海の奥へ消えて行った。
「すげえ……此処は楽しいぞ、ケン……!」
「わはは! だろうそうだろう!」
「ケンほら! あっち! あっちにもでけえのがいる!」
「あれはホオジロザメだ! アシカやアザラシを主に食べるのだが、たまに間違えて人間も食う!」
「やべえやつじゃん……!」
ガンが子供のようにはしゃいで駆け回り、色んな方向に張り付いて海中観察を満喫している。ケンも満足そうに知る限りの魚などを教えてやった。
「おれ此処はずっと居られるぞ……!」
「うむうむ、いつでも来て良いからな! だがまだまだ楽しみはあるのだぞ!」
「他にもあるッていうのか……!?」
「ふふん!」
ケンが得意げに頷く。
「流れるプールにウォータースライダーに魔導ジェットスキーだろう? ダイビングだって出来るし、ああ、この辺りならイルカと遊べるかもしれんな!?」
「……! 何か分からんけど響きが良さげ……!」
「歌劇やショーは夜に取っておくとして、陸地でも大体のスポーツや遊びが出来るし――スパやリラクゼーションも……ああ、ガンさんはトレーニング施設が気に入るやもしれんな! 後は書庫もあるぞ!」
「うお、うおお……やべえ……何処から行く……?」
「ガンさんの好きな所でいいぞ!」
来た時とは違う意味でそわつき始めたガンを見てケンが笑う。迷いながらひとまず階段を戻る事にした。
「確かに一日じゃ遊びきれねえな。泊まるのも仕方ねえか……」
「うむ。泊まりたいなら好きなだけ泊まっていいぞ」
「ずっとはおかしくなっちまう。おまえだッて住む気は無えんだろ?」
「住む訳が無い! 俺達の家は村だからな!」
「だよなァ」
住む訳が無いという即答を何となく嬉しく感じ、ガンが得意げな顔をした。
「じゃあさ、次は休みの日とかに遊びに来ようぜ」
「それは良いな、遊びの日でも作るか!」
「おー、いいな」
薄暗い青い明かりが地上に近付き、橙色に変わって来る。
「結局次は何をするんだ? 決まったのか?」
「次はトレーニング施設かな。他の遊びはよく分かんねえから、午後にゆっくり見せて貰った方がいいだろ」
「それもそうか。じゃあトレーニング施設を見てから昼飯にするか」
「おう。トレーニングはさ、こッち来てから大分サボってるからなァ……そろそろちゃんとやらねえと……」
「確かに俺もリョウさんとの訓練以外やっていないな……ちゃんとするか……!」
「おまえはこれ以上鍛えてゴリラ以上の何になるつもりだ……!?」
周囲の人間達は相変わらず平伏したままだが、構わずいつも通りに会話しながら過ごした。トレーニング施設で筋トレ勝負をしたり、昼食の後はプールで流されたり海に潜ったり、気付けばあっという間に夕方だった。夕食は全員でと決まっていたので、着替えてから食堂へ向かう事にする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます