115 生産設備

 リョウとカイは豪華過ぎるゲストハウスを案内された後、早速生産設備の見学に来ていた。パンフレットのような分厚い冊子を渡されたが読めないので、代わりに一枚地図を貰って案内されながら自分で書き込んでいく事にする。


「いやあ、寝室やばかったね……カイさん」

「ええ、寝室以外も凄かったですが、寝室が一番衝撃でしたね……」

「僕さ、天蓋付きのベッドって初めてなんだけど何処もあんな風なの?」

「いえ、私も実家というか魔王城の寝室は天蓋付きでしたが、あんなに豪華でも大きくもありませんでしたね……?」

「あのベッド、十人くらい寝れそうだったもんね。一人用なのに……」

「大きさもですけど、天蓋の布見ました? あれが全て手縫いのレースというだけで気が遠くなりそうなんですけど、金銀糸や絹糸が使われていますし、宝石まで縫い付けてありましたよ……絨毯やカーテンの織物も相当手が込んで……」

 

 馬車に揺られながら寝室の感想を言い合っていると、最初の生産プラントへ到着した。案内人の説明によると、やはりこの船は都市ほどの大きさがあり、王族貴族使用人兵士職人達等々、200万人程の人間が暮らしており、用途に合わせて幾つかの区画に分かれているらしい。

 船の動力は神の設計した魔導エンジンで、何ヶ月も掛けて世界を周る為のあらゆる設備が整っているのだという。他にも高速艇やクルーザーが備わっているらしく、恐らくケンのマグロ釣りはこれが目当てだったのだと思われる。


「そうか、世界の王様だからやっぱり世界を周るんだねえ」

「常にでは無いでしょうが、何ヶ月も過ごす事を考えると、この豪華さも納得できるようなできないような……?」

「納得は出来ないけど、ひとまず凄まじいなこれェ……!」


 案内されたのはゲストハウス裏に見えていた巨大な温室ドームだった。幾つもドームが連なり、ひとつひとつが球場位の大きさをしている。ドームごとに気温や環境が違って、あらゆる生活に必要な植物を栽培しているのが確認できた。幾つもまだ入手出来ていない野菜を見付けて、思わず息を飲む。


 あれこれ案内人に質問するが、全て丁寧に答えてくれた。天候や季節に左右されず、温室は完全な魔法管理で環境調整が出来るのだそうだ。あらゆる種や苗も魔法倉庫に保存されており、外から補給が無くとも何年も籠城が可能だとか何とか。


「凄いな……本当に無いもの無いんじゃないかこれ……」

「海の上なのに……本当に凄いですね……」


 植物系の生産プラントの次は、畜産系プラントを案内された。此方も海の上だというのに放牧地やあらゆる施設が整えられており、まだ得られていない家畜や加工物が沢山あった。此処まででもう、単身で神に願うよりずっと多くの“欲張りセット”が成立してしまっている。その後は水棲系の養殖プラントを見学し、続けて製造系の職人区画へと案内された。


「何かさあ、カイさん……」

「はい、どうしました? リョウ……?」

「千年も戦争が無くて世界も大きいと、こんなに豊かになるんだなって……」

「そうですねえ……」


 職人区画の方も素晴らしかった。あらゆるものが生産され、人材も素材も揃っており、全てが豊かだ。気になって聞いてみたが、この船以外――正確にはケンが居た前の世界の事だが、平民達も概ね豊かに暮らしているらしい。

 リョウやカイが前居た世界と比べても、ずっと豊かで平和に違いないと話しているだけで理解出来た。それは得難い凄い事だと思うし、千年という尽力が齎した幸せと繁栄なのだとは思う。思うのだが何だか。

 

「何だろうなこれェ……! 凄いとは思うしいや、凄いんだけど……!」

「分かりますよ。何でしょうねこの感覚……」


 何だか手放しで喜べない、むずむずした気持ち悪い感情がある。立ち寄る先で色んな人間と話したが、全員嘘ではなく本当に幸せそうで、ケンが齎す豊かで平和な世界に心から感謝をしていた。彼らはケンを影を踏む事すら姿を拝む事すら恐れ多い、まるで神のように崇めている。


「ケンさんはさ、追い出されたんじゃなくて前の世界を放り出して来たんだってさ」

「おや、そうなのですか。……千年ですものねえ」

「だねえ……」


 今は厨房を見学している。熟練の料理人達が最高の設備と素材で世界中のあらゆる料理を作っている所だった。成る程ここに弟子入りすれば、リョウも色んな料理を更に学べると理解する。他の色んな職人達も、弟子入りすればあらゆる職業訓練になりそうだった。元々神達へのプレゼンの時に『今後増えるであろう小人や異世界からの面々が望んだ時に職業訓練が出来る場所』とアピールしていたのだが、まったくもって不足ない環境だ。


 大体の生産施設を見学し、ゲストハウスへ戻って来る。見た事も無いような豪華な食堂で、これまた見た事も食べた事もないような素晴らしい昼食が出された。


「わ、これ美味しい……!」

「素材も味も贅沢の極みですね……!」


 作法大丈夫かな、と気にしつつも美味しく頂いた。とても美味しい。その中で、ふと思い出す。


「……こんなに美味しいのに、ケンさんは僕の料理の方が美味しく感じるんだってさ。前言ってたよ」

「リョウの料理は好きですよ。私には、どちらも美味しく感じられます」

「人と食べる飯が一番美味い、もう治世に入ってからの飯の味など覚えていない、けど僕の料理の味は忘れない、ってさ。嬉しかったけど、この環境見ちゃうと考えちゃうよね……」

「嗚呼、成る程……」


 美し過ぎる、まるで花や宝石のような盛り付け。粋を極めた最高峰の味。恐らくどちらが、という話ではないのだろう。パンを千切って、カイが頷く。


「ケンは一度も、此処に住もうとは言ってませんからね。あくまで設備目当てだと。放り出して来たのなら、放り出すだけの理由があったのでしょう」

「千年だもんな。僕はこんなに豊かで平和な世界を千年も背負えないや……!」

「ええ、私もです」


 互いにちょっと困ったように笑って、美味しい食事の続きを楽しむ。


「ケン以外にとっては、本当に最高の素晴らしい世界なのでしょうね。海上都市でこれですから、陸地の方はもっと凄いでしょう。……私は、この世界を否定出来ません。確実に、世界が目指す理想のひとつだと思います」

「……うん、僕もそう思う」

「……けれど、ケンにとってはそうではなかったという事なのでしょう。私達でこれから、ケンが最高に素晴らしいと思える世界が作れると良いですね」


 カイが目元を柔らかくして微笑んだ。


「…………うん、うん。そうだね、そうしよう」


 リョウもニッと笑って頷いた。


「多分さ、ケンさんが捨ててきた世界っていう部分で少しセンチになっちゃったんだな僕ら。この世界は凄い分、重いから」

「ですねえ、そう思います」


 先程のむずむずした気持ち悪い感覚を、今やっと理解出来た気がする。


「けどそんな気持ちにさせたくて、コピーして貰った船じゃないと思うんだよ。だからさ、僕らは思い切り楽しんじゃおう。カイさん」

「そうですね、ケンもきっとその方が嬉しいと思います」

「よし、じゃあ食べ終わったら早速素材の物色に行こう!」

「良いですね! 茶葉や珈琲の喫茶施設も見たいです!」


 今度こそ心底の笑顔を咲かせて、二人は食後のデザートを食べ始めた。その後は再び夕食まで色々なものを見学しに行く事にする。



 * * *


 

 一方その頃。


「……? 何だ此処……? 美術館……とか、展望台とか、そういうのか?」

「いいや、俺の寝室だが?」

「…………?」


 船で一番高い位置にある王宮の王の寝室にて、ガンの目隠しが取られていた。

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