114 ゲストハウス
神達はまだ他に仕事があるという事で、先に天界へと戻っていった。いざ内部を見た時にあれこれクレームを付けられるのを避ける為だったかもしれない。
残った面々は光の橋に敷かれた真っ赤な絨毯を踏みしめ進み――やがて門へと辿り着いた。門兵が深い礼をケンへ捧げ、ゆっくりと門が開かれて行く。
「門が、門がもう……!」
「はあぁ、美しいですねえ……」
「何でこんな金ぴかなんだよ。錆びねえのか?」
「ガンナーあなた情緒が無いの? 少し芸術のお勉強をした方がよくってよ!」
金と白い石材で出来た、それは見事な城門だった。彫り込まれた意匠も各所の彫刻も、完全に計算された壮麗な美を醸し出している。
「情緒つッてもさ、こんなのケンのバカ風呂みてえな――……」
もんだろ、と続けようとした口があんぐり開いたまま止まった。開かれた門の先に広がる光景がそうさせていた。
宮殿広場といえば良いのだろうか。遠くに聳える宮殿を臨む馬鹿みたいに広い場所なのだが――磨き込まれた床石も、各所に配置された噴水やオブジェも非の打ち所が無い程に美しい。それはまだいい。別に良くないがいい。
「……………………」
行軍か祝賀パレード以外でこんなに沢山の人間を見た事が無くてぞっとした。数千、数万だろうか、数え切れない数の人間がケンを出迎える為だけに恭しく傅いている。正確には此処に居るのはロボットで生きた人間では無いのだが、前の世界では実在した光景なのだろう。恐らく貴族から使用人まで様々な身分の人間達が、長く敷かれた赤い絨毯を囲むように出迎えていた。
何処からか華やかな演奏が聞こえる。空から色とりどりの花びらが降ってくる。数え切れない数の人間が一様に、ケンの帰還を歓ぶ言葉を口にする。何だこれはと酷く鳥肌が立って思わずリョウ達を見るが、リョウとカイはぽかんとしているし、ベルはご満悦だし、ケンは鷹揚にいつも通りだった。
「うむ、戻った。彼らは俺の大切な賓客である故、丁重にもてなすように」
そのままずかずかと進むケンを慌てて追った。先にはこれまた美麗な馬車が用意されていて、全員で乗り込む。
「…………ちょっと、言葉が出ないですね……」
「どうしよ……今まで見た中で一番豪華だよ……」
「うふふ、本当に素敵だわ! 見て回るのが楽しみ……!」
「何だよ此処、怖えよ……!」
ベルはずっとうきうきしていて、リョウとカイは緊張して固まっている。ガンもベルのトランクを抱えて震えていた。
「っはは、そう緊張するな! 本当の人間達でもなし、あくまで設備目当てで頼んだ船だからな!」
「せ、設備は楽しみなんだけどぉ……! 何かもう豪華過ぎて見るだけでどうにかなっちゃうかもしれない……!」
「ちなみに今はどちらに向かっておいでで……!?」
「うむ、ひとまず滞在中に泊まる場所だな!」
「泊まるのか!?」
ガンが目を剥いた。ケンがきょとんとした。
「一日では設備を確認しきれんだろう。泊まった方が便利だと思うが、嫌ならカイさんにゲートを繋いで貰って戻っても良いのだぞ」
「お、おれは戻って寝て」
「あら! 泊まるに決まってるじゃない!」
「ベルぅ……!」
「えっ、えー……どうしよ。緊張するけど設備気になるし泊まろうかな……!?」
「そ、そうですね……!? リョウと同じ部屋でも良いですか……!?」
「ガンナーも、こういう場所で泊まる経験くらいしておきなさいな。ケン様が前の世界でどんな暮らしをしていたか知るのだってお勉強よ」
「ぐぬ……!」
「ちなみにわたくしは個室がよくってよ、ケン様」
結局全員泊まる事になった。
「うむ! ではベル嬢は個室でリョウさんとカイさんが同じ部屋か? ガンさんはどうする?」
「おれは」
「ケン様の生活を知るならガンナーはケン様と同じが良いわね?」
「それもそうだな! ではガンさんは俺と同じ部屋だ!」
「おれの意見は……!?」
そうこうする内、馬車は幾つか門を潜って宮殿内部らしい敷地へと入る。車窓には幾つも並んだ豪華過ぎる建物や庭園が過り――眺めている内に、ひとつの建物の前で停まった。建物というか屋敷というか城というか、どう表現して良いか分からない、西洋の最高級ホテルのような建物だった。
「此処がケンさんの……!? っていうかこの船? 島? 全部ケンさんのなんだよね……? これなんて言えばいいんだ……!?」
「王宮ですかね……?」
「それだよカイさん……!」
「此処は離宮というかゲストハウスだぞ!」
「こんなのハウスじゃないよゲストパレスだよもう……!」
リョウの心からの叫びをスルーし、普通にケンが説明を始めた。
「ベル嬢は個室希望だし、恐らくあらゆるサービスやアクティビティやツアーを楽しみたいだろう! ゲスト用だけあって此処が一番色々近くて便利だからな! ベル嬢には此処を丸っと使って貰うとして!」
「オホホ! 流石ケン様! 分かっておいでだわ!」
「待って、僕らで泊まるんじゃないの!? 一人用なの!?」
「リョウさんとカイさんは生産設備が近い方が良いだろう? 二人はあっちだ!」
指差された方を見ると、遠くにこれまた高級リゾートホテルのような佇まいの建物があった。その向こうには温室らしきドーム屋根が見えたので、確かにリョウとカイはあちらの方が良さそうではある。
「ちなみにあれは別のゲストハウスなんですね……?」
「ああ、この辺りの建物は全てそうだ。気に入る所があれば何処でも泊まれば良いからな!」
「カイさんやばいよ、これ絶対部屋広いよ……! 一緒に寝ようね!?」
「はい、くっ付いて寝ましょうね……! リョウ……!」
「全員世話係を付ける故、困った事は全て言えば良いぞ! 案内でも馬車の手配でも何でもしてくれるからな!」
話している内に、ガンが抱えていたトランクを使用人が受け取っていく。縋るものを無くしたガンが不安げにそわそわし始めた。
「ひ、広すぎる……移動だけで大変じゃねえかよ……! 離れたらもうリョウとカイとは会えねえのか……!?」
「ガンさんそんな今生の別れみたいに……!」
「そう、中々移動が大変なのだ! だが夕食は皆で食べよう!」
「ガンナー……! 夕食で会えますよ……!」
「もうガンナーが不慣れ過ぎてさっきから面白いのよねえ」
ガンがあまりにそわそわするので、ひとまずケンがシャツの裾を持たせてやった。悲壮な顔ではぐれたら終わりだとばかりにきつく握り締めている。
「それぞれ施設見学や娯楽を体験して貰って、夕食にまた集合しよう。明日以降、船を一通り把握したら、好きな素材を持ち帰っても良いし、職業体験に通っても良いし、俺はマグロを釣りに行く!」
「分かった!」
「分かりました……!」
「じゃあわたくしは早速楽しんで来るわね!」
「ベルぅ……!」
一足早く、意気揚々とベルが使用人に案内されゲストハウスへと消えて行った。それを哀しい顔で見送り――ケンのシャツの裾から手が離せないまま、ガンが小声で聞いた。
「…………たちは、」
「うん?」
「おれたちは、何処で泊まるんだ……?」
「王宮だが?」
「あっ」
「あっ……」
察した様子でリョウとカイが黙る。石のように固まったガンを見てしまっては、そうだね王様だから泊まるなら王宮だよね、きっと一番豪華なんでしょうね、なんて言えなかった。ひとまず心の中でガンに滅茶苦茶エールを送った。
「ちなみにあそこだぞ!」
「ガンさん見ない方がいい! 心臓に悪い!」
「!?」
「ガンナー! 目を閉じて行った方がいいです……!」
「何だ!? サプライズか!? 構わんぞ!?」
ケンが指差した方向を向きかけた瞬間、咄嗟にリョウがガンの腕を引き、カイが両手で目隠しをした。ケンが指差す方向には、何処よりも高く聳え、ひと際輝く王宮らしき建物があった。どうせ最上階だろうと思う。今此処で見てしまうより、最上階に行ってしまってから見た方が心臓の負担は少ない筈だった。
「ちなみにケンさん達は夕食まで何するの?」
「そうだな、色んな遊びがあるから遊んでみるか! ガンさん!」
「…………分からんから任せる……」
「夜にまたお話聞かせて下さいね……!」
カイが心配するような顔つきで、ポケットからハンカチを取り出しガンの目隠しに巻いてやった。ガンの精神を守るための行動である。そうこうする内、もう一台馬車が来て別れる時が来てしまった。
「では二人とも! また夜にな!」
「リョウもカイも無事で居てくれよ……ッ!」
「ガンさんもね……!」
「ガンナーもですよ……!」
別々の馬車に乗り、片方は王宮、もう片方はゲストハウスの方へと走っていく。こうして、心臓に悪い“王の船”体験ツアーが始まってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます