111 一週間後

 そうこうする内一週間が経ち、今日はついに神達が現れてお願いを聞いてくれる日である。全員朝からワクワクして、朝食を終えると広場に集まった。


「ガンさんは結局お願いごと決まったの?」

「おう、神に相談して良い感じに纏まった」

「おお、それは良かったですね……!」

「ベル嬢の方は折り合いを付けられたのか?」

「ええ、満足できる範囲で落ち着いたわ」

「モイッモイッモイィ~!」


 小人達はもう女小人の登場が待ちきれなくて、各自花束を用意したり身嗜みを整えたりと落ち着きない。


「そういえば小人が増えますよね? 住処は大丈夫ですか?」

「それね。一時的に屋敷内の拡張はしてあるけれど、多分つがいになったら別で家を建てると思うわ。子供も増えるでしょうし」

「わあ、自宅から毎日仕事に通う感じか! 良いなあ……!」

「土地は幾らでもあるしなァ」

「うむうむ! 建設は幾らでも手伝うぞ!」

「――――お、来た」

 

 話している内、不意に光が生まれて神達の来訪を告げる。見る間に大きくなった光の塊はカピバラの神とマーモットの神の形を取り、行儀よく一礼した。


『お待たせしました。皆さんお体はもう大丈夫ですか?』

『みなさま、ごきげんよう。げんきは、でましたか?』

「うむ! ガンさんですら大体回復し終わっている!」

「ですらッて……まあ、元気にはなったよ……」

『それは何よりです』

『よかったです』


 神達がウンウン頷き、改めて全員に向き直る。


『では、全員の願いが確定しましたので。今から順に叶えさせて頂きます』

「モイィ~!」

「わーっ! 待ってました!」


 やんやと喝采が沸き起こる。


『願いの確定した順に叶えさせて頂こうと思います。まずは小人達です』

『こちらに、いちれつにならんでいただけますか?』

「モイ!」


 物凄い勢いで小人達が一列に並ぶ。全員モジモジソワソワして待ちきれなさも最高潮だ。


『あなた方が提出した希望を汲み、この世界に登録されたあなた達の情報と、以前の世界での情報を参照し』

『あなたがたのついとなる、じょせいのこびとをうみだしました』

『魚が生まれた瞬間から泳げるように、小人としての基本知識は既に織り込み済みですのでご安心ください』

『すこしせけんしらずなだけの、ふつうのじょせいのこびととおもってかまいませんよ。しらないことは、あなたたちがおしえてあげてくださいね』

「モイィィィ~!」


 二神が向き合い、互いの掌を合わせて祈り始める。すると、ぽんッと小人達の前にいきなり40名程の女性の小人が現れた。


「おお!」

「わ、可愛い!」

「女性の小人は髭が無いんですねえ」

「これが……あいつらの理想の結晶……!」

「前の世界の女小人と変わらないわね」


「モ…………モイ……ッ」


 女小人たちは多少の身長差や体格差があったり、髪や目の色という個体差はあるものの、全員くりくりしたつぶらな瞳をして可愛らしい、素朴な田舎女の等身を下げてディフォルメしたような外見をしていた。つまり人間達から見ると、髭が無いだけの女の小人に見えている。だが男の小人達には女神のように映るらしく、現れた瞬間に全員がポーッと見惚れていた。


「お、見ろリョウ。長老が動くぞ……!」

「あっ、あれが小人の長老なんだ……!?」

「あの一番おひげが立派な小人ですね?」

「ほう、長老は大きな女が好みであるか……!」

「やだもう、こういうの見てるだけでニヤニヤしちゃう……!」


 長老小人の目の前に立つのは、他のどの女小人よりも背が高く横幅も大きいがっしりした、小人というよりドワーフ女では? と見紛うような立派な女小人であった。藁色のごわごわした髪を三つ編みにして、そばかすの浮いた顔は豪快そうで、けれど同時に明るく優しそうでもあった。人間風に言うと肝っ玉母ちゃんという感じだ。そんな女小人を前にし、見惚れていた長老が皆に見本を示すべくついに動いた。


「モイ、モモイモイ……モモッモィモイ!」

「……!」


 紳士的に跪き、大事に持っていた赤い薔薇を一輪差し出す。女小人の方は『まあ!』とでもいうように口元に手を当ててはにかんだ。


「ちょっとガンさん! 小人の言葉分かるんでしょう!? 何て口説いてるの!?」

「通訳しろガンさん!」

「え、ええ……? 『ああ、こんなに美しいひとを見たのは初めてです。どうかお名前を聞かせてください。そして私と過ごして頂けませんか?』つってた……」

「ンン……! たまりませんね……!」

「ちなみに赤い薔薇が一本というのは『一目惚れ、あなたしか居ない』という意味よ……!」


『わあ、素敵ですね……!』

『わたしも、どきどきしてしまいます……!』


 見ている人間と神達が煩いが、外野を物ともせず長老は真摯に求愛を行った。女小人の方もまんざらではないらしく、はにかんだまま長老から薔薇を受け取ると、小さくこくりと頷いた。パッと長老の顔が明るくなり、女小人に手を引かれて立ち上がる。


「やったか!?」

「やったみてえだ……」

「成立! 一組成立したよぉ……!」

「流石長老……! やりますね……!」

「よくってよ……!」

『きゃあ、すてきです!』

『おお……おお……』


 相変わらず外野が煩いが、小人達は物ともせず長老の勇姿を見てそれぞれが目の前の“女神”に求愛し始めた。お互い目があった瞬間から恋に落ちた組も居るし、まずはお友達から……と初々しく始まる組もあった。だが概ね成功したらしく、全ての小人が手に手を取って、程なく村の案内に旅立っていく。


「すごい……! 全員成立した……!?」

「なんとめでたい!」

「うおぉ……これがつがいの始まる瞬間……!」

「誰も失敗しませんでしたね……!?」

 

『生まれた以上は自由意志ですから、特に此方では何もしていないのですが……上手くいきましたね……!?』

『うふふ、きっとベルのきょういくがよかったのでしょうね』

「オホホ! マモ神ったら分かってるじゃない!」


 恋の成立にドキドキしたままマーモットの神が褒めると、当然のようにベルが高笑った。


「えーっ! ベルさんどういう教育してたの!?」

「ホホホ! 紳士たれと教育していただけだわ!」

「流石ベル嬢! 紳士さは大切であるぞ!」

 

「それにわたくしのような大魔女の使い魔だなんて、そもそも妖精の世界ではエリート中のエリート! わたくしの小人達はそもそも! 女小人なら一度は夢見る! 結婚したいと思う! 理想の高スペック男子達なんだから!」

「なんと! 紳士でエリート! それはなびいてしまいますね……!?」

「あいつらそんな凄かったのか……!?」

「これは約束されていた勝利だった……!?」


 ちょっとこれから小人達を見る目が変わってしまいそうだった。実はエリートの高スペック男子だった男小人と睦まじく連れ立っていく女小人を見送り、広場には人間達だけが残された。


「え、ええと……じゃあ次は……」

「わたくしかしら?」


『はい、次はベルですね』

『こちらにごよういしてあります』


 スッとマーモットの神が宝石を置くような布の台座が置かれた盆を掲げる。台座には光で出来たような一枚のカードが置かれており、それを見るとベルはにんまりと笑い手に取った。


「ありがとう! 今回はこれで勘弁してあげるわね!」

『はい……』

『はいぃ……』

「ベル、それは何ですか?」

「うふふ、これはね――……」


 カイの問いに、ベルが嬉しそうにカードを胸に抱えてくるりと回る。


「“神の図書館”に出入りする為の入場パスよ!」

「神の図書館ですって……!?」

「知ッてんのかカイ!?」

「いえ知りません!」

「神の図書館ってなに〜?」


「神の図書館といったらアレだろう! 天界にある神が読むための書物が保管されているとか何とか――? 薔薇の魔女が通っていた気がするぞ……?」

「そう、その通りよケン様!」

『神の図書館とは、世界のことわりや仕組みを理解するための知識がおさめられた、神の為の書庫です』

『ひとびとが、あかしっくれこーど、とよぶこともありますね』


 ケンの言葉に神達が頷いている。


「えーっ、聞くからに何か凄いじゃない!?」

『ええ、凄いのです。通常は神と、ほんの一部の許された人類しかアクセス出来ません。賢者や魔女が目指す到達点のひとつです。ベルは、これまでの行いで第一層までの閲覧資格を得ましたので……』

「二層までおまけしてくれたって良いのに! 二層は流石に無理だったわ……!」

『い、いっそうでも、すごいことなんですよ……! わたしたちだって、まだまだいけないそうがたくさんあります……!』

「薔薇の魔女さんは……いえなんでもないです……」

 

 ベルがギリィ……! と悔しそうに爪を噛む様子に、流石のリョウも『薔薇の魔女さんは何層まで……?』という質問はやめておこうと仕舞った。


「ともあれこれでより魔法と真理の探究が進むわ! 次へ行ってよくってよ!」

『あっ、はい……!』

『はい……!』


 では――と次に神達はガンへ向き直った。

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