110 強欲の輪

 翌日。ベルの薬のお陰もあって、ガン以外は殆ど回復したようだった。ガンも五人目との戦いの後よりは回復が早いらしく、寝る時間は多いが以前よりずっと起きて、毎回ではないが食事にも顔を出している。


「リョウさんとカイさんの欲しい物は決まったのか?」

「それがねえ、絞れては来たんだけどまだ悩んでて……!」

「そうなんですよ……!」


 昼食の席。ガンは寝ており、食卓にはケンとリョウとカイとベルが揃っている。小人達も僅かの給仕小人を除いては、魔女の屋敷の方で食事をしたり“理想の女小人”を考えるのに忙しくしているようだった。目下の話題はやはり神へのお願いだ。


「リョウとカイだと、やっぱり食べ物系のお願いかしら?」

「そう! まだ揃ってない食材やスパイスも結構あるでしょう。だからその辺を攻めたいんだけど……何をどうお願いするかっていう所がね……」

「そうなんです。私の場合は、あらゆる茶の木を頼むか、それとも揃っていない野菜や花を頼むか……という感じで悩んでしまいまして……」

「リョウさんは料理が趣味だし、カイさんは園芸が趣味だからなあ」


 被る部分が多いらしく、共同でよりよい物を頼めるように相談しているらしかった。今日の昼食は羊肉のトマト煮込みに川魚のフライ、穀物パンに根菜のサラダとフルーツだ。ベルは美容の為にそれなりだが、他は全員もりもりと食べている。


「やっぱり突き詰めると菌かな……って思うんだよね……」

「菌だと!?」

「そう、麹菌とか乳酸菌とか酵母菌とか納豆菌とか……! 色々作ろうとするとね、やっぱり菌で足止めを食らうんだよ……! 熟練でもないから一から自作っていうのも失敗しがちだし、何度も試すほどまだ材料無いし……!」

「重要そうなのは伝わってきたが、神に欲しいと願うものが菌! 世界を救った勇者が神に願うものが菌! 何という響きの悪さだ!?」

「響きって! そういうケンさんは何を頼むのさ!」


 響きの悪さはややリョウも気にしていたので、ケンの指摘にムキになる。ケンはにやりと笑い、偉そうに顎を上げた。


「俺は船を頼むぞ!」

「船だって!?」

「ああ、そうだ! 陸はどうとでもなるが、海上の拠点となると今の我々は弱いからな! 海を楽しむ為の船である!」


 リョウが稲妻に打たれたように目を見開いた。

 

「という事は遠洋漁業が可能に……!?」

「クルーズではないの? 漁業なの?」

「その通りだ! 俺はマグロやカツオの一本釣りが! したい!」

「マグロ……ッ!」

「カツオ……ッ!」


 ケンはレジャー的に釣りたいのだが、リョウとカイは違う方面でどよめいた。ベルはクルーズ船なのか漁船なのか分からず眉を顰めている。


「リョウ……これは……!」

「カイさん……! ツナや鰹節が作れてしまうよ……!」

「となるとやはり菌では……!? 鰹節、菌必要ですよね……!?」

「マグロとカツオと聞いて、発想がツナと鰹節なのねあなた達……」

「まーた菌か! 菌から離れろ……!」


 菌から離れられない二人に顔を顰めてケンがパンを噛み千切る。


「俺はな、マグロを一本釣りしてガンさんに人生初の解体ショーを見せてやるのだ……! リョウさんは寿司を握る練習をしておけ!」

「誰が解体するんですか!?」

「俺だが!?」

「王なのに解体出来るの!? けど寿司は握れないの!?」

「解体ショーは何度も見ているし面白半分で教わった事もあるから出来る! だが寿司は王が握るものではない! 寿司職人が握るものである!」

「僕も寿司職人じゃないんだけど!?」

 

 寿司自体は東方を旅していた時に食べたので知っているが、旅の途中だったし弟子入りして学んだ訳では無い。まともに握れる自信は無かった。

 

「大トロ美味しいわよねえ。寿司なら料理小人が握れるから弟子入りすると良いわよ、リョウ」

「いや、それは僕じゃなくて小人さんが握れば良くない!?」

「リョウさん! ガンさんの初めての寿司を小人任せで良いというのか!?」

「えっ、そういう言い方されるとヤダァ! 僕が握るゥ……!」

「寿司職人の道は険しいと聞きます。応援していますよ、リョウ……!」


 リョウはそういう風に言われると大変弱かった。話題が寿司に移ってしまい、何となく全員『お寿司食べたいな……』と思いながら洋食を食べる。


「……だが、ふむ、そうだな……リョウさん」

「なに?」

「寿司に限らず、世界各国の料理を学びたいと思うか?」

「え、そりゃ学べる場があるなら学びたいけど……?」

 

 料理が好きで趣味として研究は続けていたが、本業が勇者だった為、腰を据えて何処かで修行をしたという事は無い。旅暮らしだったから世界中の料理を食べ歩いた自負はあるが、これまた全ての料理を覚えて練習した訳でも無い。


「ふむ、ふむ……カイさんは茶葉と野菜と花だったか?」

「え、ええ……まあ……」

「それに、リョウさんの菌だろう。ふむ、ふむ…………」

「うふふ」


 熱心に考え込む様子にベルが微笑んだ。ベルは昨日ケンと並んで神達を困らせていたので、多少ケンの願いの内容を知っているのだ。


「――リョウとカイのお願いを合わせたら、昨日却下された“アレ”も行けるかもしれないわね。ケン様」

「うむ! ベル嬢もそう思うか!?」

「合わせるって何!?」

「アレって何です……!?」

「まあ二人とも聞け……!」


 手招きされ、二人とも顔を近付ける。ひそひそとケンが昨日神に願ったがあまりに強欲過ぎて却下された内容を打ち明けた。


「強欲過ぎる……! それ絶対ひとつって言わないよケンさん!」

「そうですよ……! それで昨日何時間も粘ってたんですか!?」

「オホホ! 神ったらケチよねえ!」

「ベル嬢の言う通りだ! この位通してくれてもよいものを! なあ!?」

「いやそれ僕が神でも却下するし……!」

「私もですよ……!」


 ともあれ続きがあるようなので、一応耳を傾ける。


「で……、そこで二人の願いを足してこうして……で、…………という形なら、いけるのでは……?とな。どうだ……?」

「成る程、一人では駄目でも三人分なら……いけ、いけるかな……?」

「確かにこの形なら、リョウと私の願いは叶うというか――相当な欲張りセットですね……」

「一度神に相談してみたらどうかしら? この案、わたくしは本当に大賛成よ」


 ごくり……とリョウとカイが唾を飲み、それから目を合わせて深く頷き合った。その後、ケンとリョウとカイは三人で二階の集会所へ向かう事になる。



 * * *



 ――――夕刻。三階の個室でガンが目覚めるとなんだか階下が騒がしかった。不思議に思うのと、腹が減ったので降りていく事にする。二階まで降りると。


「だから! これならいけるだろうが! 何が不満だ!」

「もう一声! もう一声お願いします……!」

「この部分が問題なんですよね? じゃあこれをこうしたらどうですか……!?」

「………………?」


 ケンとリョウとカイがカピモット人形を相手に声を張り上げていた。


「…………おまえら何してんの?」

「おお、ガンさん! 安心して待っていろ! 俺が必ずガンさんにマグロの解体ショーを見せてやるからな!」

「僕は美味しい初めての大トロ握ってあげるからね!」

「私もガンナーが今まで飲んだ事が無いような美味しいお茶を淹れてあげますからね……っ!」

「えっ、何の話…………?」


 まったく意味が分からないが、とりあえず昨日に引き続き、寧ろ人数を増やして神を困らせているのは理解出来た。ひとまず全員の頭を一発ずつ引っ叩いて一階へと降りていく。


「おまえら、ほんッと、あんま神を困らせるんじゃねえぞ……!」

「分かった! 任せろ!」

「ッた……! ガンさん、夕食は作ってあるから食べてね!」

「ッッ、善処します……!」


「おう……」


 何かすまん……とカピモット人形に哀れな視線を送りながら、ガンはそのまま降りて行った。その日から暫く、神達が折れるまで交渉は続いたという――。

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