109 お悩み相談

『あっ、身長を伸ばしてもらうのはどう!?』

「おれはチビじゃねえ……!」

『じゃあ寿命を延ばしてもらうのは? ガンナー短命なんでしょ?』

「罅が直らねえんじゃ、寿命だけ延びてもなァ……」


 小人達も一緒になって考えてくれている。寿命や罅の事は皆には内緒だぞ、と小人達に念を押しながらガンも必死で欲しい物を考えた。


『罅は神様でも直せないって言ってたもんね……』

『もう無茶しちゃだめだよ、ガンナー!』

『ガンナーが死んだら僕ら泣いちゃうよ!』

「無茶はなるべくしないようにする。けど遅かれ早かれ人間いつかは死ぬもんだ。だからそればっかは仕方ねえ――ッつか、おまえらだっていつかは死ぬだろ?」

『それはそうだけど……』


 小人達が悲しい顔をするので、今度はガンの方が手を伸ばしてあやすように順にぽふってやる。


「最近さ、生きる長さより中身が大事だッて分かった」

『中身……?』

「おれは30年生きて来たけど、前の世界の30年よりこっちで過ごした半年のが比べ物にならねえ位幸せなんだよ」

『うん……』

「例えば『この先あと30年生きられるけど前と同じ暮らし』と『あと半年で死ぬけどこっちの世界で過ごす幸せな暮らし』だったら、おれは半年のがいい」

『それは……何となくわかる……』

 

 こくこくと頷く小人を最後までぽふると、今度はまた最初からぽふっていく。

 

「って事は、寿命の長短で幸せは決まらねえんだ。だから無理に命を延ばすより、自分に許された時間をどれだけ大切に生きられるか――ッて方向で考えたい」

『分かった』

『分かったよ!』

「よし、その前提で知恵を貸してくれ!」


 二巡ぽふった後、全員で座り込んで改めて考える。


『大切か……大切ができる神様へのお願い……』

『ガンナーは何が大切なの?』

「……んん、おまえら。此処での暮らしと、村の仲間全員が大切だよ」

『えへへ……僕らもガンナーが大切だよ!』

「おう、ありがとな」

『他には何かある?』

「……………………無い……」

『………………』


『あれっ! 皆何してるの?』


 振り出しの堂々巡りに戻ったタイミングで、魔法薬の手配に駆けて行った小人が長老小人を伴って戻って来た。


『あっ! 長老だ!』

『長老なら良い考えが出るんじゃない!?』

「おお!」

『なになに?』

『どうしたどうした?』


 かくかくしかじかと状況を説明し、長老の年の功に頼る事にした。


「――――という事なんだ。知恵を貸してくれ……」

『ふぅむ……ひとまずご主人に怒られてしまうから、薬は飲みなさい』

「おう……」


 促され、魔法薬は飲みつつ長老に期待する。長老は他の小人達より長くて立派な髭を擦って、暫く考えていたが。


『ガンナー、もし明日死んでしまうとしたら何をするかね?』

「明日か……」


 不思議な質問に瞬くが、ガンも少し考えてから答える。


「……普段と変わらずリョウの飯食って村の仕事して――って思ったけど、違うな。ケンと約束しちまッた事があるからさ、死ぬ前にそれを叶えてやるかな」

『ではそれがおまえさんの一番大切な事だね』

「えっ…………ケンが一番大切とかはちょっと嫌なんだが……?」

『ガンナーはケンの事嫌いなの?』

「いや、嫌いでもねえんだけど……!?」


『ホッホッ! 好き嫌いは別に気にしなくてよろしい!』


 長老が可笑しそうに笑った。


『誰も明日死ぬという時に、どうでも良い事はしないだろう? 自分が心から望んでいる事や、絶対にやり遂げなくてはならない事をしようと思う筈だ。それは変わらぬ日常の続きでも、約束でも、何でもいい。これは自分の本当の心と向き合う為の想像なのだよ』

『なるほど! 長老かしこーい!』

「成る程……」


 頷く小人達とガンを長老が順にぽふっていく。長老でもぽふりは大事らしい。


『どうして良いか迷った時にも使える考え方だ。――して、おまえさんは変わらぬ日常と、ケンとの約束が大切だろう? 日常は簡単に得られる。だから、約束を叶えるのに必要な何かがあれば、それを神に願ってはどうだろう?』

「おお……」

『ねえねえ、何を約束したの?』

「いや、それはまだ言えん…………けど、そうか……」


 飲み干した魔法薬の瓶を置き、口を拭って考える。

 

「ありがとな。何か思いつきそ」

「どうせ大した望みではないでしょう? ついでだから、防具の素材も一緒にお願いしなさいな」

「うわっ、ベル……!」


 長老に礼を言い終える前に、背後からの声にビクッと肩が跳ねた。慌てて振り返ると、ベルが此方に向かって歩いて来る所だった。


「わたくしの家よ? 居て不思議は無いでしょう?」

「や、おまえさっきまで集会所で神にクレーム入れてたじゃん……!」

「クレームじゃなくて交渉と言いなさい! あなたが魔法薬をちゃんと飲んだか確認しにきたのよ!」

「飲んだよ! 今飲んだばッかだよカーチャン!」

「よろしい!」


 空の魔法薬の瓶を必死でアピールする。満足そうにベルが頷いた。


「で、さっきの話の続きだけれど。防具の素材も一緒にお願いしてしまいなさい」

「え、けど……願いって一人ひとつじゃ……」

「上手い事言えば大丈夫よ」

「上手い事って……」

「例えば『薔薇の苗が欲しい』だったら貰える苗は薔薇だけよね? これが『世界中全ての花の苗が欲しい』だったら結果が全然違うわよね? そういう事!」

「これが……! 強欲……!」


 流石ご主人! と小人達が感心して拍手をしている。ベルがオホホと笑った。


「つうかそのギリギリを攻める感じで神を困らせてんのか! やめてやれよ!」

「おだまり! 隣で聞いてたけどケン様なんかもっと酷かったわよ!」

「ケン……!」

「それに素材は必要よ? 此方で仕立ててあげるのは変わらないけれど、素材を神から貰えるなら、一からわたくし達が仕立てるよりずっと良い物が出来るわ」

「そうか……確かに……!」


 小人達もウンウン頷くので、辺りを見渡しガンも頷いた。


「じゃあ……そうする……」

「そうしなさい」

『ガンナー! 出来たよ!』

「おお……さんきゅ……」

「なあにそれ?」

「寝る時に抱える枕……そんなもんは神に頼むもんじゃねえッて、こいつらが作ってくれた……」

「そう……」


 ベルの視線が痛いので、ベルの方を見ないようにしながら枕を受け取る。大きくて長い、バナナのような形の抱き心地の良い枕だった。


「あっ、これ滅茶苦茶良さそう……ありがとな……!」

『どういたしまして!』

「ガンナー」

「はい……」

「小人で作れるような物を神に頼むんじゃないわよ。そういうのは小人に頼みなさい。分かった……?」

「はい、すいませんでした……」


 逃げきれず釘を刺されて、しおしおと頷いた。そのまま小人達とベルに『じゃ……』と挨拶を済ませると、抱き枕を抱えて魔女の屋敷を後にする。


「クソッ……! ベル怖え……! 段々逆らえなくなってきてる……!」


 ついて来ていないか恐々何度も振り返って確かめながら、ツリーハウスへと戻って来た。食卓の方ではリョウとカイが物欲塗れのぎらついた目付きで何か相談している。あの二人は趣味も似ているし仲良しだから、きっと何か似たような物を頼むんだろうと思う。


「あっ、ガンさんおかえり! それ何?」

「これは寝る時に抱える枕だ。小人が作ってくれた」

「抱き枕ですか、良いですね!」

「おお、良いね! あ、じゃあ今から寝る感じ?」

「おう……夕飯には起きるから起こしてくれ……」

「分かった!」


 そのまま階段を上がり、三階の個室を目指して歩く。途中の二階の集会所を通ると、まだ神達とやいやい交渉をしているケンの背が目に入った。


「だから! ひとつはひとつだろう! ケチ臭いことを言うな! いける!」

『いえ、ですが……!』

『ですが……!』

「………………あんま困らすな……!」


 何とも言えない顔でケンの後頭部を引っ叩いて通過した。どうせ痛くも痒くもないケンが、叩かれて不思議そうな顔をしたがそのまま無視して個室へと向かった。個室へ入ると枕を抱えたままベッドへ倒れ込む。


「はー……なんか滅茶苦茶疲れた……」


 個室はケンやカイが色々飾ってくれたので、前の世界で住んでいた何もない部屋とは雲泥の差だ。小さな本棚にワードローブ、ちょっとした作業が出来る机に椅子、魔法のランプに壁のタペストリーに可愛らしい鉢植え。様々な小物も幾つか。

 この世界に来た最初は硬くて湿った地面で寝ていたのに、今や通気性の良い竹のベッドに枕とマットまで付いて、更には清潔なシーツまで敷かれている。


 これ以上なく幸せで、十分じゃないかと思う。けど皆それでは足りないらしい。相変わらず理解は出来ないまま、魔女の屋敷で相談した色々を思い出す。


 ケンとの約束を守るために必要な何かを頼む、というのはとても良い案のように思えた。防具の素材の事と併せて後で神に相談しようと決めて、ひとまず疲れと眠気に抗えず、今は眠る事にする。作って貰った抱き枕は大変具合が良い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る