108 煩悩の数
神に自由に欲しい物を願える機会など、滅多にどころか普通は無い。その為全員とても真剣に、後悔が無いよう自分の欲望と向き合っていた。
「モイッモイ~! モイィ~!」
「小人達はつがいになる女小人を希望するそうよ」
「満場一致で決まったらしいぜ」
神達を見送った翌日、朝食の席。いち早く『お願い』が決まったのは小人達で、早速得意げに皆に報告していた。まだ願ってもいないというのに、全ての小人達が春の訪れが如く、浮足立って楽しそうに働いている。
「そもそも女小人って居るの? それか新たに生み出して貰うの?」
「前の世界には居たわよ。勝手に増えては困るから、わたくしが男の小人しか雇っていなかっただけで」
「成る程……では前の世界から移住、もしくは新たに生み出して貰う形になるのでしょうかね」
今朝の朝食はチーズをパンで挟んで焼いたグリルドチーズサンドにかりかりに焼いたベーコンと目玉焼き、ベイクドビーンズとマッシュポテト。他にはジャムやフルーツ、ヨーグルト等々が食卓を埋めている。飲み物は紅茶とフルーツジュースとミルクが用意されており、近く収穫加工の済んだコーヒーが加わる予定だった。
「それがな! 各々の好みを反映した女小人を生み出して貰えるらしいぞ!」
「えっ!? 凄くない!?」
「各々って……小人が確か40人位だろ? 一人に一人女小人が……!?」
「そうらしいわ」
「ええっ、凄くない……!?」
「神に相談してOKを貰ったらしい。なのでこの一週間は理想の女小人を思い描く夢の一週間となるのだろうな……!」
現在集会所には神達が置いて行ったカピバラとマーモットを模した人形が置かれており、何か相談がしたい時はそこで神達に語り掛けるという事になっていた。確かに昨日は夜遅くまで小人達がカピモット人形に群がっていたな……と思い返したリョウが、神妙な顔をする。
「り、理想の……女子…………」
「リョウさんまさか……!?」
「リョウ……!?」
「お前好みの若くて巨乳で可愛い女を願うのか……!? リョウ……!?」
「そっそそそんな……ねえ!?」
「残念だけど、リョウは無理だと思うわよ」
しどろもどろするリョウに、優雅に紅茶を頂きながらベルが哀れなものを見るような顔で言った。
「何で……!?」
「この世界にまだ人間は登録されていないもの。小人達はこの世界の生命として登録されているし、造りも単純だから神達も簡単に量産できるでしょう。けれど人間を作るとなると新人類になってしまうし、赤子から育てるか、中身が赤ちゃんの成人女性という形になってしまわないかしら?」
「ウッ……!」
「そりゃどっちも何か犯罪だぜ、リョウ……!」
「それに、別世界から移住させるにしたって可哀相過ぎない?」
「ウウッ……!」
「わはは! 移住させても都合よくリョウさんと恋仲になってくれるかは分からんしな!」
「…………ハッ、それは小人達にも言えるのでは……?」
都合よく恋仲、の部分でカイが心配そうに顔を上げる。ベルがきょとんとした。
「当たり前じゃない? 都合よく勝手に好みの女を生み出したからって、相手だって立派に生まれた生命だもの。自由意志があるわよ。つがいになれるかは、自分達の甲斐性次第だわね」
「そ、そうですね……」
「つがいを願っても、すんなり行く訳じゃねえんだなァ……」
当たり前の事を心配してしまったカイが恥じ入る。恋愛の事はさっぱり分からないガンが、分からん顔で小人達を見て、心の中でエールを送った。
「まあ、まあね……恋愛は自力でするものだよね。神様に頼っちゃいけないよね……!?」
「リョウ、元気出せよ。ほら、一番良く焼けたベーコンやるから……」
「落ち込んでないよ!? けどありがとう!?」
ガンが哀れんで一番良く焼けた美味しそうなかりかりベーコンをくれたので、なんともいえない気持ちで有難く貰った。
「皆はもう頼み事は決まったのか?」
「僕はまだでぇす……! いざ自由となると迷っちゃって……!」
「私も迷っている所ですねえ。欲しい物が多過ぎまして……」
「わたくしは欲しい物をリストアップして吟味している所ね」
「おれはまだ何頼んでいいか分かんねえ。ケンは決まったのか?」
全員まだらしく、悩んでいるようだった。問いのリターンにケンは、大口でグリルドチーズサンドを噛み千切って咀嚼しながら大きく頷く。
「概ね決まった! だが通るか分からぬ故、後で神達に相談せねばな!」
「通るか分からないって、この人相当強欲なお願いする予定だ……!?」
「何を言う! 目一杯ギリギリを攻めてこそだろうが!?」
「そうよ! 神達には散々迷惑掛けられたのだから! あなた達も遠慮せず大きく出なさい!」
「は、はいぃ……!」
「はい……!」
「お、おう……」
強欲な二人の熱弁に圧されて、ガンもリョウもカイも無理矢理頷かされた。とはいえ欲しい物、強欲、大きく――――となると本当に分からなくなってしまって、ガンは心底困っていた。食後に神達へ相談しようかと思ったが、ケンやベルが『どこまでならお願いが通るかチャレンジ』を早速していた為、後回しだ。
なら療養の為に寝てしまおうと思ったが、『寝る前に必ず魔法薬を飲むこと!』とベルに煩く言われていたのを思い出し、魔女の屋敷へ行く事にした。ベルが不在の時でも小人達が対応してくれると聞いていたので、門を潜ると小人達の職人街の方へと向かう。
『わっ! ガンナーだ!』
『ガンナーいらっしゃい!』
扉を潜ると、早速ガンの姿に気付いた小人達が嬉しそうに駆け寄って来た。増援の時以来、彼らの言葉が解るようになって便利な反面何だか少し面映ゆい。
「ベルに言われた寝る前の薬貰いに来たんだけど」
『回復促進の魔法薬だね? すぐ用意するから待ってて!』
「おー、さんきゅ」
一人の小人が別の小人の名を呼びながら駆けて行く。そうかこいつらも全員名前があるんだよな、覚えないとな等と思っている内に――気付けば小人達に囲まれていた。
「なに!?」
『ガンナーはもう願いごと決めたの?』
『もう体の調子は大丈夫?』
『僕らはね、つがいになる女の子をお願いするんだよ!』
全員輝く笑顔で、ぽふりながら口々に言ってくる。
「えー……願い事はまだで、身体は回復中で、つがいの女子の事は聞いてる。良かったな……!?」
『わー! 何にするの!? 何にするの!?』
『じゃあしっかり休まないとだね!』
『えへへ、もう僕ら楽しみで楽しみで仕方ないんだ……!』
ひとまず小人達がぽふりやすいようにその場に座り、ぽふりの雨の中で考える。
「願い事はどうしたら良いか分かんねえし、薬飲んだら寝るし、あーそうだ、聞きてえ事があった」
『なになに?』
「おまえらがお願いする女子ってさ、別に必ずおまえらに恋する訳じゃねえんだろ? それでも嬉しいのか?」
朝食の時の話で疑問に思ったので聞いてみる。
『そりゃ必ず恋をしてくれたら嬉しいけどさ! ご主人の魅了魔法みたいでそれはちょっと違うかなって思う……! いや、それはそれで嬉しいんだけど……!』
『僕は女の子が来てくれるっていうだけでまず嬉しいよ!』
『そうだよ! それに僕に恋してくれるまでアタックすればいいんだし!』
『僕ら頑張るもんね!』
『ねー!』
『ねー!』
「おお、ちょっと一部リョウみてえだけど何か前向きだな……偉いじゃん……!」
素直に感心した。
『ガンナーは欲しいものとか無いの?』
『物じゃなくても、して欲しい事とかでもいいみたいだよ?』
「うーん……防具はさ、おまえらが何とかしてくれるじゃん? そうすると別に他に欲しい物ッつうと……あー……寝る時に抱える枕はちょっと欲しいかもしれん」
『枕くらい作ってあげるよ!?』
『今すぐ作れるよ!?』
『それは神様にお願いすることじゃないよガンナー!?』
「お、まじ……?」
『嘘でしょ……?』という顔をした裁縫小人が急遽抱き枕を作り始めてくれたので、魔法薬のついでに枕の完成も待たせて貰う事にする。
「……ンン、おれは今で十分幸せだから、これが欲しい! とか特に無えんだよなァ。情けねえッつか困る……! どうしたら良い……!?」
相変わらずぽふられながら、欲しい物が浮かばない情けなさにやや萎れた。その様子を見て小人達も、一緒になって考え始めるのだった。
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