107 再就職

 神達を見送る為に集合した村の広場。ベルが怖い顔をして小人達に向き直っている。


「先日の“越権行為”の話をまだしていなかったわ」

「モ、モイ……ッ!」


 神達に何を願おうかモイモイはしゃいでいた小人達が一斉に硬直し青褪めた。


「越権行為って――……」

「こないだおれを助けてくれた事か……!?」

「これはわたくしと小人達の話。口を出すんじゃないわよ」

 

 リョウ達もざわつき始めるが、ベルの一瞥で押し黙るしかない。


「確かにガンナーを助けた事は素晴らしい。けれど、あなた達は使い魔としての限度を超えたわ」

「モ、モイモ……」

「おだまり!」


 長老が言い訳を始めようとした途端ぴしゃりと浴びせられる。そのままベルが袖から細い杖を取り出し、先を揺らすと宙に何枚もの“契約書”が現れた。


「これはあなた達の雇用契約書。わたくしの使い魔となって忠実に働くと誓った契約書よ。こう書いてあるわ」


 ベルが一枚を手に取り、読み上げる。


「第1条、使い魔は主人に忠実であれ。主人の生活を守り、豊かに整える事を最優先とする。第2条、使い魔は主人の不利益を見過ごしてはならない。また主人の交友に影響が出ないよう使い魔としての品位を守り行動すること。第3条、使い魔は第1・2条に抵触しない範囲で、自身の身と命を守らなくてはならない」


 その後にも契約の上での報酬やら長々と書いてあるのだが、今回の話に必要な部分だけを読み上げた。それから片手を腰に当てて、小人達を睥睨する。


「色々と抵触しているわ。あなた達はわたくしの指示を仰がず、勝手に行動し、あげく命を落とす所だった。いくらガンナーの命を助ける為だったとはいえ、使い魔としての枠を超えてしまった。認めるわね?」

「モ、モイ…………」

「モッモモイ! モモモイモイッ!」

「いいえ、連帯責任よ」


 ノックノックが自分だけが悪いのだと訴えるように前に出るが、つれなく切り捨てられる。彼らの言葉が解るガンが慌てて前に出ようとするが、ケンに止められた。ケンを見ると無言で首を振り『見ていろ』と促されて渋々黙る。


「という事で、あなた達は解雇よ。全員解雇!」

「モヒィッッ!?」

「モヒイイイィ……!?」


 小人達が全員青褪め泣き出し床にへたり込む。そんな様子には構わず、魔法でベルが全ての契約書を破いてしまった。


「おい、ベル……ッ!」

「口を出すなと言ったわよ、ガンナー」

「けどこんな、黙ってられるかよ……!」

「ケン様」

「うむ!」


 結局黙っていられなかったガンナーを、ベルの視線を受けたケンががっちりと抑え込む。大きな掌で口まで塞がれてもがもがするしかなくなった。リョウやカイや神達も心配そうな顔で見ているが、口が出せない。


「――さ、これであなた達は使い魔ではないただの妖精小人よ」


 涼しい顔でベルが杖を一振りする。また新たに宙に一枚の“まっさらの契約書”が現れ、顔を覆って泣いていた小人達が、様子を見守る面々が不思議そうに見上げた。


「まずは神達にサインをして貰おうかしら。勿論“七人の村の仲間達”に貰えるお願いとは別よ。だってわたくし達のお願いと、小人達のこの世界への移住は別ごとですものね?」

『拝見します……!』

『はいけんいたします!』


 神達の前に契約書が移動し、真剣に神達が目を通す。


『妖精小人達を、ベルの使い魔としてではなく――この世界の生命として登録し、今後は神の庇護下に置くこと……』

『かれらはじゆうであり、またむらのいちいんとして、じぶんのいしでこようけいやくをむすべるものとする……』

「…………!」

「……!」


 読み上げるのを聞いていた小人達とガンが目を丸くする。その様子を、ベルがにんまりと意地悪く笑って見遣る。


「奴隷から自由市民になったようなものだわ。同じ村の仲間なのに、わたくしに隷属する使い魔だなんておかしいもの。悪くはないでしょう?」

「モイモモォ~!」

「ベルぅ……!」

「オホホ! 心臓に悪いサプライズよ!」

 

 小人達は安堵と歓喜で、ガンも安堵で脱力する。ベルが高笑いする傍ら、ちゃんと契約内容に目を通した神達がしっかりと頷いた。


『そうですね。元々小人達はベルの付属として此方に来ていますから、契約が解かれた今は私達が存在を保証するのがベストかと思います』

『わたしたちが、あなたたちのそんざいをほしょうしましょう』

 

 神達が頷くと同時、契約書に光る文字でサインらしきが描かれる。同時に契約を失い何処か頼りなかった小人達が安定したようにきょろきょろし始めた。


「これまでは契約とわたくしの魔力であなた達の存在を保証していたけれど、今後は神があなた達の存在を保証してくれるわ。わたくしが死んだ後もね」

「モ…………モイ……?」

「そう、もう自由だから繁殖して子孫を残すのも可能ッってワケ!」

「モ、モイィ…………!」


 繁殖と聞こえて小人達が明らかにソワソワし始める。大変なソワソワだ。


「……なあ、小人っておっさんしかいねえじゃん?」

「そうだね、全員おっさんだよね?」

「繁殖出来るのか?」

「どうでしょう……?」

「それこそ神につがいのメスを願うのではないか……?」

「あー成る程。つうかそろそろ離せよ、ケン」

「おっと」

 

 抑え込まれたままだったので、ケンの腕からぐいぐいとガンが抜け出す。ソワつく小人達を見てベルは満足そうにしていた。


「自由の身になったとはいえ、今後の仕事も欲しいでしょうし住処も必要でしょう。そこで、此処に新たな契約書があるわ」

「モイーッ!」


 ベルが杖をまた一振り。破いた分と同じ枚数の新たな契約書が現れ、小人達が歓声をあげた。


「次の契約は前よりずっと良心的な契約よ。有事の際の庇護に加え、労働にもちゃんと対価を支払ってあげる」

「えっ、前まで払ってなかったの?」

「存在を保証し、わたくしの傘下として庇護し、仕事と魔力は与えていたわよ」

「まあ、使い魔契約は大体何処もそういう感じですしね……」

「ああ、奴隷契約に近いんだね……」


 小人達が熱心に契約書に目を通し、うちの幾人かは嬉しそうにガンに契約書を見せて説明してくる。


「おー、家族手当に傷病手当? 有休と年2回のボーナス? 勤続年数に応じてどんぐり支給アップ? 後者全然分からんけど前より高待遇なんだな?」

「モイッ! モイィ~!」

「そうかァ、良かったな!」


 嬉しそうな小人達にガンも笑顔で頷いている。

 

「どんぐり支給めちゃくちゃ気になるんだけど……!?」

「金のどんぐりとか銀のどんぐりとかあるんですかね……!?」

「何だ、どんぐり貯金でもしているのか!?」


 見ていた野郎どもはどんぐりが気になって仕方なかった。ともあれ大満足の再雇用内容だったらしく、小人達は順番にサインをしてはベルに提出していく。


「さ、これで全員。再雇用完了だわ。これからもよく働いて頂戴ね」

「モイッ! モイ! モイィ~!」

『素敵な采配でしたよ、ベル』

『すばらしいおこころづかいです。たちあえてこうえいでした』

「オホホ! 当たり前でしょう!」


 ベルが高笑い、男達に向き直る。


「今までと大した変化は無いわよ。わたくしの使い魔だったものが名実ともに自由意思で動けるようになり、世界に認められた生物となっただけ。村の一員である事と、これからも良い関係が築けていく事に変わりはないわ」

「成る程……! あ、僕らも何か頼む時はどんぐりあげた方がいい!?」

「そうねえ、どんぐりでなくとも良いのだけれど。花の蜜や新鮮なミルク、キノコや木の実なんかでも喜ぶと思うわ」

「心得ました……!」

「うむ、隷属から商売に代わったようなものだからな! 報酬はちゃんとしよう!」


「とはいえ、あなた達だってお互いに何か頼む度に報酬を渡したりはしていないでしょう? 同じ仲間なのだから、普段はあなた達と同じような形で良いのよ」

「成る程、ベルの場合は生活全般の面倒を見させた上、拘束時間も長くて完全な労働といえるから報酬を払う――ッて事か」

「その通りよ」

「モイッモイ~!」


『その通り! これからも色々任せて!』とでも言うように小人達が皆に頷いた。神達もにこにこと微笑んで様子を見守り、小人達の再就職は無事に終了した。その後は皆で神達を見送り、日常へ戻る訳だが。


 今度は神に願う欲しい物を真剣に考える一週間が始まった。

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