102 たまへき
勇者同士の勝負は長引いていた。
魔王同士の戦いでも闇属性のダメージ半減が起きたように、此方は光属性同士での半減が発生している。そして、膠着していた。
「ッだりいな……!」
アクウェルが苛ついて舌打ちする。神の力を纏った分、攻撃・防御力共にリョウを上回っている。半減属性同士でも、此方の方が強いのだからぶつかれば己の方が勝つのだが、リョウが深刻なダメージを受けた様子は無い。
「神の力で強くなったって言っても、攻撃力と防御力が上がるだけなんだね」
真剣な顔付きで相対するリョウに一切の油断も妥協も無かった。勇者の風上にもおけぬこの“後輩”をぶちのめすと誓ったからだ。確かに力の総量では敵わない。だが、培った技量は自分の方が上回った。どのような攻撃も経験で受け流し、あるいは避け、勇者の盾で受け止める。リョウの気持ちに比例して強度を増すこの勇者の盾は、いまや最高強度だった。
ただし、攻めあぐねていた。自分がほぼ無傷なように、アクウェルもまた無傷だ。攻撃はしている。技量の差で何度か届かせてもいる。だが半減属性と神の力の分厚い守りでダメージが入らない。
「馬鹿にしてんのか! だけじゃねえし!」
「勿体ないね。君の才能でちゃんと努力していれば、僕なんか及ばなかっただろうに」
「腹立つッッッ!」
もう何度も繰り返す拮抗した打ち合い。再びダメージには至らない一撃を受け、アクウェルの苛つきが限界に達した。こうした泥臭い長期戦に慣れていないのだ。
「だけじゃねえッつってんだろ――――!」
「ッ!」
言った途端、リョウの足元が突如鋭利に隆起する。咄嗟飛び退きアクウェルと距離が開いた。そのままどんどん地形が変わり、最初に皆を分断した時のように戦場が干渉されて形を変えてゆく。
「え、だっさ! 剣術で敵わないから距離取るんだ!?」
「戦略だッつうの!」
間髪入れずのリョウの煽りに更に怒りが湧いた。作り変えられた地面から何十メートルもの巨大な蛇のような“腕”が生え、何本もリョウをその質量で薙ぎ、叩き潰すべく叩きつけられた。その全てをリョウが勇者の盾から広がる光の巨盾で受け止めている。恐らく無傷と察してまた舌打ちが零れるが。
「――――……んん?」
アクウェルが不思議そうに瞬いた。
「ん、ん、んん…………?」
神の力で“この世界”に干渉したのは二度目だ。最初はリョウ達を分断する時、そして今。見逃せない違和感があった。
「何かやッてんな……? コソコソしやがって」
戦場を作り変えての攻撃を更に増やして集中させた。ダメージが与えられなくとも、一時的に足止め出来ればそれで良い。その間に感じた違和感へ意識を向ける。これは、何だ。ややあり、にたぁ……とアクウェルの顔が笑みに歪む。
「――――丁度いいじゃん。俺も使わせてもらうわ」
その時、強烈な剣圧が大地で出来た大蛇を吹き飛ばし蹴散らした。恐らく大技を使ったのだろう。真っ直ぐにリョウからアクウェルまでの道が開け、強い踏み込みと共に瞬時に目の前に肉薄してくる。
「先輩! 聞いてくれよ!」
「なに?」
勢いを増した鋭い薙ぎがアクウェルへ迫る。先程までなら、何とか受け止めまた打ち合いになり、結果競り負けていた。だが、今度は違う。アクウェルは避けずに代わり、握る剣へと力を集中させる。
「何でか分かんねえけど魂めっちゃ居るんだよ!」
「……ッッ!?」
避けないアクウェルの胴に一閃を決めかけた時、その腹に“顔”が浮かび上がった。まだ幼い素朴な、田舎村の少女のような顔だった。咄嗟に無理矢理軌道を変え、同時に体勢を崩さざるをえない。
「ッ何」
「だからこれさ、最初の世界で俺らが殺しまくった魂!」
その隙を見逃さず、練り上げた力をアクウェルが叩き込んだ。
「が、 ッッふ――――!」
今度こそ大きくリョウが吹き飛び、この策の有用性を確信して笑みを深める。大きな一撃を貰い、咳き込み起き上がろうとするリョウを嘲るように見ながら、アクウェルが剣を振り上げた。
「何でか分かんねえんだけどさ、さっきは居なかったんだけど今はめちゃくちゃ居るんだよ。ほら!」
神の力を振り撒くと、アクウェルを守り取り囲むように“魂たち”が喚び出されて配置された。老若男女、平民に貴族に異種族まで、色んな姿と恰好の者達が居た。
「――――……」
リョウが驚愕して動きを止める。
「多分そっち側で何かしてると思うんだけどさ、コソコソすんのは良くねえよなァ? だから俺も利用しちゃおと思って!」
「神が……」
『リョウ……! すみません……!』
唐突に慌てた声でカピバラの神から念話が届く。
『彼らは、この戦場に囚われている第一の世界の魂達です……! ケン達が神の力を取り戻してくれたので、転生出来ぬ彼らの魂を解放しようと戦場に喚び出している最中でした……ッ! それをアクウェルに気付かれ利用されたようで……!』
恐らく想定外の事だったのだろう。酷くカピバラの神の声が慌てている。
「これさァ、多分あんたが光の力で殴ったら消えるぜ。何でかあんな殺され方した割には綺麗な状態だけど、まじで弱いクソ雑魚どもの魂だからさァ~!」
「………………」
リョウは答えない。ただ魂達を驚いたように見詰めていた。
『恨みや未練に囚われて、転生先の世界も無く、仮にあっても転生が望めない魂達でした。ですがカイが負の感情を取り除いてくれたので、今はもう転生が出来る状態なのです……! それが、それが……ッ』
「…………本当?」
「マジだって! 本当本当!」
問う声は短く小さい。アクウェルへというよりは、カピバラの神へ向けたものだった。勝手に答えるアクウェルを無視して耳を澄ませる。
『はい……本当です。この戦いであなたの力が覚醒したら、折を見て転生の為の浄化をお願いしようと思っていました。ですが今は駄目です。今のあなたの光の力では、魂達には強過ぎる。少し触れただけでも消滅してしまいます……!』
「打つ手は……?」
「無くね!? 心優しい勇者サマがこの肉壁――ッと、魂か!
カピバラの神に少しの沈黙が落ちる。
『……アクウェルも神の力を持っていますから、喚び出す事を止める事は出来ません。それ以上の支配権は此方にあるのですが……分かり易く言うと、あの魂達は自考し意志を持っています。が、移動する事が出来ません。アクウェルにあの場に縫い留められています。早急に打つ手を考えねば……!』
「……分かったよ。何とか保たせてみるから、打開策を考えて欲しい」
「……? 誰と話してる?」
そこで話を終えて、立ち上がった。
「誰だろうね」
「神か? こっちは身ひとつなのに神のナビ付きとかずるじゃん?」
「神の力を奪う方がずるだと思うけど」
「は、まあいいや。――――ひとまず盾と鎧捨てろ。剣はいいや、あっても無くても変わんねえし」
アクウェルがニヤッとして、手近の魂に手を伸ばした。最初に腹へ浮かんだ素朴な少女だ。生きている人間のように触れ、小さな頭に力を籠めると少女が苦痛の表情を浮かべる。『たすけて……』とかぼそい声がリョウへと届いた。
「俺も光の力は持ってるからさ。触れるし、潰せるんだよな!」
「………………分かった」
勇者がしてはならぬ脅しだろうと呆れ果てると同時に、他の選択肢は無かった。どの道、盾と鎧が触れただけでもあの魂達は消滅してしまうかもしれない。リョウが口を引き結び、盾を放り、アクウェルの言う通り鎧を脱ぎ捨ててゆく。
「それで?」
「これで流石に攻撃が通るようになっただろ? そろそろ決着着けようぜ」
嫌なニタニタ笑いをするアクウェルが、力を意地悪く強大に紡いでいった。
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