103 勇者と民草

「ちょっと! 不手際が過ぎるわよ!?」


 コントロールセンターでは再びベルがブチ切れていた。

 当初はリョウがイヤボーンもとい感情爆発からのパワーアップを果たしてから救済という手筈だったのだが、パワーアップする前にアクウェルに計画を気付かれてしまった。おまけに浄化の為に待機していた魂まで利用されてリョウが窮地に陥っている。画面を見つめるケンもガンも難しい顔をしていた。


「ベル、ベル……! 今手を出してはいけませんよ……!」

「おだまり! これが黙っていられるものですか!」

『すみません、すみません……!』

『ごめんなさい、ごめんなさい……!』

 

 戻ったカイが、今にもカピバラとマーモットの神達に飛び掛かりそうなベルを必死で押し留めている。神達はドッキングして必死でアクウェルから支配権を取り戻そうと奮闘している所だ。


「大体持ち掛けたのはわたくしだけど、救済なんて戦い終えた後にゆっくりやれば良かったのよ……! んもう!」

『いえ、彼らの魂を含有した状態で凶兆達を倒すという事も必要でしたから……何とも……ッ!』

『ごめんなさい、ごめんなさい……!』

「トラウマの克服というか、憎き相手を自身で倒すという成功体験大事ですからね……イモルヴァスを倒した時、大分魂達がすっきりしていましたよ……」

「うむ、俺がグランガルムを倒した時もそうである!」


 そんな訳で魂達の救済も同時進行であったのだが、今はそれを逆手に取られている。魂だの救済だのよく分からん話に首を傾げつつ、画面を見ながらガンが隣のケンをつつく。


「なあ、ケン」

「どうしたガンさん!」

「つまりこれは、よく分からんけどいきなり大量の人質を取られて、リョウは武装放棄を迫られたッて事なんだよな?」

「ああ、そうだ。勇者の剣だけはあろうが無かろうがダメージにならぬと思われ許されたようだが」

「ふぅん……おまえかカイか、助けに行くのか?」

「悩みどころだな。あの人質は俺達にも通用してしまう」


 ケンの力でも、カイの力でも、転生を待つだけの負の感情を洗われた魂達は耐えられないと思われた。


「そっか。おれの攻撃なら影響無えかな」

「行かせないわよッ!」

「言ッただけだろ!? 行かねえよ……!」


 背後にベルの恐ろしい気配を感じて、慌ててガンが首を振る。


「ケンの男子おのこ云々じゃねえけどさ、おれはリョウを信用してんだ」

「わはは! 絶賛アクウェルにボコられ中ではあるがな!」

「だからそれは笑いどころじゃねえんだよ……!」


 笑うケンを窘めてから、画面に視線を戻す。


「リョウは勇者だからな。おれは勇者の話は沢山読んだが、どんな他の物語と比べても、勇者が一番逆境に強えんだ。こういう時に覆すのが勇者だろ?」

「ふぅむ……子供の理論だが、なかなか的を得ているような……」

「子供は余計だ馬鹿野郎……!」

「いえ、ですが、本当にそうです。逆境に置かれた勇者はとんでもない力を発揮しますから……!」


 この中で一番勇者と戦って来ただろうカイが頷き、ケンらの隣に腰を下ろした。


「ふん、つまりわたくし達は信じて応援するのが一番という事ね」


 ベルが鼻を鳴らしてカイの隣に座る。


「けど少しでもサボったらひき肉にするわよ! いいわね!?」

『はいぃ……!』

『がんばっておりますぅ……!』


 ベルの一瞥をくらった神達は必死で頑張り続けていた。ともあれ、一同リョウを信じて見守る事にする。



 * * *


 アクウェルの哄笑が響く中、何度目か攻撃を喰らって地面へ叩き付けられる。口の中を切ったようで鉄錆の味が滲んだ。


「…………ッ、げほ、 ッ……僕から、離れていて。危ないから」


 起き上がり、近くで怯える魂達に声を掛ける。観察する内、少しの移動は出来るようだがこの辺りから離れられないらしいという事が分かった。巻き添えを食わないように、出来る限り魂達には離れていて欲しかった。申し訳なさそうなぎゅっと堪えるような顔で、魂達が出来る限り離れていく。


「ざまァ無えな! 先輩ィ!」


 アクウェルは大変気分良く、武装放棄したリョウという弱い者虐めに勤しんでいた。勇者の鎧が無い状態でのダメージは光属性の半減があってもまともに入る。リョウは確かに追い詰められていた。


「…………そうだね、けど何でだろう。全然怖くないや」

「吠えるじゃん……!?」


 負け惜しみではなく、本当の事だった。近い窮地に陥った事は何度もあるし、覆して来た。それが何度も魔王を倒してきた勇者の生き様だった。別に活路が見いだせている訳ではないのだが、心は凪いだように静かで、焦りや恐怖は一切無い。何より己の役目を果たそうとする真摯な心で満ちていた。

 若い頃ならもっと焦ったり迷ったりした気もする。歳をとったのだという実感と共に『何だ、僕はまだちゃんと勇者じゃないか』と思えて逆境なのに笑えてきてしまった。


「その顔、それ腹立つんだよなァ~! まだ勝てると思ってる? マジで?」

 

 ひそかに笑ったのを見られてしまい、アクウェルが片眉を上げる。次に無造作に放たれた攻撃は――――リョウではなく魂達を狙っていた。慌てて飛び込み、代わりに受ける。嫌な音がして、何処かの骨が折れるのを感じた。


「……ッ、僕を狙えよ……ッ! 性格悪過ぎだろ……ッ!」

「なんか魂狙った方が、あんた嫌がりそうな気がしてェ~!」


 図星なので普通にイライラした。それを見て取ったのか、次々とアクウェルが魂達を狙う。慌てて飛び込み、代わりに受け止めるしか無い。勇者の盾が無いのと狙いがランダムで飛び込むのに必死なため、剣で打ち払う事も出来ない。見る間に血が滴り、かしこ傷んで無惨な姿になっていく。


「…………ッ、は……ッ、 はあ、……ッ」


 肩で息をし、呼吸を飲み込む。負けない気持ちだけでは勝てない。それは分かっている。だがどうすればいい、必死で考えている諦めない双眸がアクウェルをより苛立たせた。


「……あんた、マジで苛つくよ。俺が一番嫌いなタイプかも」

「…………ッ、奇遇、だね……! 僕も、君は大嫌いだよ……! ッッぎ……!」


 何度目か、魂達を狙って放たれた攻撃を受け止める。無理な体勢で受け止めた為、痛烈に入って喉奥から血の味がせり上がった。


『…………さま……』

「――――――……?」


 その時、背後から声が聞こえた。カピバラの神の念話ではなかった。肩越し振り返ると、最初に頭を潰されそうだった幼い少女が泣いている。


『勇者さま、ごめんなさい。ごめんなさい……! 私たちを守ってくれる、せいで……!』


 少女だけではない、気付けば他の魂達もアクウェルではなくリョウを“勇者”と呼んで口々に守ってくれる事の謝罪と感謝を述べていた。数え切れない人数から聞こえるそれは、かぼそくて、弱々しくて、けれど染み入るようだった。


「…………謝らないで。あなた達のせいではないんだから」

「おいおい、今度は誰と話してんだ!? キッショ!」

「――――……」


 一瞬怪訝に思ったが、ああアクウェルには聴こえないのかと思う。彼らの生前すら助けを求める声を無視してきたのだから、死んでかぼそくなった今など余計に聴こえないのだろう。


「……君が無視してきた、本来なら聴かなくてはならなかった“民草”の声だよ」

「はァ? 意味分かんねえんだけど!」

「だろうね」


 深く息を吐く。顔を上げて、泣きじゃくる少女を振り返る。血塗れの手を伸ばして、頭をそっと優しく撫ぜた。


「……謝らないで。勇者は応援して貰った方が力を出せるんだよ」


 そうして、いっぱいに笑った。少女ははっと顔を上げて、目を丸くするとぎゅっと拳を握って、リョウを必死で見つめて絞り出した。


『――――勇者さま、お願い。あんな奴に負けないで。勝って……!』

「…………うん、それでいい。ありがとう」


 深く頷くと、剣を握り直してアクウェルへと向き直った。不思議だ。前の世界に置いてきた、長く忘れていた気持ちを思い出した気がする。

 ――――そしてこれは、己が“勝利”に通ずるものだと確信した。

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