100 やさしいひと

 大口を叩けない程の劣勢ではあった。


「…………ッ、かは……ッ!」


 全身を斬り裂かれ、大きく吹き飛んだカイが地面へ叩き付けられる。


「我を殺すと言う割には、口ほどにも無いではないか!」


 完全に嘲る調子で魔王イモルヴァスが嗤った。武芸ではイモルヴァスの方が勝っており、魔力は同じ闇属性。互いの半減属性が故、最初に重傷を負った身では武芸で押されるとどうしても分が悪い。


「そう……ですねっ、ですが、諦めるとは思わない、事です……!」


 魔力の総量では確実に自分が上回っている。新たに増えた傷を魔力で覆い失血を防いだ。同時に回復魔法も展開し少しずつ癒してもいる。だが職業的な問題で、槍が主体の武人と魔法主体の神官では、属性半減のせいで魔法威力の弱まる此方がどうしても弱い。後は、更に不利な事がある。


「諦めないだけで敵が倒せるなら世話は無いな!」


 ――――ぎゅるッッ! イモルヴァスの槍先に剣呑な魔力、否、“神の力”が収束する。これは半減する闇属性ではなく、魔王ら魔族への“特効属性”だ。カイが避けようとする動きより、穂先が迫る方が早い。貫かれ、息を殺して歯噛みする。打開策はなくも無いのだが、難しかった。


「弱い、弱いぞ。こんなに弱い魔王を我は見た事が無い!」


 調子に乗ってきたな、とは思うが今の有様では言い返す事が出来ない。いや、あるいは。ふと、思い付いた事があった。


「……ッ、……は、正直に、言いますが。あなたが、小物過ぎて……力が、出せないのですよ……!」

「吠えるな! その小物に今まさに殺されようとしている癖に」

「…………ッ、がふ……!」

 

 必死で考えを巡らす。その間にも神の力を乗せた一撃が再びカイを吹き飛ばし地面に叩き付けた。痛烈なダメージが全身を駆け抜け、すぐには動けない。起き上がろうとする前に頭を踏まれた。


「……も、う……やめて、おきなさい。あなたの、計画は……絶対に、叶いませんよ……」

「手始めがまずは叶いそうだが?」


 ごりッと屈辱的に踏みにじられ、流石に不愉快で怒りが湧いた。だがまだ勝てない。屈辱と苦痛に顔を歪めて、カイが必死で絞り出した。


「あ、なたは……私の次に、神を……それから、あなたの仲間達を……消すと、言いましたね……」

「ああ」


 カイの方から持ち掛けられる問答に、命乞いかとイモルヴァスは思った。だがそれも一興として付き合ってやる事にする。何故なら自分が圧倒的に有利だからだ。


「そこまで、果たしても……私の、仲間がまだ残っています……勝てませんよ」

「貴様の仲間か。偉そうなゴリラとにやけた若造とチビと年増女だろう。二神の力を得た後ならば、余裕で勝てるさ」

「…………、……私の仲間を、そんな風に言うのは、やめて頂きたい」

「……ははっ、不愉快か?」


 不愉快なのは間違いない。一度きつく目を瞑り、これから言わなくてはならない事への罪悪感を噛み殺す。


「不愉快、です。……それに、私の仲間を、殺してしまえば……あなたは一人で残される事に……なります。神々に、閉じられた世界によって……」

「…………どういう事だ?」

「私達は、様々な世界から集められたのです。私達が今暮らす世界は、私達しか存在しません。……あなたが支配をやり直せるような、大勢の人間も魔族も、存在しないのですよ」

「………………」


 心の中で仲間に謝罪した。情報を明かした事では無い。


「そうか、では……生かして増やすとするか」


 イモルヴァスを誘導し、その言葉を言わせてしまう事に謝罪した。


「そんな事で諦めると思ったか? 居ないならば増やせば良い。年増女は子を産ませる苗床にしよう。なに、年増だが魔女のようだし神の力で改造すればなんとかなろう。男達は種馬と奴隷にすればよかろう。モニコが大人しく力を明け渡すようならば、あれも苗床にすれば良い」

「…………………………」


 カイは返事をしなかった。目を閉じて、苦々しい顔をしている。


「想像したか? もし貴様が年増女に懸想でもしているなら、生かして最初の種にしてやってもいいぞ。今此処で我に降るのであればな」

「…………」

「ああ、ああ、良い事を思いついた。最初は産ませた後に、年増女の前で子と貴様を殺す事にしよう。愉快そうだし躾にもなろう」

「………………………………」


 再びカイの無言。長い時間の後、細く長く息を吐いた。


「…………もう、十分ですよ。ありがとう」

「…………?」


 意味の分からないカイの返事に、イモルヴァスが眉を寄せた瞬間。視界が歪んだ。爆発的に溢れたカイの魔力に吹き飛ばされていた。

 

「…………ッ、……何が、」

「…………お陰様で、これでやっと力が出せそうです」


 叩き付けられる前に何とか受け身をとって着地する。不意の変化に瞠目してカイを見た。先程までの死にかけが嘘のよう、激しい黒煙のように魔力が立ち上っている。立ち上がる姿は魔力に隠されよく見えなかった。

 だが、黒煙の奥で赤く染まった双眸が確かにイモルヴァスを射る。めきめきと音を立ててカイが変身していく気配がある。骨が軋み肉が爆ぜ筋肉が肥大し、徐々に巨大な異形へと形が変わっていく。


「――――もう、どうやっても覆らないので。種明かしをしてあげますね」

「何だ、それは……ッ!」

「魔王の第二形態ですよ。知らないんですか? 魔王なのに?」

「…………ッ」


 イモルヴァスが言葉に詰まった。まだ彼が居た世界は若く、参考になる歴代魔王がまず少ない。故に知らないのだ。莫大な魔力の黒煙の中に、見上げる程の巨大な異形と化したカイのシルエットが聳えている。

 

「前は任意で変身出来たのですが……世界を滅ぼしかけてしまってからは、制限を付けたんですよ。怒りや憎しみが限界に達しない限り、変身出来ないように。あなたが小物過ぎたので、怒るより呆れてしまって。怒るのに苦労しました」

「では……先程の問答は……ッ」

「はい。意趣返しのようになってしまいましたが――あなたが私の仲間を酷く言った事で、やっと怒る事が出来ました。自分が痛めつけられるだけでは、私はなかなか怒れませんからね」


 魔力の黒煙は止まない。カイの第二形態の孕む魔力が際限なく溢れ続けているのだ。イモルヴァスが散々傷つけたダメージすら、無かったようになっていた。


「巨大になった所で……ッ! 属性は変わらんだろう!」

「試してみましょうか」


 異形のカイが翼を広げた。


 

 * * *



「すげえ! 巨大化した! かっけー!」

「それ見た事か! いいぞカイさん!」

「やぁん……! カイったら素敵……!」


 画面の中の急展開に、観戦している三人ははしゃいでいた。


「矢張り切り札を隠していたな! 何故すぐ使わなかったのか!」

『どうやら聞いていた限り、怒りや憎しみが限界に達する事で第二形態になれるようなのですが――イモルヴァスが小物過ぎて怒る事が出来なかったみたいですね』

「あんだけボコられといて怒らねえなんて聖人か!? 魔王だろ!?」

『自分が痛めつけられる事では中々怒れないようですね……』

「カイらしいわ。凄く優しい人だもの」

 

 そこまで話して、三人が首を傾げる。


「…………どうやって怒ったのだ?」

「それな」

『ええと……ですね……イモルヴァスが、ちょっと宜しくない事を言いまして……』

「詳しく」

『ええ……これ、言っていいんですかね』

「いいから、早く」


『……イモルヴァスが今後、あなた方を如何に苛み搾取するかという酷い展望を語った事で……ええと、特にベルのくだりですかね……?』

「キャア! カイったら!」


 一応何とかプライバシーに配慮して、ゴールデンカピバラの神がふんわりと伝える。それだけでもまたベルがぽっと頬を染めてくねくねした。


「ガンさん!」

「何だ」

「これは早々にベル嬢が劣勢か討たれたと言った方が良かったのでは!?」

「そうだな、その方がカイのボコられタイムが短かったな? カイ、すまん……!」

「今からでも言うか!?」

「それは第三形態になッちまわねえか!?」

『いえ、もうこれは救済の話をする段階です……!』


 画面を見て思う所があったのだろう、ゴールデンカピバラの神が割って入り、カイへ向かって念じ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る