99 イヤボーン

 ガンに無視されたので仕方なくケンも画面に見入り、カイとリョウの戦いを眺める事にした。そして、すぐに気付く。


「相性が悪いな」

「相性?」

「後で説明してやる。ベル嬢! もう二人に救済の話はしたのか?」

「いいえ、未だよ。ケン様が遅れるという全体連絡以降、集中を乱してもいけないから中々声を掛けるタイミングが無いってカピ神が」

「おお、では我らの勝利もまだ知らぬのだな!」

「そうね」


 ベルは負傷した小人達の治療をしている所だ。ケンの言葉に振り返り、頷く。


『早く連絡をするべきでしょうか……?』

「いや、しなくて良い」


 グランガルムから取り返した一部をマーモットの神に押し込まれているカピバラの神がケンを見て髭を震わせた。


「これよりあの二人には全ての連絡を禁ずる」

『えっ』

『ええ』

「まあ! スパルタで行かれるのね、ケン様」

「おまえあの二人の扱いほんと酷いな?」

「これは厳しさという愛である!」


 ケンが偉そうに訳知り顔で画面を指差す。


「――見ろ、相性が悪い! 同じ闇属性同士と光属性同士だ。相性が悪いというよりは、互いに半減属性同士という事だな」

「ああ、成る程。水に水をぶつけてるみたいなもんか」

「その通りだ!」


 説明にやっとガンが納得して頷く。

 

「して、その場合は当然強い方が勝つ訳だが! 見た通りカイさんは負傷中、リョウさんは奮起しているようだが相手が神の力を纏う分攻めあぐねている!」

「もうおまえがさっさと加勢に行けばよくね?」

「ガンさん! 二人とも立派な男子おのこぞ! 加勢など邪道である!」

「その理由でさっきのおれに加勢に来ねえんだッたらぶん殴るわ」


「オホホ! ガンナーは一対二だったものね!」

「それ別に笑いどころじゃねえんだよ! ベル!」

「一対二なら流石に加勢くらい行くが!? おれがガンさんを見捨てるとでも!? おれだぞ!? ガンさんだぞ!?」

「おまえおれの事好き過ぎだろ!? カイとリョウも見捨てんじゃねえええええええよ!」


 ベルの高笑いとケンのうざ絡みにガンがイライラした。


「見捨てているのではない! これはあの二人に成長の機会を与えているのだ!」

「あーうん」

「仲間の勝利など聞いてみろ! 気が緩むだろう! 今二人に必要なのは窮地であり、それは確実にイヤボーンを起こす為の下地なのだ! ガンさん!」

「イヤボーンってなに?」


「イヤボーン現象――――主人公がピンチに陥った際に『イヤーッ!』と叫ぶ事で覚醒したり秘められた力が開花して、そのパワーで敵がボーンと吹き飛ぶ現象の事を言うのよ、ガンナー」

「カイとリョウが!? イヤーッて叫ぶのか!?」

「まあそこまで様式美に拘る必要は無い! つまりだな、今回は何らかの感情爆発が切っ掛けでパワーアップを果たす事を指している! ちなみに我が世界では姫将軍アリアが討伐任務中にピンチに陥り『イヤーッ!』からの『ボーン!』が発生したのを初観測とし、以来似たような現象をイヤボーンと呼ぶようになった!」


 ワニのデスロールと同じく、各世界で由来は違うが結果名前が一緒になったパターンの何からしい。

 

「そん……」

『ガンナーも先ほど似たような事をしていたではないですか』

「えっっ」


 訳の分からん現象に口を挟もうとした時、カピバラの神の声が掛かる。思わず二度見し、その瞬間現象の事は吹き飛んで更にカピ神を五度見くらいした。


「おい、カピ神! 何かゴールデンな感じになってんぞ!?」

「おお、本当だ! ゴールデンカピバラではないか!」

「ゴージャスでよくってよ」

『力が十割取り戻せましたので……!』


 タワシのように褐色だったカピバラの毛色が、今や輝ける黄金色となり艶々している。カピバラの癖に謎に神々しい。そして隣のマーモットは実に普通だ。


「え、本体っていうか真の姿それなのか……!?」

『いえ、本体は人型なのですが。今はこの形の方が余剰分の力を使いやすいので』

『わたしも、わがともにならってけもののかたちをかりています』

「そ、そうか……じゃなくてカイとリョウなんだよ!」


 ゴールデンカピバラに持っていかれそうだったが、慌ててガンが話を戻す。マーモットの神も十全になったらゴールデン化するのか気にはなる所ではあるが、今はカイとリョウなのだ。


『ガンナー、思い出してください。もう駄目かと思った瞬間に小人達の増援が駆け付け、あなたは感情が爆発して力を得たでしょう。そういう事ですよ』

「確かに……爆発ッて響きがいまいち受け入れらんねえんだが、まあ分かった」


 ガンが頷き画面に視線を戻す。


「リョウさんは勇者故、恐らく過去に何度も感情爆発からのパワーアップを経験しているだろう。ある意味手慣れているから心配要るまい。此処で加勢せず、更なるリョウさんのレベルアップを見守るのは厳しくとも俺の愛である!」

「まあ、リョウは強くなりてえッつってたしな。カイは?」

「カイさんはなあ……」

「カイは魔王だから、リョウと比べてイヤボーン的な経験はあまり無い筈よ。ただ、カイはイヤボーンというより……」

「ベル嬢も気付いたか」


 頷き合うベルとケン。さっぱり分からないガンは首を捻る。


「はよ説明しろ」

「出し惜しみ……という言い方は良くないわね。今彼は全力で戦っているように見えるでしょう? 手抜きもしていないと思うわ」

「まあ、そうだな」

 

 どう表現したものか、とベルが少し困ったように首を傾げる。画面中のカイは、誰がどう見ても真剣に必死で戦っているように見える。


「だがなあ。負傷しているとはいえ、カイさんはもっと強い筈なのだ」

「……そうなのよね。魔力の総量と経歴や経験から考えても、もっと強い筈」

「ああ、そういう……」


 魔力の事は解らないが、二人が言うならそうなんだろう。それを踏まえて見てみるが、矢張りカイが手を抜いているようには思えない。自分のように使うと差し障りがある切り札的な力なんだろうか、とも思うがどうもぴんとこない。今カイは劣勢に見える。それならもう使っている筈だ。


「力はあるが、使えない……って事か?」

「何か条件的な力なのかもしれないわね。ケン様はそれが引き出せるように見守りたいと仰っているのよ、ガンナー」

「うむ、そうである! カイさんはあまり激しい感情を表に出さぬからな! 一度感情爆発位して、一皮剥けた方が良いだろう!」

 

『成る程……では……』

「うむ! 二人からもし連絡がきたら我らはまだ戦闘中か、ガンさんかベル嬢が討たれたとでも言っておくがいい! 救済を持ちかけるタイミングはイヤボーンの後だ!」

「せめて戦闘中にしとけッて! 後者は流石に悪過ぎる……!」

『ですねえ……!』


「ああ! わたくしが討たれたと聞いたらカイったらどんな風に怒ってくれるのかしら……! ちょっと見てみたいわねっ!」

「おい悪趣味過ぎる! くねくねすんなババア! やめとけッて!」

『そうですよ……!』

 

 カイの怒りを想像したベルが頬を赤らめてくねくねする。神を除けばこの場の唯一の良心である事を自覚したガンが必死で止めた。何とかひとまず戦闘中、最悪戦闘中かつ劣勢と伝えるという事になった。


「まああくまで仮説だが、俺はこの戦いでリョウさんもカイさんも開花できると睨んでいるのだ。何せ相手がシンプルに悪いからな!」

「ああ、悪いッつうか……ド変態どもだったな……」

「ガンさん!? 詳しく」

「ガンナー!? 詳しく」

「誰が言うか……!」


 神の力を使って中継していたカピバラの神は兎も角、観測用のモニターは音声までは拾っていないし記録もされていない為、ガンが口を噤む事でレックスとシェルヴィンの変態性は永久に葬られた。

 やいやい煩いケンとベルを無視しながら、ガンは画面に視線を巡らせる。リョウの方はまだ大丈夫そうだったが、カイの方が劣勢で気になった。


「――――あっ、」


 思わず声が出たのは、カイが手痛い一撃を喰らうのが見えたからだった。

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