98 200億

「俺か! 俺は今不死が返上したくなるようグランガルムの心を丁寧に丹念に折っている所である! 大体折れたと思うぞ!」


 念話故、グランガルムにはカピバラの神の言葉は届かない。ケンが独り言を言っているように見えたが、おぞましさに打ち震えてそれ所では無かった。

 カピバラの神が、念話でベルとマーモットの神との相談結果を伝えてくる。


「マーモットの神!? 何だそれは!? ああ、成る程……」


 相談結果、彼らからの提案にケンが難しい顔で眉間を寄せた。


「ふぅむ……まあ、必要な事だな。今更100も200も変わるまい。――良かろう、許す! 始めよ!」


 それでもすぐに決断を下し、グランガルムへと向き直る。


「待たせたな。まあ貴公次第ではあるのだが、その様子では無理だろうな」


 未だ立ち上がる事も出来ない姿を見て、ケンが片眉をあげた。


「――――今より神達の介入が始まる。心せよ」



 * * *



 コントロールセンター。相談を終えたベルとカピバラの神とマーモットの神達はモニター前に戻って来ていた。


『ケンの了承が得られました!』

『では、はじめます!』

『全力を尽くします!』


 カピバラの神の背にマーモットの神が張り付き、共に力を振り絞り始める。見る間に光り輝き、センター内は眩く染められた。


「……ッ、眩し……! おいベル、何が始まるんだよ!」

「“救済”よ」


 ちゃっかりとベルだけ袖からサングラスを取り出し掛けている。ガンも小人達も眩しそうに眼を眇めたままだ。


「救済!? あの覇王、改心なんか出来んのか……!?」

「覇王の救済じゃないわ。見ていて御覧なさい」

「眩しくて見えねえんだが!?」


 やいやいしている内に、二匹の光は収まり――――代わりにモニター内に変化が現れた。


「わたくしが提案したのは“滅ぼされた魂”の救済。滅んだ世界で行き場なく、負の感情に囚われて、転生先も無く留まるしかない――凶兆達に滅ぼされた哀れな魂達の救済よ」


 ベルの言葉にガンが目を瞠る。


「ケン様には酷な事をしてしまうけど、ケン様でなくては出来ない事だから」

「………………」


 何かを言おうとするが、口が挟めない。今から行われる事が理解しきれていない事もあるし、酷だとかケンでなくては出来ないだとか、軽々しく何かを言ってはいけないような気がした。だから、口を噤んでモニターを見る。


 画面の向こうには、目を疑うような光景があった。



 * * *



 大勢の、数え切れない人間の姿があった。人間のみならず、エルフ、ドワーフ、その他様々な種族達。それが、少しだけ距離を開けてケンとグランガルムを丸く取り囲んでいた。


「何だ、これは……ッ!」


 再びおぞましさを感じてグランガルムが叫ぶ。


「これは、貴公の臣民であった者達だ。およそ80憶か。貴公が征服し、一度は統一し、更に滅ぼした者達だ」

「…………ッ!?」


 言われれば、見覚えのある種族ばかりだ。だが覚えのある顔などひとつも無い。近しい臣下ですらまともに認識して来なかったからだ。


「貴公の世界の神の力は未だ取り戻せておらぬが、第一の世界の神の力が六割戻った。今は二神が協力し、力を合わせ魂達をこの場に喚び出している」

「何の……為に…………」

「救済だ。この者らは滅びた世界に取り残され、行き場が無いのだそうだ。転生しようにも世界が滅びているから出来ぬ上、未練や恨みに囚われている」

おれを殺させる事で、未練を晴らさせようと……?」


 周りを見渡す。グランガルムを憎しみ殺して恨みを晴らしたいというよりは、矮小な民らしく恐れて近付けぬような様子だった。


「今ならまだ、貴公の影響力の方が強い。俺のように支配し背負えば、まだ勝機はあるだろう。やってみるか?」

 

 畏怖を集めて支配するのは得意だった。ケンの言う通り、80憶を背負えばまだケンと渡り合える可能性はあるだろう。だが。


「――――――ッッ、近寄るな! おぞましい!」


 グランガルムが絶叫して立ち上がる。囲む魂達が誰も近付けないよう大剣で周囲を薙いだ。


「誰が背負うものかッ! 誰が貴様のようになるものかッッ! ケンッ! そのようなおぞましい生き方は他に無い――ッッ!」

「ふん、俺に惚れていた癖に。嫌われたものだなあ」


 勝手に惚れられ気付いたら嫌われて、中々切ないものがある。眉を垂らして笑うと、ケンも肩から大剣を外し切っ先を地面へ付け、威風を正す。


「――――では俺が預かる。構わぬな?」


 言うや周囲を睥睨し、声を張り上げた。


「行き場無き民達よ! 死して尚苦しむ様、誠に哀れである! 故に俺が救済を与える! 今この時より俺を王として戴くが良い! 俺は比類なき最高の王である! 崇めよ! 称えよ! 求めよ! さすれば俺の民として我が世界での転生を許すッッッ!」


 “宣言”した途端だった。次々に取り囲む魂達が光の泡のように弾けてゆく。荒廃した無彩色の大地が、見る間に光の草原のように染まった。

 直後、その光が一斉にケンへ流れ込んでゆく。あまりの奔流に流石にケンも顔を顰めた。グランガルムはおぞましさにただ震えて見ているしかない。



 120憶が、200憶に増えた。最早大地にはケンとグランガルムの姿しか無かった。新たな全ての民を背負うと、ケンは顔を顰めたままごきりと首を鳴らす。


「――――……中々肩が凝る。視えているだろう」

「………………ああ、」


 グランガルムの視界では、ケンの背負う“呪い”が倍近くに増えたのが視える。おぞましいと一言ではもう表せない。視ている事すら苦痛で、きつく目を閉じた。


「もう完全に、何をしようと俺には届かぬ。解っただろう」

「………………ああ、」


 グランガルムが大剣を握り直した。


「…………最早、進む事も戻る事も、叶わぬ」


 その刃が自らの胸を斬り裂き、中から光り輝く神の一部を引き摺り出した。それをケンの方へ投げると、力無く膝を付いた。項垂れた。


「………………殺してくれ。おれを、終わらせてくれ」

「良かろう」


 ケンが神の一部を受け取り、グランガルムの方へと歩む。


「――――……なあ、今ならお前の気持ちが解る」

「うん?」


 ケンが無造作に大剣を振り上げる。グランガルムは顔も上げない。


おれを殺めてくれる、終わらせてくれる者の、なんと愛しきことか……」

「ッはは……! 惚れて嫌ってまた惚れるとは、忙しき事よ。だが、許す。……俺が貴公を終わらせてやる」


 一閃。グランガルムの首が血の軌跡を描いて宙を舞った。


「……終わればまた始める事が出来る。貴公はまた、新たに始めるが良い」


 刃に纏わりつく血を振って飛ばし、そのまま背に収める。二度とグランガルムが蘇る事は無かった。恐らく世界再生のエネルギーに転用されるのだろう、そのまま粒子のように砕けて消えていく。


「…………うむ、肩が凝ったな! カピバラの神よ! 終わったぞ! 戻せ!」

『はいっ!』


 そうしてケンもまた、コントロールセンターへ戻っていく。



 * * *



『ケン……! 本当に、お疲れ様でした……! それに私の世界の民達まで……! 大変でしたでしょうに、ありがとうございます……!』

『はじめまして、ありがとう、ケン……!』

「おお! 本当にマーモットではないか! その何ともいえぬ顔とずんぐり具合! 苦しゅうないぞ!」

 

 戻って早速、マーモットのマーモット具合を確かめて満足した。それからカピバラの神に一部を返すと、ガンとベルの方へと向き直る。


「二人とも役目を果たしたな。御苦労!」

「おまえはクッソ元気だな……!?」

「ケン様、ありがとう。第一の世界の救済は、カイとリョウに任せる予定よ」

「おお、残るはカイさんとリョウさんか! 二人とも立派な男子おのこ故、手助けは要らんだろう!」


 頷けば、観戦宜しくモニター前にどっかりと胡坐で座る。ケンに来い来いと促されるので、ガンも隣に胡坐で座った。


「ガンさん」

「何だ」

「俺はグランガルムに惚れられて嫌われてまた惚れられたぞ」

「そうか」

「少ない! 三文字以上の感想を寄越せ!」

「くそどうでもいい」

「俺はおぞましがられて地味に傷心中なのに!」

 

 何だか知らんがケンが要求するので八文字にしてやった。なのに訳の分からない事を喚くので無視してモニターに集中する。

 ――――画面の中では、まだカイとリョウが戦っていた。

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