97 120億

 既に百の死を与えた。


「一途なのか諦めが悪いのか、どちらであろうなあ」


 それでも覇王は蘇って来る。呆れにも愉快にも見える顔で再びケンが構えた。

 戦いはずっと続いており、これが通常の戦場であれば何度世界が滅んだろうか、という攻防だった。


「……ああ、不死にこんなに感謝した事は無い。これほど眩き時を過ごせるとは」

「これを眩いと言うか。趣味も悪いようだなッ!」


 疾駆、肉薄。幾多幾重の剣戟の応酬。積み重ねる時間が段々と長くなっているのは、百の死で覇王がケンの剣筋を読み成長していっているからで、蘇る度に覇王は無傷、ケンは祝福で治り自体は早いものの、少しずつ傷みは蓄積していた。これが死ねる者と不死者の差だった。


「だがまだ届かぬッ!」


 積み重ねた上でケンが勝り、再びグランガルムに止めを刺す。今度は上半身と下半身が離れて臓腑が地面に飛び散った。一応検証で何度か念入りに細切れにしてみたり、磨り潰したり砕いてみたりもしたが、少し復活に時間が掛かるだけで結局蘇るので、もう凝らずにシンプルに殺している。


「……は、はは……っ、まだ、だ。届く、もうすぐ届くぞ……っ!」

「それはどうかな?」


 再び切り結ぶ。こうして気が遠くなるような死闘を延々繰り返していた。死闘というには覇王の不死が“ずる”であったが。


 更に百の死を与えた。


 切り結ぶ時間はどんどん長くなり、ケンですらすぐに癒えない傷が増えてきた。それで動きに精彩を欠く訳では無いが、流石に表情が渋くなってくる。反面、覇王の表情は楽し気に歪んでいた。届く、もうすぐ届くのだ。


「我ながら気の長い……! もう仲間が二人も戦いを終えたぞ!」

「なに、おれ達も次で終わらせようぞ!」


 二百の死で恐らく何かを掴んだのだろう。明確に覇王の動きが変わる。


「ほう、届いたか」

「ああ、届いたな」


 ケンが感心したよう瞠目した。切り結ぶ時間はこれまでで最長。

 将棋のように手を重ねて積み上げて、読み負けるか読み勝つか、最後にはどちらかが勝利を手にする。この時点で、覇王には自らの勝利がやっと見えていた。ついに確信できた。えもいわれぬ歓喜が湧き上がる。同時にケンもそれを悟っていた。


「所でな」

「何だ」

「俺は結構性格が悪いのだ。冷血漢とも言われる」

「それが――――………………   ッ!?」


 在り得ない事が起きた。覇王が勝利を確信した瞬間に、状況が覆りケンの刃が覇王の心臓を貫いたのだ。


「がは、……ッッ、…………!?」

「貴公の読みは間違っておらんぞ」


 そのまま覇王の身体が引き裂かれ、再び地面へぶちまけられる。


「先程までの俺相手ならばな。正しく届き、上回っていた」


 ケンが復活までの間小休止を取るよう、大剣を肩に乗せて覇王を見下ろす。


「貴公が手合いで成長するならば、俺が成長するのも道理だろう。やっと届いて上回った故、今度は“俺の成長分”を乗せてやった」

「なん……っ」

「――――まだまだ楽しめるぞ、グランガルム」


 見下ろしたまま、何処か悪辣にケンが笑う。

 その時漸く初めて強き者とまみえる歓喜と共、自分と同じくケンも成長するならば“永遠に届かないのでは”という疑念が芽生えた。


「嬉しいか? 気付いたか? このままでは平行線だと」

「だが、」

「だが貴公の方が成長が早いと? そんな事は無い。もうその“疑念”は消せぬぞ」


 何処かどころか完全に悪辣な顔でケンが笑っている。


「俺は不老だ。望めば不死も得られよう。永遠に、俺に届かぬ屈辱を歓びとして戦い続けられるか? 俺は気が長い。千年でも貴公を殺め続けられるぞ」

「侮るな……! そんな事やってみなくては」

「おお! そうだ! これだけでは諦めが付かぬだろう!」


 覇王が言い終える前に、意地悪く大声で被せてくる。じくじくと死の痛みから復活する中、何を言うのか覇王がケンを睨みあげる。


「実は俺はまだ全力では無いのだ! いや、俺個人としては全力なのだが!」

「何だと……!?」


 在り得ない事を言う。あれだけの力を見せ付けておいて。

 神にすら及び上回る力だ。自分と同じく、否それ以上に、過ぎたにも程がある力だというのに。


「俺が纏う装備全て、祝福や加護も全て。これらは俺の世界の神と、臣民達の祈りと願いで出来ている。臣民だけでも120億は居るだろう。その全ての期待と祈りが俺を何処までも強くする。何処までも高みに押し上げる。貴公は俺と同時に、120億の信仰を相手取っているのだ」


 いつか何処かで、神の力は信仰の量に比例すると聞いたが事がある。それだけではないだろうが、それがケンに適応されているとなれば、凄まじいどころの話では無かった。宗教ですら地域で分散する。世界の全てから信仰される神など今まで聞いた事も無い。それではまるで神を超える。


「グランガルム。俺は世界を統一し、千年の治世という神にも劣らぬ偉業を成し遂げ、故に人の身で在りながら神以上に信仰を集めたのだ」

「……………………それは、」

「そう、貴公が私情を追うため疎かにした“王”としての責務よ。この差だけは絶対に埋められぬ。貴公は捨てる所か滅ぼして来たのだからな」


 既に身体は完全に復活している。だが立てなかった。動けなかった。膝を付いたまま、覇王は呆然とケンを見上げていた。


「どれだけ貴公が不死であろうと、今生で絶対に俺を上回る事は出来ない。諦めは付いたか?」

「………………なんだ、……それは、」

「うん? まだ諦めが付かぬか? 何とも執念深いおと」

「違うッッ――――!」


 今度はケンの言葉を覇王が被せて掻き消した。ケンがお株を奪われて『むう』という顔をする。それどころではない。意識した事で、理解した事で、神の力を抱くグランガルムには視えていた。視えてしまった。


 ケンを取り巻く、彼の肩に背に負わされた“信仰”達の姿が視えてしまった。数え切れない――ケンの言葉を借りるならば120億の臣民の姿がそこにあった。彼を王と戴き、尊敬と信頼を寄せて導きを求め、祈りと願いを捧げて縋る矮小な臣民の姿が。思わず吐き気がこみあげて、咄嗟に口を押えた。


 ――――こんなにおぞましいものは、見た事が無い。


「…………それではまるで、……ッ、…………呪いではないか――ッッ!」

「……ふは、それは、まあなあ……!」

 

 血を吐くような覇王の叫びに、戦闘では一切見せなかった、痛い所を突かれたというような苦笑いがケンから零れる。


 気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。おぞましい。おぞましい。おぞましい。おぞましい。おぞましい。おぞましい。ただ一人の人間に“それ”を背負わせている事があまりにもおぞましく気持ちが悪かった。

 こみあげてくる吐き気を抑える事は出来なかった。両手を地に着け何度もえづき、胃の中身を吐き出し、生理的な涙が眦に滲む。


 こんなもの、世界を滅ぼす方が何倍もましだ。どうして耐えられる。否、耐えられぬから死を望むのか。こんなものに敵う筈が無い。不死の永遠の時間をかけたとて、彼に一生敵う筈が無い。気持ちが悪い。最強を目指す為には彼を超えなくてはならない。おぞましい。超えられる筈が無い。既に彼と同じ力を得るには自分では遅過ぎるし、あんなおぞましい事は自分には出来ない。気持ち悪い。おぞましい。勝てない。気持ちが悪い。本当におぞましい。


「むう、…………大分、俺の意図とはかけ離れたが……まあ、諦めはついたようだな……?」


 ケンとしては此処で王の格の違いを見せ付けて――というつもりだったのだが、どうやら背負った物を視られたらしい。世界を捨ててきた身ではあるが、この信仰はまだ生きているのか完全なるコピーだから存在しているのか。どちらかは解らないが、未だそれはずっしりと肩や背に重みを与えていた。

 とはいえ吐かれる程とは思わず、恐らくグランガルムが同じ覇王だから共感や想像しやすかったのだろう――という慰めを思いついた上でも地味に傷ついた。


「……まあ、うむ。さて、では――――……」

『ケン!』

「む!」

 

 地味に傷ついたまま、話を進めようとした所で。カピバラの神から声が届いた。

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