96 マモ神

 今にも死にそうなのに、滅茶苦茶説教をくらっている。


「いいこと!? グラスに入った液体を想像しなさい! グラスは命の器! 液体は命そのもの! その器に罅が入っていると言っているの!」

「…………そんくらい、体感で分かってるよ。喚くなって……!」

「今までの罅なら見逃してあげていたわよ! これまでは休養で命の補充もできたでしょう! けど今回は駄目! 罅が大き過ぎる!」

「今まで見えてたんかよ……!」


 ベルの説教がもうしんどくて、眉間に皺が寄ってしおしおした顔になる。


「今回の罅は大き過ぎる……補充してもしても、すぐに染み出て零れてしまうわ」

「……けどさ、器? が、割れる? 砕ける程じゃねえだろ?」

「割れても砕けても即死よ。まだ形は保っているわね」

「なら、暫くはもつだろ」

「ばか! 罅を何とかしないと、補充をし続けてもひと月もつかもたないかよ!」


 ベルが爪を噛み、苛々というより焦っている。小人達も心配そうに小声でモイモイ言い始めた。


「…………を、……したら、……いえ、駄目ね……! ちょっとカピ神ッッ!」

『はいぃ……!』

「何よこの仕様! 神しか介入出来ないじゃないの!」

『そ、そ、それは……っ、ガンナーの世界の神が作った仕様ですので……っ! 何とも……っ!』

「だからカピ神を責めるなよ……! 後おれに分かるように話せよ……!」

「説明してあげるわよ!」

 

 当人を置いてきぼりの会話に患者が必死で口を挟む。ベルが絶賛ブチ切れたままガンを睨んだ。


「わたくしは普通の人間なら命だって癒せるの! けれどあなたは特殊だから駄目! 力を使う代償に命を削る概念形式だから手が出せない! 器を別に作って移したって、そうするとあなたは力も記憶も失うし、別人になるわ!」

「ああ…………」


 何を言っているかよく分からないが、恐らく精密過ぎて専門の技師じゃないと修理が出来ないというような事だろう。罅を無くすために外装を替えると別物になってしまうみたいな事だろう。そのように勝手に解釈する。


「じゃあ…………このままでいいや。ひと月はあるんだろ」

「必死で補充をし続ける、寝たきりのひと月がね」

「あー……まあ、しゃーねえか。無理すりゃ何とか動けるだいッッッてえ――!」

「馬鹿な事を言うからよ!」

 

 またビンタされて悶絶する。


「まじでビンタやめろ……! ひと月どころかホントにおまえのビンタで死ぬ……ッ!」

「なら馬鹿な事を言わない事ねッ!」

「………………」


 流石にこれ以上ビンタされたら死ぬ。必死で言い訳を考えた。


「…………お、おれの相手……二人、居たんだよ……でさ、ほんとどうしても無理で……」

「ああ、だから小人達が助けに行ったのね」

「そう、すげえ助かったから……小人は叱らないでやってくれ……」

「考えておくわ」

「………………。……で、二人倒すにはどうしても、力を使わねえと、で……倒さねえと……おれが殺されちまうし……死んだらおまえら泣くし怒るじゃん……。これでもさ、おれは頑張って生き残ってきたんだよ……カー……ッッ、ベル……!」

「……………………」


 ついカーチャンと言いかけて、またビンタされるかと緊張したがベルは滅茶苦茶怖い顔で睨んで来るだけで手は出さなかった。だが滅茶苦茶怖い顔で睨んで来るので直視は出来ず、ちらちら様子を窺う事になる。


「そう……頑張ってきたのね……」


 滅茶苦茶怖い顔のまま、ベルが胸元から光り輝く何かを取り出した。


『そ、それは…………ッ!』


 カピバラの神が目を丸くする。


「そうよ、あなたのお友達。最初に滅ぼされた世界の神の一部。モニコから取り返して来たわ」


 ベルがその一部をギチィ……ッッと握って滅茶苦茶怖い顔のままで睨む。


「――――さっさとうちの子を何とかしなさい。握り潰すわよ」

『!?』

「カーチャン……!?」


 乱暴な脅しにカピバラの神は飛び上がり、ガンはカーチャンの幻想を見る。


「あなた五分の一でしょう? カピ神より力があるでしょう? 何休んでるの? さっさと何とかしなさいよ。握り潰すわよ」

『お、お待ちを……っ! それは休んでいるのではなく他の部位を呼び戻している最中でして……っ!』

「お、おれが五分の二をブラックホールに吸わせちまったんだよ……! 」

 

 カピバラの神とガンが慌てる。ベルは容赦なく神の一部をギチギチいわせていた。その内、握られた欠片がぶるぶると震えだす。


「ほら! 通じたわ!」

『いえ、通じたというかそれは……!』

「カーチャン! おれはまだ大丈夫だから急かさんでやってくれ……!」


 カピバラの神とガンが更に慌てる。ギチギチいわされ明確に震える一部は徐々に光りだし――――そして。ベルが手を放しても宙に浮くようになった。


『ごめんなさい……ごめんなさい……!』

『嗚呼! わが友……!』

「喋った!」

「いいから早く何とかしなさいよ!」


 宙に浮く光がゆっくりと床に降り、少し膨れてカピバラの神を真似たのだろうか、一匹の獣の姿を形作る。

 

「また何か知らん動物が……」

「これはマーモットよ。齧歯目リス科マーモット属。主に山岳地方に生息し、草原や平野部に生息する種も存在するわ。巣穴の中で生活し、冬は冬眠をし、草食性で草や果実や木の根や花を食べる――――そんな生き物よ」

「カイもだけどどうしておまえそんなにマーモットに詳しいんだ……?」

『嗚呼! 嗚呼! よかった……!』


 泣きながらカピバラの神がマーモットに近寄っていく。カピバラと似たような毛色の、ずんぐりした大き目のネズミといった感じの生物が直立している。


『ごめんなさい、ごめんなさい……わたしのせいで……!』

『この神気……! ブラックホール内の分体の回収も出来たのですね……!』

『はい……何とか……』

「それは本当にすまんかった……!」

「御託はいいから早く何とかしなさい! あなた達全員握り潰すわよッッッ!」


 ベルの怒声で慌ててマーモットの神がガンの方へと近付いていく。


『はい……! いますぐ……!』

「…………なんか、うちのカーチャンが……すまん……」

『いいえ、もとはわたしがわるいのです。……むりをさせてしまってごめんなさい』


 つぶらな瞳に涙を浮かべたマーモットが、ガンの胸にぺたぺたと手を触れて必死で何かをしている。


「いい? 手抜きしたら握り潰すじゃ済まないわ。すり潰すわよ……!」

『ベル……! 手抜きをするような子ではありませんから……!』

「カーチャン! 治してくれてんだからよ……!」

「おだまり! これが母の怒りで強さよ! うちの子なら理解しておきなさい!」


 ベルはどうやっても止められないので、物凄いプレッシャーを背後に感じながら必死でマーモットの神は作業を行った。金継ぎのように罅を神の力で埋め、命が零れないような処置をしてゆく。


『ひ、ひびを、うめました! これでひとまず、いのちがこぼれることはありません! すこしですが、いのちもほじゅうしてあります!』

「埋めただけ!? 完全修復は!?」

『そ、それをしてしまうと……うつわのこうかんのように、ちからをうしなったり、きおくをなくしてしまいます』

『……ガンナーの世界の神の設計が複雑過ぎるのです。複雑だからこそ、神の補助も無しで単身これだけの力を生み出せている訳で……』

「はッア!? 今すぐ呼んで来なさいよその神を! 責め殺すわよ!」

「カーチャン……! ベル……! もういいから……ッ!」


 カピバラとマーモットをアイアンクローで握り潰しそうなベルを、必死にガンが起き上がって羽交い絞めにする。先程は一ミリも動けなかったのに、大分マシにはなったらしい。それに気付くと、ふんと鼻を鳴らしてカピバラとマーモットを手放した。


「…………罅を埋めただけよ。また無茶をしたら新しく罅は入るし、全体が脆くなっているから簡単に砕けるわ」

「分かってるよ。けど、どうせ元の寿命もそんな長くねえだろ?」

「そうね。あなたは元々短命だわ」

「なら、十分だ。後、リョウ達には言わんでくれ……」

「…………いいわ。心配されたりそれで態度が変わるのも嫌でしょう。時が来たら自分で言うのよ」

 

 羽交い絞めにされたまま、嘆息と共にベルが吐き出す。ガンも困ったように眉を下げた。


「…………ほんと、お見通しなんだな。そうするよ。ありがとう、ベル」

「ふん、そういう時はカーチャンというものよ。……本当に、こんなに手が掛かる子は初めて」

 

 つんと澄ましてベルも少しだけ笑った。ガンも小さく噴き出して腕を離す。

 それからまだ戦いが続く画面の方を見遣ると、まだケンとカイとリョウが戦い続けていた。


「……………………」


 あわやケンとの約束をきちんと叶えてやれない所だったな、と思う。感謝にベル達の方を振り返ると、またベルがカピバラとマーモットをアイアンクローで吊り上げている所だった。


「おいィ!?」

「あなたは休んでいなさいガンナー! ケン様達の手助けなど行ける状態ではなくってよ!」

「いやそうじゃなくてそれ……!」

「わたくし達はちょっと大事な話があるから! あなた代わりにモニタリングしておきなさい! 何かあったらすぐ呼ぶのよ! 分かった!?」

「ええ……!?」


『だ、大丈夫ですガンナー……!』

『ほんとうにだいじょうぶですから……!』

「ええ…………!?」


 明らかに不安だが、一人と二匹はさっさと反対側のルームの端へ行ってしまった。怪訝そうにしたまま、仕方ないのでカピバラの神の代わりに画面へ見入る事にする。画面の中では、いまだ三組が激戦を続けていた。

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