92 悪い女の作り方

 前世の知識を使ってヒロインを入れ替えただけだ。

 

 他に大きな悪さはしていない筈だった。勇者に恋した聖女セイラが陰で涙を流している事は知っていたが、追い出したり直接虐げたり、そんな事はしなかった。

 セイラに愛美の面影を見出してしまって、少しだけ目の前で見せ付けてしまった事はある。けどそれだけだ。原作では今は私の身体になっている魔法使いエリーヌの方が、陰で涙を流し、勇者とセイラのいちゃつきを見せ付けられていた。

 

 だから本当に入れ替えただけ。よくある恋愛系の異世界転生のように、逆ハーレムを築いた訳じゃない。ライバルにあたるヒロインや悪役令嬢を追放したり処刑したりもしていない。だから、大きな展開の違いは無い筈だった。


 “違い”が表れ始めたのは魔王城に乗り込む直前。魔王城付近での最後の野営の時だった。この野営ではイベントがひとつ起きる。

 原作の展開では、明日は死ぬかもしれないという思いからエリーヌが秘めていた恋心を勇者に告白する。今回はエリーヌの代わりにセイラが告白するかもしれないと思って、私は注意深く様子を窺っていた。


 案の定、セイラが人目を忍んで勇者を連れ出した。私は見つからないようにそっと隠れて彼らを見守る事にする。そこで、私は在り得ない展開を目にした。


 ――――――どうして。


 原作では、エリーヌの真摯な告白に勇者は胸を痛めつつも『自分はセイラが好きだから』と誠実に断りを入れる。またエリーヌの事は仲間として大切に思っているから、明日は命を懸けて君の事も守ると誓う。エリーヌは悲しみ涙を零しつつも未練を断ち切り、前を向いて明日は全力で戦う事を約束する。

 そういうイベントだ。だからセイラの場合もそうなる筈だった。


 ――――――――どうして、どうして、どうして。


 セイラの告白に、勇者は戸惑い迷いながらも『本当は自分もセイラの事が好きになってしまっている』と明かした。だがエリーヌに不義理をする訳には行かないから、今は応える事が出来ない。今色々と揉めて、魔王討伐に支障が出てはいけない。魔王を倒した後でエリーヌとちゃんと話をして決着が着いたら、その時は自分から告白させて欲しい、と。在り得ない展開だった。


 目の前が怒りと悲しみで真っ赤に染まる。私は何を間違えたんだろう。何がいけなかったんだろう。もうその場には居られなかった。

 そのまま翌日、勇者パーティーは魔王城へと入り魔王討伐を開始した。

 

 私は、私は――此処で初めて、人を殺してしまう罪を犯す。


 原作では、矢張り昨日のショックから立ち直りきれないエリーヌが全力を発揮できず、ピンチに陥った所をセイラが自分を犠牲にして庇う。恋敵の命懸けの行動にエリーヌが完全に未練を断ち切り、全力以上を発揮して劣勢を覆し、最終的に勇者パーティーは魔王を倒すという事になっている。


 これを利用する事にした。


 魔王城に入ってからずっと黙って具合が悪そうな私を、勇者やセイラが心配してくる。緊張しているのかもしれない、大丈夫と答える心中は、二人への憎しみが煮えたぎっていた。魔王の玉座へ辿り着き、戦闘が始まる。

 原作通り、昨日のショックから立ち直りきれないエリーヌは全力が出せない。勇者が焦ったように大声を出すが、本当にショックを受けているんだから仕方ないでしょう? と思う。


 その内ピンチが訪れて、魔王が放った魔力の槍が私に迫る。矢張りセイラが庇うように飛び込んで、その胸に槍を受けた。息も絶え絶えのセイラを私は抱き抱えるようにして、泣きそうな顔で何度も彼女の名前を呼ぶ。原作通りだ。


「……お、……ねがい、…………エリーヌ……、これで……」

「何を言うのよ……! セイラ……!」

 

 青褪めた顔をしたセイラが聖女の力の源である、聖なる宝玉を自身の内から取り出す。この力をエリーヌに託して、世界を守って欲しいと願うのだが、原作でのエリーヌは拒んで何とかセイラの命を繋ぎ、彼女の分まで戦った。私はそうしなかった。


「任せて……!」

「あ、りが……と…………」

 

 あっさり宝玉を受け取り、自分の胸へと収める。セイラは嬉しそうに微笑んで、命の灯火を緩やかに絶やしていく。泣きながら抱き締めるふりをして、灯火が消える直前に耳元で囁いてやった。


「――――昨日あんた達が話してた事、知ってるから。死ねよ、ビッチ」

 

 僅かにセイラの目が見開かれ、そのまま途絶えた。大声で泣き出して、セイラの死を悼む風を装う。絶叫する勇者の声、他の仲間の声も聞こえた。

 私は泣きじゃくるふりをしながら、今度は全力で戦列に戻った。セイラは死んだが、私にはセイラに託された力がある。


 最終的に魔王を倒す事は出来たが、原作と違って生き残ったのは勇者と私だけだった。彼は魔王を倒したというのに、仲間達の遺体を前に泣いている。そう、セイラの死体の前で泣いている。


「…………して、…………ど、…………して、ッ」

「どうしてセイラが死んだのかって? 代わりに私が死ねば良かったって?」


 勇者の隣にしゃがみ込んで、覗き込むように聞いてやった。


「そん、な訳……!」

「けど今私の事責めようとしたよね? 私が最初から本気出してれば、もっと被害は少なかったって」

「………………」


 言葉を無くす彼に、私はにっこりと微笑む。


「ごめんね、本当に調子が悪かったの。昨日凄くショックな話を聞いちゃったから~! 辛くて悲しくて全力が出せなくって~!」

「エリーヌ、まさか……聞いて……!?」

「そうだよ。悲し過ぎてセイラの事も殺しちゃった。あなた達のせいだよ」

「そん、な……俺達は世界の為に……! 恋愛の事なんかで……ッ!」

「なんかって何? 私の世界はあなただった。裏切った癖に説教なんかしないで」


 セイラはすぐ死んでしまったから、ねちねちと勇者を責めてやろうと思っていたけど、話せば話すほど自分が傷つくような気になった。だから。


「もういいや、ばいばい」


 顔面蒼白で言葉を失う彼に“力”を使って、一瞬で彼を殺した。私には聖女の力があるから、もう勇者より強い。

 その後一人で涙が枯れるまで、声を上げて子供のように泣いた。


「さて、と!」


 涙は枯れ果てた。

 辛い気持ちを誤魔化すようにして、それから私は熱心に魔王城を漁った。見付けた文献で知識を得て、魔道具を使って、魔王や仲間達の死体から更に力を奪った。

 転生した時に神様は私にチートをくれなかったけど、これでもう大丈夫。“次”はきっと上手にやれる筈。


 邪魔な死体を退かして、広間に魔道具を配置し魔法陣を描く。

 これは転生の儀式だ。もう我慢なんかしない。今度こそ、私は最初から力を持って、誰にも裏切られず傷つけられず自由に生きる。私を裏切ったり傷つける奴は全員皆殺しにしてやる。


 そうそう、次はどんな美少女に転生しようかな。最初の私もエリーヌも黒髪だったから、今度は可愛い桃色ピンクにしようかな。名前にも一字入ってるし。最初の私はデブで大きかったし、エリーヌはグラマーでセクシーなタイプだったから、今度は人形ドールみたいに可愛くて華奢で小さい子になろう。そうしたら憧れだったフリルいっぱいのドレスも似合うしきっと楽しい!


 そうやって私はわくわくしながら二度目の転生を果たした。もう後戻りが出来ないのなら、思い切り楽しんでやろうと思った。

 アクウェルは馬鹿だけど顔が良かったし、シェルヴィンやレックスも私をちやほやしてくれた。全員性格が悪かったけど、もう私の性格も悪かったから寧ろ気が合って楽しかった。私は前世で手に入れた力で彼らを唆し、誘導し、勇者パーティーに仕立ててやり直す事にした。


 魔王が手を結ぼうと言ってきた時は驚いたけど、決して悪い話じゃなかった。

 世界を滅ぼし更なる力を手に入れて、私達は次の世界へ――――。



 * * *


「――――成る程、重症だわね。おまけに迷惑の極みよ」


 煙管から黄金の煙を吐き出し、ベルが呆れたように肩を竦めた。優雅に箒に横座りをしたままだ。大地にカワイイものだって散らばっていない。目の前、少し先にはモニコが眠るように横たわっている。


 “開戦”した時から“現実”では何も起こっていないのだ。


「魔女ですらないなんて。――――このまま殺してしまうのは簡単。けれど、魔女は少女には弱いのよ。少女は魔女の卵だから」


 悩むように少し首を傾げて、困ったようにベルが笑った。


「…………性格が悪いのはわたくしも同じ。一度だけ、慈悲をあげましょう。善き魔女は少女を導くものだから」


 それからベルが歌うように童話のような呪文を唱え始める。辺りにまき散らされた黄金の粉がふわりと踊って、まあるい時計を形作った。


「さあ、もう一度巻き戻し。ためになる夢を紡ぎましょう。時計が踊るわ。もう一度最初からやり直しましょう。あなたには足りないものが沢山あるんですもの」


 モニコの夢の中が、またくるくると巻き戻されてゆく――――。

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