91 最近流行りの女の子

 モニコは肩で息をしていた。


「何で……ッ、どうして……ッ!」


 国どころか、世界を滅ぼせる位の攻撃魔法を撃ちまくったと思う。だが、効いていない。ベルは開戦からずっと優雅に箒に横座り、煙管をふかしている。

 

「どうして効かないのよォ――ッッ!」


 また絶叫し、数え切れない程の莫大な攻撃魔法を生み出し放つが、ベルへ届く前に“変化”させられ、可愛らしいキャンディやクッキー、チョコレート、宝石、花やぬいぐるみなんかになって地面へ散らばった。最早大地はカワイイで埋め尽くされている。


「まだ分からない? ……長命の魔女と聞いていたけど、意外と若いのかしら。今お幾つ?」

「はッア!? あんたに言う必要無いんだけど! 先に自分のババアッぷりを披露すればァ!?」

「わたくしは3816歳よ」

「は!?」

「だから、3816歳」

「…………バッ、ババアじゃん! ババアどころか化石じゃん! 超ババア!」


 普段のベルならババア連呼にブチ切れている所だが、今は怒らない。


「それで? あなたは?」

「16歳よ、羨ましいでしょ化石ババア……!」

「嘘仰い。どうせあなたの方が若いのだから、いいのよ、正直に言っても。本当の年齢でババアを馬鹿にしてみたら?」

「だから本当に16歳だってば! 前世だってその前だって16歳で死んだんだから足さないわよ! 別換算でしょ!?」

「………………前世」


 ベルがぱちくりと瞬く。モニコがしまったというように口を押えるが、足して48歳云々という言い返しは来なかった。


「成る程、そういう事……」


 難しい顔をしてベルが箒から降りた。ゆっくりとモニコの方へ歩み寄って来る。


「な、なによ……!」


 また魔法を放っても何かに変化させられるだけだ。逆に箒で殴った方が効くのではないかと、モニコが箒を構える。


「確かに最近、そういうのが流行ってるって聞いた事があるわ。あなた、“異世界転生”したのね?」

「どうしてそれを――……っ、」


 動揺した瞬間、ベルがぱちんと指を鳴らした。たったそれだけで世界が闇に包まれる。何も見えない、恐慌して箒を振り回すが何にも当たらない。


「何をしたのよ……ッ!」

「…………困ったわね、本当にただの少女だなんて。魔女と少女の関係は難しいのよ。手加減……いえ、先に少し見せて貰おうかしら」

「だから、何を……ッ!」


 ベルの声だけがして、喚いていたが唐突に闇が晴れた。


「…………ッ、何よ此処……!」


 辺りを見渡し、驚愕に目を見開いた。慌てて自分の両手を見る。箒を持っていない、袖――着ているものの違いに気付いて全身に鳥肌が立った。狂ったように自分の身体を触り、髪を触り、しまいにはへたりこむ。


 ――――嗚呼、嗚呼、此処は知っている。


 混乱したまま、段々と意識が遠のいてゆく。

 

 

 * * *



 気付けばぼうっとしていたようで、チャイムが聞こえてハッとした。

 教室にはもう誰も居ない。窓際の桃丹子もにこの席には夕陽が差し込んで、校庭ではランニング中の運動部の生徒達が見える。もう放課後だ。

 また読書に夢中で、我を忘れるほど空想に耽ってしまったのだと思い、恥ずかしくなった。慌てて開きっぱなしだった小説を閉じて鞄にしまうと、席を立った。

 

「……?」


 気付くと手に金粉のようなものが付いていて、何か触ってしまったろうかと不思議に思いつつトイレへ寄った。手洗い場で流すと金粉はすぐに流れ落ちた。

 洗い終えて顔を上げると、鏡に自分の顔が映って嫌な気持ちになる。小さくて細い目、低い団子鼻、えらの張った大きな顔。お世辞にも美人とは言えない。桃丹子は自分の顔が大嫌いだった。


 顔だけじゃない。真っ黒で太くて硬い髪も、同い年の少女達より高い身長も、華奢とは無縁の肩幅や大きな足も、太った身体も全部。全部嫌いだった。

 制服が可愛いから必死に頑張って受験したのに、念願の制服はいざ袖を通してみると全然似合っていなかった。深い溜息を吐き、トイレを出て帰路に着く。


 下校時間のピークは過ぎたようで、校門までの人影はまばらだ。残ってベンチで話している二軍女子達――至って平凡、特筆する事もない普通の女子高生達だ、にすら劣等感を煽られ俯いて歩く。彼女達が二軍なら自分は三軍、四軍だろうか。酷い虐めに遭ったりはしていないけれど、学校でいつもつるめるような友達は居ない。ネット上なら気の合う友人達が居るから、早く戻って沢山趣味の話がしたかった。


 校門を出ても俯いて、肩を縮めて、誰も自分の存在に気付かないように足早で歩く。すれ違う誰かが笑い声や大きな声を上げる度、自分が笑われているのではないかと不安になった。学校の建つ住宅地を抜け、駅に繋がる繁華街へと入る。

 そうだ、今日は大好きなシリーズの新刊日だった。買って帰ろうと思って、本屋の方へと顔を向ける。その時声が掛かった。


「桃丹子ちゃん……!」


 少し離れた場所から手を振る、幼馴染の愛美まなみだった。小学校までは仲が良かったが、中学に入ると完全に世界が違って殆ど交流を持つ事は無くなっていた。愛美の方は何かと話しかけてきてくれていたが、私の方が避けていた。

 愛美は華奢で小さくてお人形さんみたいで、おまけに性格が良い。明るくて優しくて、皆が愛美を取り巻いた。そんな彼女と仲良くし続ける事は耐え難かった。


「桃丹子ちゃん、久しぶりだね。あの、」


 愛美とは高校が違うから、滅多に会う事は無い。高校に入ってももてるのだろう、数人のチャラチャラした男に囲まれていた。愛美が何か続ける前に、会釈だけ返して本屋の方へと歩き出した。愛美の待って、という言葉に被せるよう、男達の桃丹子の容姿を馬鹿にするような声が聞こえてきた。歯を食い縛って何事も無かったように足早で本屋へ入る。目当ての本を購入し、抱き抱えると、最早走るように駅まで向かっていた。


 鼓動が早い。忸怩で頬が熱い、涙が零れそうだ。例えではなく物理的に胸が痛い。酷く俯いて、走って、走って――――――不意に急ブレーキを踏む音がした。


 桃丹子もにこの一度目の生の記憶は、此処で途切れている。



  * * *



 次に目を覚ますと、知らない天井で、私は赤ちゃんになっていた。前世の記憶はある。これはなんと、最近流行っている異世界転生だろう。

 もう一度人生をやり直せる事に私は感激した。どんな美少女になっているだろう。チート能力は授かっているんだろうか。本当に胸がときめいてドキドキした。


 結局私は大好きだった勇者物語シリーズの中に転生していた。凄く嬉しい。

 ヒロインの聖女セイラではなく、勇者パーティーの魔法使いエリーヌとしての転生だったが満足していた。彼女はセイラよりずっと美少女なのだ。

 

 特にチートめいた能力は授からなかったようだが、私は物語の展開を知っている。楽勝だと思った。赤ちゃんからスタートだったので、一から勉強や修行をしなくてはならない苦労があったが、気にならなかった。新しい人生は本当に素敵で、毎日鏡を見るのが楽しくて、充実していた。


 展開を知っていたから、幼い頃から色んな事を見通したりして、神童ぶりを発揮して噂になった。その内勇者パーティーにスカウトされて、私は念願の勇者に会った。勇者×自分の夢小説を読み耽り、自分でも書いてしまう程、私は勇者が好きだった。最推しだった。推しと同じパーティーだなんて夢のようだった。


 ――――そして私はかねてよりの計画を実行する事にした。


 展開は全て知っている。勇者と聖女セイラが積み重ねていく恋愛フラグも全て。

 聖女セイラが加入する前に、先手を取れるフラグは全て私が先に立てた。セイラが加入してからも、私は上手く全てのフラグを奪って行った。

 そうして勇者は私と恋仲になり、晴れて私はヒロインの座を手に入れた。

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