90 勝ち星

 生体ナノマシンの変容には知識と想像力が必要だ。

 知識と想像力を元に粒子を取り込み変化、もしくは内部運動で必要なエネルギーや現象を生み出し、これに増殖と形成を加えて撃ち出す弾や分離端末が作られている。


 人工衛星サテライトの方はいつか自分の身体が千切れた時に、その切れ端を加工して作った分身、正しく自身の身体の一部だった。

 孤立無援で数十万の虫と戦う事が多かった為、補助として生み出した観測演算用機で、簡単に言うと外付けHDDのような物だ。だが今回共に進化を加えた。


 現代より洗練されたフォルムで羽を広げる形に“砲身”が加わり変化している。金属を編み上げたような砲身の後部には、いつか五人目を消失させた時と同じように“花”が広がっていた。


「……この感じなら超光速粒子も作れそうだな。ケンの時にやろ」


 呟き、イメージの為に僅か目を閉じる。普通の兵士では此処まで生体ナノマシンを変容形成する事は出来ない。せいぜいが電磁兵器位までで、プラズマ兵器や反物質が生成出来るのはガンだけだった。だから前の世界では英雄と呼ばれた。


「でな、これは種明かしで恨み言でもあるんだが――――」


 目を開き、右腕の砲身に破壊の力を溜め込んでいく。そらの人工衛星と同じよう、金属で編んだような砲身が長く巨大に伸びていった。


 遠い先ではレックスが雄叫びをあげ、神の力全てを収束させた強大な一打を放とうと構えていた。ケンには及ばないが、天へと向けて強大な力が迸っている様子が確認出来る。

 シェルヴィンの方も神の力を惜しみなく使い、幾多幾重の魔法防壁を組み上げ、リョウの光の盾の展開のように防備を固めている。恐らく瞬時に回復と復活が出来る用意も万端に整えているだろう。


「…………祝福っつうか、呪いっつうか、最後の人工祝福は“有限”だ。どれだけ進化と増殖が出来ても、おれの命は有限で、それを削っておまえらを殺す訳でさ」


 長く伸びた砲身の後部に、人工衛星と同じく“花”が広がってゆく。これだけの攻撃を行う代償は既に払った。風の無い世界で、編み上げた力の余波が半分白く染まった髪を吹き散らす。

 恐らく神の力も借りずにただ単身、人を超えようとする代償なのだと思う。この白髪は“花”を咲かせる度に、星を落としたり五人目を殺したり、新たな力を生み出し規格外の攻撃を行う度に増えていく。無限の有限、命のリミットを思い知らせるように。


「――――なるべくケンに取っておいてやりてえのにな。おまえらみたいなド変態共に半分も使っちまった。恨むぜ……ッッ!」


 レックスが大必殺を放つと同時に此方も――人工衛星サテライトと同時に撃った。目の前全てを埋め尽くす、先程までとは比べ物にならない破壊の津波のような衝撃が眼前迫る。此方が撃ち出した弾は衝撃を射抜いてレックス達の方へと光速を超えて放たれた。


 ガンと人工衛星両方、シェルヴィンの展開した魔法防壁に着弾。超小型の超新星爆発のようなエネルギーを重力で包んだ弾だった。激烈に圧縮された超高密度エネルギーが中性子星を形成、連なる二つの星が回転し近付き強烈な重力波を生み出して幾多幾重の魔法防壁を破壊。一瞬で神の力ごとレックスとシェルヴィンをも潰していく。直後にシェルヴィンの仕込みだろう、潰れた肉体が元に戻ろうとする。


「普通はな、……ッ! 何度も復活出来ねえんだよ! そりゃ甘えだぜ!」


 彼らが復活したら次は撃てない。撃ち放つと同時に身が崩れるが、顔だけは敵の方を睨んだ。レックスの放った大必殺が直前まで迫るが、避ける事は無い。動けないという事もあるが、避ける必要が無い。


 凶兆二人の肉体が元に戻りゆこうとする傍ら、中性子星連星を終え重力波を放出しきった“弾”が真っ黒に変化した。小さな丸いひとつの球体。極小のブラックホールだ。

 

 復活しかけの二人の肉体が一瞬で砕ける。肉片、血の一滴すら呑まれてゆく。レックスが打ち放った大必殺すら、急激に吸い込まれて目の前から遠ざかっていった。黒い球が圏内のエネルギーと物質全てを呑み込み、直後に大爆発を起こす。


「ッぶ、――――ッッ!」


 この余波は避けられないので、そのまま大きく吹き飛んだ。叩きつけられ、転がり、血を吐き全身打撲と骨まで折れて自滅染みているが、これはもう仕方ない。


「…………ッ、げほ、…………きっつ……次は、転移も……考えねえと……ッ、」


 大地に転がり、人工衛星サテライトの方で結果を確認する。もうあの場には完全に“何も無い”。血の一滴すら、彼らが居た痕跡は何もない。

 少しの見せ場すら遣らず、完全に完膚なきまでに消し去ってやった。ざまあみろと思う。確認を終えると、改めて全身の力を抜いた。動けない。地にのびる。


「…………つか、……どう見ても、オーバーキルだったな。神の五分の二だろ?」


 動けないまま、呟いた。


「……神も案外弱い、いや、ケンのが強えか。…………しんど……」


 この先を思うと少し、いや、結構大分うんざりした。だが、約束してしまったのだから仕方ない。もう限界過ぎて呟くだけでかつかつの体力を消耗する。瞼を落としかけたその時、遠くから小人達の声がした。


「モイィ…………ッ! モイッ……!」


 互いの魔法で身体を治しあったのか、先程よりはほんの少しましな状態で、よたよたと此方へ駆けてくる所だった。


「…………ああ、勝ったぞ……ッ、」


 小人達がガンの姿を見つけ、泣きながら倒れ込むよう密集してくる。口々に心配したり労ったり褒めてくれる言葉が雨のように降った。まだ小人語が解る。何故かは分からないが、嬉しい事だった。

 

「ちょ……、今ほんと、やべえから体重掛けねえでくれ……! 死ぬ……!」

 

 それとは別に群がる小人の圧だけで死にそうだ。必死で呻くと、慌てて身体を離した小人達が、そうっと羽根が触れる位の優しさで……ぽふ……ぽふ、としてくれた。どうしてもぽふりたい小人達に思わず笑ってしまい、直後に痛みで顔を顰める羽目になる。


「……おい、カピ神 ッ、 ……聞こえてんだろッ」

『はい、はい……っ! ガンナー……よくやってくれました……!』

「…………おう……おれも、小人も、死にそうだから……早く、戻してくれ……」

『はい! 今すぐ……!』

「……その、後さ…………」

『……?』


 コントロールセンターの方で、慌てて帰還処理をしようとしていたカピバラの神の手が止まる。


「…………あの、ド変態共、…………ブラックホールに砕いて吸わせちまったんだけど、さ……」

『はい……』

「……おまえの……ともだち……? ……の、一部……?」

『ええ…………』

「…………………………大丈夫……?」

『………………………………』


 滅茶苦茶気まずい沈黙が流れる。ガンも何処に目を反らして良いか分からなかったので、反らす代わりに目を閉じた。大変申し訳なさそうに眉間に皺が寄る。


「………………すまん……おれもあれが、精一杯で……」

『い、いえ……! いえ……! あの、えー…………ですね……!』


 カピバラの神の方も滅茶苦茶歯切れが悪い。


『い、今はその……流石に戻って来る事は難しいかも……ですが、その! か、解放! 解放自体はされておりますのでね!? ……ほ、他の一部が戻れば……じ、自力で帰還が可能かと……恐らく思います……っ』

「100%じゃねえの……!? …………すまん、……まじですまん……!」

「モイィ……!」


『大丈夫ですってば! 責めてませんから……! 小さき者達もそんな顔をしないで大丈夫です……! ひ、ひとまず戻しますからね……っ!』

「すまねえ…………!」

「モイィィ…………!」

 

 強引に話を戻してカピバラの神が帰還処理を行う。


 ――――戻されて知った事だが、意外にもガンが最初に凶兆達を倒した一人目だった。

 残るは四人と四人。戦いはまだ続いている。

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