89 反撃

 今ならベルに教えられた言葉が理解出来る。

 ただの言葉でも気持ちでも、強く思えば力を持ち魔法となること。


 体内で生体ナノマシンが増殖し、潰れていた右足が補修され両足で強く立つ。同じく補修された右腕は進化を続け、砲身を形作った。だがそのまま撃ち出されるのを待つほど敵も馬鹿ではない。


「手加減してやってたが、一度ブッ殺して身の程分からせてやろうなァッ!」

「煩え雑魚がッ! 今度はタマどころか丸ごと潰してやんよッッ!」


 先程までは言葉通りに手加減して“遊んで”いたのだろう、睾丸を潰され小人達に邪魔までされて、酷く激高したレックスが戦斧に神の力を纏わせ一閃を放つ。国だか町だかを一撃で滅ぼす“必殺技”を凝縮したどぎつい衝撃波が眼前に迫った。

 その背後で、恐らく警戒しているのだろう。シェルヴィンが自身に防御壁を貼った上で呪文を唱え始めていた。


 敵が攻撃を放った直後に此方も撃ち出した。先手を取られても問題無い。この“弾”は何より速いのだから。


 聞いた事の無い音を立てレックスの放った衝撃が呑まれる。相殺ではない。瞬きより短い時間で射線を伸ばし――――レックスに触れた瞬間、巨体をぐちゃぐちゃに歪まさせ、そのまま復活魔法が届かぬであろう遠方まで盛大に吹き飛ばした。


「ッな……!?」


 明らかにおかしい出力にシェルヴィンが動揺する。


「ベルの言う通りだぜ。やっぱ力こそパワーだな……!」

「一体何をしたのです……!」


 そのままガンが照準をシェルヴィンへと合わせた。


「話は後だ。その唱え掛け、自分に使った方がいいぜ」


 言うや次弾を撃ち放つ。咄嗟に防護壁へ魔力を籠めて強度を上げたが、薄紙のように破り――――というよりは防護壁が無いかのようにシェルヴィンへ弾が届いた。弾が体に触れた瞬間、全身がミンチになりそうな異常な負荷が掛かる。

 声も無く、吹き飛ばされながら絶命する前に必死でレックスの為に唱えていた復活呪文を自分へ使った。破壊と復活が同時に行われ、地獄のような苦痛を味わいながらシェルヴィンも遠くへ吹き飛ばされてゆく。


 これでひとまず彼らを小人達から離す事が出来た。人質にでもされてしまったら、流石にまた分が悪くなる。


「モイィ……」

「モヒ……ィ……」


 瀕死の小人達が呻いて転がりながら、ガンを見上げていた。いまや自分達の方が重傷だろうに、『ガンナー大丈夫?』『痛くない?』と口々に。


「大丈夫だよ。おまえらが力をくれたからな。……こうなったおれは、誰より強いんだ。……おまえらの方が痛いだろうに」


 今すぐ駆け寄って助けてやりたいが、治す力は持っていない。だから、駆け寄りはせず、見上げる全員と目線を合わせてくしゃりと笑むに留めた。

 

 未だ瞳や皮膚や毛先にまで“全開”の能力稼働の光が点っており、右腕も右足も生体ナノマシンの増殖で再生している。落ちた左腕を拾ってくっ付けると、完全に形は元通りになった。二房白かっただけの白髪が“半分”に増えている以外は。


「…………ありがとな。助かった。守って貰った。おまえらが来なきゃ、おれは死んでた。……ごめんな、おれが守らなきゃならねえのに」


 申し訳なさそうに眉を下げると、敵が吹き飛んでいった方へと歩き出した。


「すぐ治せなくて悪い。……けど、こっからはおれが守ってやる。おまえらは此処でおれを応援するのが仕事だ。頼んだぜ」

「モイ……!」

「ひひ、おまえらが力をくれたから“二人力”だぞ。二人分頑張ってくるからな」


 二人目と七人目の英雄で二人力。そういう意味だと気付いて、小人達が傷んだ顔で得意げ、あるいは誇らしげに笑った。


「モイッ! モイッモイー!」

「おう、任せろ! ………………けど、確り地面掴んどけよ。この場所でも、滅茶苦茶吹き飛ばされるかもしれん」

「モイ…………?」


 ガンも笑って歩きながら、ひょいと空を指す。一瞬不思議そうに空を見上げた小人達が、次の瞬間すごい顔で身を寄せ合って地面にしがみついた。



 * * *



「何なんだよあの馬鹿みてえな攻撃は! クソ……ッ!」


 大分吹き飛ばされた地点。死なずに吹き飛ばされたシェルヴィンの回復を受け、レックスが怒声を上げていた。双方神の力で増強されている為、即死さえしなければすぐに万全な状態に戻せる。既に万全だが、腹が立って仕方がない。


「解りません。重力系のようでしたが、私達の世界とは違う原理の別の力かと」

「さっきまでクソ雑魚の瀕死だったじゃねえか! 何で!」

「何らかのリミットがある力なのかもしれませんね。出し惜しみ――というより、出し切って私達が倒せるか分からなくて出せなかったのでは」

「何だそりゃ!」

「私に当たるのやめてくれません? 後は、『時間だ』とも言っていましたから、裏で何かの準備をしていたのかもしれませ――……レックス!」


 言い終える前にシェルヴィンが何かに気付き、全身へ神の力を絞り出し即席の防壁を纏う。それを見て、レックスも咄嗟に同じく神の力を纏った。

 その直後にガンが遠方から放った長距離射撃が“着弾”する。


「ッの……! クソチビがッッ!」

「先程の攻撃とは違います。何をしてくるか分かりません。常に神の力は全開でいなさい……!」


 先程の二人を吹き飛ばした弾とは違う、恐らくプラズマ弾だった。着弾し、大地が滅んでいなければ形を変えて周囲を蒸発させる程の熱気を振り撒いている。

 それが断続的に二人へ降り注ぐ。


「うざッてえな! 効かねえんだよ! やッてや――ごッッッ……!」

「レックス!」


 さっきの変な弾とは違って、今の弾なら耐えられる。苛立ち紛れにレックスが必殺技を放とうとした“瞬間”、神の力を纏っていた分、少しマシなレベルに歪み、だが吹き飛ばされた。


「クッソ! 混ぜてきやがる! 早く治せシェルヴィンッ!」

「……どうして……見えているのか……?」

 

 地を這い怒声を上げるレックスへ回復を紡ぎながら、シェルヴィンが不審に辺りを見渡す。まだガンの姿は見えない。だが、明らかにレックスが必殺技を撃つタイミングでそれを潰して来た。見ていたとしか思えない。


「――――……何だ、あれは」


 空に“花”が咲いていた。電飾で輪郭を形作ったような、見た事の無い不審な花だ。いつから在った。何だあれは。無意識脳内で警鐘が鳴るのは、あの花がガンと同じ気配を持つからだ。

 


 * * *

 

 

「…………おまえの推理は多分全部正解だよ。クソ僧侶」


 離れた狙撃地点。右腕を砲身に変えたままガンが構えていた。

 本来なら正義の味方よろしく彼らの前に姿を現し、言葉を交わし覚醒能力の説明などした上で、あいつらの人となりや過去なんかもちょっと掘り下げてやって、三下ぽい台詞を吐かせてこっちもカッコい台詞か何か吐いて圧倒的に見せ付けて倒すのが王道だと思うがそういうのは勇者がやればいいと思った。


 自分は兵士で砲兵ガンナーだ。だから自分らしくあいつらを殺す。


「どうせ聞こえねえだろうけど、此処で説明してやるよ。おれには“人工祝福”が三つだけあってさ」

 

 感覚での自覚はあったが、いつかカイがステータスを視た時に正しく発覚したことがある。他の仲間なら二桁、ケンなど三桁に及ぶ所、自分の祝福や加護らしきものはたった三つしかなかった。おまけに神からではなく人工の祝福だ。


「――――うちの二つが、“無限進化”と“無限増殖”だ」


 届かぬ独白のような種明かしを吐きながら、断続的に射撃を続ける。小人達が時間を稼いでくれたお陰で、“進化”が間に合った。


「今まで重力場までは作れてたんだけど、重力波は作れてなかったんだよな。出来るか不安だったけど、あいつらが来たらさ、出来る! ッて気持ちになって出来ちまった。これがベルの言ってた魔法ってやつだろう」


 凶兆二人を足止めする為の連続射撃。レックスが迎撃の必殺を放とうとする度、防がれるプラズマ弾ではなく防御不能の重力波を撃ち放つ。遠くでも見えている。視えている。上空、宇宙部分に分身たる人工衛星サテライトがあまさず地上を観察している。既に演算済で、幾ら神の力を纏おうが、染み付いた人間の感覚でレックスが放とうとするタイミングなど簡単に解った。


「んでさ、おまえら魔法世界の住人は知らねえだろうけど、重力波は次元を越えて届くんだ。だからそのバリアも意味ねえし、防ぐなら全次元に張らねえとな」


 音声までは拾っていないが、口の動きは見えるからおよそ何を言っているか予測はついた。シェルヴィンはある程度此方の手札を推理したようで、今までに無い強固な防護壁を張ったようだが無意味な事だった。

 次元を超えて防護壁を飛び越え、直接重力波がシェルヴィンをぶん殴る。神の力を纏っていなければ即死だろう。血を吐き体を歪ませながら呪詛のようなものを吐いている様は、意趣返しのようで少しだけ気分が良い。


兵隊虫達ソルジャーインセクトと会話なんかしねえだろ。――――おまえらは虫のように潰れて死ね」


 窮地を悟った凶兆二人が、剣呑に神の力を膨らませる。

 同時に此方は、“増殖”し“進化”させた人工衛星サテライトの方へ力を籠めた。

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