88 君に魔法を
――――少し前の事。
「モイィィ……!」
「モヒィッ! モッ……!」
「モォォォ……!」
コントロールセンター内部。浮かぶ画面に各所の戦いが映し出されていた。最初はカピバラの神と共に応援していた小人達だったが、各所の激しいぶつかり合いや、カイやケンの負傷、ガンの劣勢が如実になり始めると沢山悲鳴があがるようになった。泣き出したりパニックになっている者も居る。ガンの右足が潰された時など、一斉に大声で泣き出した。
『あなた達、見ているのが辛いなら外に出ていても良いのですよ……!』
あまりに騒ぐのでカピバラの神が心配して促すと、一人の小人――召使小人のノックノックがしゃくりあげながら片隅に皆を集める。きっと見えないように移動したのだろう。彼らの心中も心配ではあるが、カピバラの神は全てを観測し、中継が必要ならすぐに対応しなくてはならない為、その場を動く事は出来なかった。
* * *
『みんな、ガンナーを助けに行こう……!』
片隅で。ノックノックがしゃくりあげながら口火を切った。同じく涙で顔をべたべたにした小人達が、驚いて目を丸くする。
『無理だよ! 僕らじゃ敵いっこない!』
『ガンナーを助けたいのは分かるよ! けど小人に何が出来るっていうんだ!』
『そうだよ! 僕らは英雄でもないただの使い魔だ!』
口々に小人達が喚きたてる。ぎゅっとノックノックが拳を握った。
『そんな事は分かってるよ! けどガンナーは二人にいじめられてるんだぞ! このままじゃ殺されちゃうよ! ご主人やケン達の助けが来るまで、僕達で少しでも時間を稼ぐんだ……!』
『そんな……!』
『何秒稼げるかも分からないじゃないか……!』
小人達の言う事は分かる。ノックノックだって怖くてたまらない。だが、今動かねばならないと決意していた。
『ノックノック……気持ちは分かるが、使い魔の本分を忘れてはいけないよ』
一番年寄りの、最初に主人の使い魔になった長老小人が悲しい顔で諭してくる。
『儂らは主人の世話をする事が勤めなんだ。ずっと大好きな仕事をして、楽しんで生きていくのが小人というものだ。儂だってガンナーの事は好きだ。助けてやりたいと思う。だが、儂らが死んでしまったら主人の世話はどうするつもりだ?』
正論だった。他の小人達も悲しい顔をしながら頷いている。だが、ノックノックは決意していた。涙をぐいと拭き、皆と相対するように踏ん張って立つ。
『そうだよ。僕らは使い魔で――――だけど、村の仲間で七人目なんだぞ!』
何人かの小人が、はっとしたように顔を上げた。
『使い魔なのに、あの人達は僕達を仲間だって、七人目だって認めてくれたんだ! なのに戦わないなんて! 恥ずかしくないのか!』
顔を上げた小人達が、歯を噛み締めて聞いている。
『僕だけでも行くよ! ご主人の世話は君達ですればいい! それならご主人だって許してくれる筈だ! 僕は一人でも行く! 僕は仲間で七人目なんだから!』
『ノックノック……』
長老が困り果てた顔をする。その時、何人かの小人がきつく口を結んでノックノックの方へと歩いて行った。
『お前達……!』
『ぼ、僕もノックノックと行くよ……!』
『僕も……!』
若い小人が数人、ノックノックの側に立った。ノックノックが嬉しそうに目を輝かせ、同時に瞳を潤ませる。
『みんな……! けど、死ぬかもしれないんだぞ、本当に良いの……?』
『……ぼ、僕、……か、考えたんだ……』
いつもおっとりして臆病者の、オッチョオッチョがもごもごと言う。
『こ、ここで……ガンナーを助けにいかないで、僕が死ななかったとして……けど、それで生きて……働き続けても……、それはきっと楽しくないんだ……』
『…………!』
『も、もし……死んじゃっても……、僕は仲間を助ける為に、戦ったんだって……胸を……張れると思う……。ぼ、僕は……僕らを守ってやるって、約束してくれたガンナーを……助けに行きたいよ……』
オッチョオッチョのもごもごした言葉に、また何人かの小人が顔を上げた。
『そんな、楽しくない労働なんて嫌だ……!』
『ガンナーが死ぬのだって嫌だよ……!』
『けど自分が死ぬのだって嫌だ……!』
『仲間を見捨てるのだって嫌だよ……! 全然楽しくない……!』
泣き出しながら、また小人達が口々に喚いた。そんな様子を見て、難しい顔をした長老が――長く考え込んでから深い溜息を吐く。
『……命を懸けても戦いたい者は前へ。小人達の“代表”として、ノックノックと共に行くことを許可する』
『……! 長老……!』
『全員で行くのは駄目だ。ご主人の世話をする者が居なくなってしまう。だが、小人達は助け合うものだ。彼らが我々を仲間だと言ってくれるなら、彼らも小人と同じ仲間だ。……ご主人には儂が弁明してやる』
微かに微笑んだ長老が、一歩踏み出てノックノックに手を差し出した。共に行かない代わりに、ありったけの魔力をノックノックに譲渡する。英雄達と比べたら微々たるものだが、少しでも、大切な仲間が生きて戻れるように。
『長老……! 僕ら、代表としてみんなの分まで頑張ってくるよ……!』
魔力を受け取ったノックノックが、確りと頷く。ざわざわしていた小人達が、その遣り取りを見てそれぞれ動いた。ある者はノックノックの隣へ。ある者は代表に加わらずご主人の世話という本分を選ぶ。
そうして出来た代表団は、若い小人達ばかりで総勢20名。残る事にしたのは年老いた小人達ばかりだった。代わりに彼らはありったけの魔力と思いを託してくれた。ちっぽけな、けれど勇気ある、小人達全員の思いを乗せた代表団だ。
『みんな、行こう……! 絶対にガンナーを助けるんだ!』
年寄り小人達に見送られ、代表団はカピバラの神の元へゆく。必死で戦況を追っていたカピバラの神は、代表団の決意を聞いてひっくり返った。
『あ、あなた達……! そんな、死んでしまいますよ……!』
『全員で決めたんだ! 僕らだって村の一員で七人目なんだから!』
丁度モニターでは、ガンの左腕が切り落とされた所だった。
『早く! 早く! 僕らは弱いけど、怖くても弱くても! 命を懸けても! それでも戦わなきゃいけない時があるんだ! それが今なんだ! 早く!』
ノックノックの強い叫びに、カピバラの神が目を丸くして――酷く眩しいものを見るようすぐに目を細めた。
『――……愛しき小さな者達、……どうか、ご武運を』
それ以上多くは言われなかった。カピバラの神が戦場へ繋がるゲートを開いてくれる。代表団は一斉に飛び込んだ。
* * *
――――そうして今がある。
カピバラの神は残った年寄り小人達とモニターをじっと見詰めていた。
『…………魔法が起きています』
「……モイ?」
画面の中では、代表団がシェルヴィンに飛び掛かり、吹き飛ばされている。カピバラの神のつぶらな瞳がじっと戦う彼らを見詰めていた。
『……魔力や呪文を使う事でも起きますが、突き詰めると、魔法とは心の在り様が起こすものなのです。あなた達が使い魔という枠を捨て、仲間の為に命を懸けた事で世界が近付きました。心が進化して、魔法が起きました』
画面の中では小人達が吹き飛ばされても果敢に二人へ向かっていく。
『あなた達が世界を近付けたから、ガンナーにも届きました。彼には魔力も呪文もありませんが、心で魔法を使う事は出来ます。あなた達のお陰で彼はたった今、それを理解したのです』
画面の中では小人達が血を吐き形を歪ませ地に這っている。
『……小さな七人目の英雄達、確かにあなた達はガンナーを助けました。守りましたよ。――――見ていて御覧なさい。彼はもう絶対に負けません』
カピバラの神が髭を細かく震わせ、断言する。
画面の中、ガンが立ち上がり、二人と対峙し――――反撃の咆哮をあげた。
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