87 増援

 ――――“あと少し”が死ぬほど遠い。

 

 左腕が握り潰されきる前に、シェルヴィンに集中させていた弾幕を一部レックスの頭部へ移す。腕の力が緩んだ瞬間身を捻り、突き飛ばすように離れた。

 右足が使い物にならないから地面に背から倒れ込むような形になる。シェルヴィンへ撃つ筈だった高出力の熱弾を、そのままレックスへ撃ち出した。


 今度は此方に手を伸ばしかけた途中でレックスの上半身が爆ぜる。赤い肉片の雨が降る中、即座に復活魔法を受けたレックスの上半身が時間を戻すように修復されて、そのまま右手を掴まれ強か地面に打ち付けられた。


「……先に左じゃなくて右が良かったか? いいよ、可愛いおチビちゃんの希望は聞いてやらねえとなァ」

「……ッるせ、…………ぐ、ア゛ッ、……!」


 地面に縫い付けられた右腕が握られ、嫌な音を立ててトマトよろしく爆ぜた。痛みに仰け反りながらも、圧し掛かる巨体の股間目掛けて左膝を叩き込む。お返しに“潰して”やった。


「おごォァアッッ……! こ、の……ッ!」

「あっ、ちょっとそこは治したくないんで自力でお願いしていいですか?」


 股間を押さえて悶絶するレックスから転がるようにして逃れ、歯を食い縛って左側だけで身を起こす。股間はシェルヴィンも治したくないようなので、それだけは吉報だった。


 あと少し、あと少し。頭の中はそれだけを考えている。

 あと少しが経ったとして、何がどうなる――という事は考えない。解析が終わっても今の状態で二人をブッ殺せるのか、増援が来たとしてこの状態では増援もやられてしまうのではないか。思考を巡らすと悲観的な事ばかり浮かんでくるから意図的に切り離す。出来る事をするしか無いのだ。


「…………ッは、……はあッ……!」


 肩で息をし、僅かの間に“出来ること”を考える。同じく僅かの間に、見守りに飽きたシェルヴィンが魔法の多重展開で上空の分離端末と戦闘機を打ち払った。


「レックスが使い物にならない間は、私が遊んであげましょうね。おチビさん」


 優しい語調と足音が近付いてくる。咄嗟に焦げ付いた左腕で熱弾を射出するが、防護壁に遮られた。思わず舌打ちする。


 今の状態で出来る事は多くない。最良は自分一人でこのド変態達をブッ殺し、自分も生き残ること。次は何だろう。嘗ての自分ならすぐに答えが出せた。

『自分が死のうが目の前の敵をブッ殺すこと』だ。だがそれをすると皆は怒るし悲しむだろう。ケンとの約束だって守れなくなってしまう。それに、全員生き残ると約束してしまったのだ。約束をふたつも破る事になる。

 

 安かった命がいつのまにか大層なものになってしまった。正直、命を投げ出せばこの二人くらいブッ殺せると思う。だが、それが出来ない。


「…………困ったな……」

「どうしました?」


 目の前まで来たシェルヴィンが、優しく問いかける。


「…………おれ、死にたくねえんだよ……」

「おや、大丈夫ですよ。奴隷にはしますが死ななくて済むと言ったでしょう? 死ぬような酷い事は、不死の魔法を掛けてからにしてあげますからね」


 自分が死ぬのは駄目だ。なら次は、殺されないならこいつらに嬲られて時間稼ぎをする事だろうか、それも違う気がする。他にも幾つか浮かんだが、結局最良以外認められないという事を自覚した。


「………………となると、…………問題はさ」

「まだ気になる事がありますか? 大丈夫ですよ、末永く可愛がる予定のおチビさんですからね。相談には乗ってあげます。ですがひとまず、」


 シェルヴィンが魔力で光の刃を作り、振り下ろす。避けられないまま、左腕が断ち落とされた。悲鳴を噛み殺し、俯き耐えるが抵抗しない。

 腕を守るよりも、“他にやる事”があったからだ。


「おいたをしないよう、潰しておきましょうね。レックスももうすぐ自力で回復するでしょうし。これこれ、どういう仕組みなのか気になってたんですよ……!」

「……ッァ、……半分くらいなら、……ッ、……良いよな」

「半分? 後は左足だけですよ」


 戦意喪失したのだと解釈したシェルヴィンが左腕を拾って観察し始める。だが、その段階で漸く、会話をしているのではないと気付く。


「……ッ、……単純にさ、今のおれが弱いのが、問題……なんだよ。……出来るかな、分かんねえな……けど、やんなきゃな……」

「何を言って……!」

 

 失血で青褪めた顔をガンが持ち上げる。ずっと灯っていた両目の光は失われず、寧ろ輝きを増し、ぎらぎらと戦意喪失ではない殺意を湛えていた。全身に葉脈状の光が広がり、明らかに何かをしようとしている気配がある。

 

 シェルヴィンが高く刃を振り上げた。残った左足を狙わず“首”を狙ったのは、その気配に嫌な予感がしたからに他ならない。レックスは怒るかもしれないが、殺してしまっても後で復活させれば良い。この気配は拙い。


「――――……!」


 間に合わないかもしれない。足ではなく喉元に迫る刃を見てそう思った。だが。


「モイィィイイイ――――ッ!」

「…………ッ、…………ッ!?」


 突如、空中に生まれた穴から“小人達”が雪崩れ込んだ。そのまま一斉シェルヴィンに飛び掛かり、押し倒し、喉の薄皮一枚破っただけで刃が遠ざかっていく。


「   なん、で……ッ! おまえら! どうして…………ッ!」


 小人達が目の前に居る状況が理解出来なかった。少しの魔法は使えるようだが、凶兆達と戦う力なんて無い。ベルも小人達も認めていたではないか。


「モイモイモモモイッ!」


 小人語は分からない。ベルが事前に呑ませた魔法薬の効果なのかもしれない。彼らが伝えようと歩み寄ってくれたのかもしれない。それとも自分が何か変わったのかもしれない。こう聞こえたのだ。『ガンナー助けにきたよ!』と。


「嘘だろ……、…………なんで、…………なんで……ッ!」

「何ですかこの気持ち悪い生物は……っ!」

「うおっ、何だこれ!」

 

 生まれて初めて貰った、最高に情けない増援だった。

 質量で圧されたシェルヴィンが顔を顰め、魔力放出で小人達を吹き飛ばす。吹き飛ばされた小人達はそれでも果敢に向かって行って、シェルヴィンや未だ股間を押さえるレックスをぽかぽかと殴っている。全然効いていない。きっとそよ風よりも弱いだろう。

 

 それでも小人達は全員、泣き出しそうな、けれど決死の顔で立ち向かっている。怖いだろうに、逃げ出したいだろうに、自分を守るために戦ってくれている。

 

「何で………………ッ、」

「モイモモイ! モモイモモッ!」

「モイッ! モィッモイー!」

「…………ッッ、……!」

 

 『僕達だって村の仲間だ! 僕らは七人目なんだ!』と。『ガンナーをいじめる奴は許さないんだ!』と。口々に聞こえる。彼らの言っている事が解る。

 目の奥が熱くなる。自分が彼らを守らなくてはならないのに、泣き出しそうだ。肩が震える。零れそうな嗚咽を飲み込み、歯を噛み締めた。

 

 ――――生まれて初めて貰った、最高に嬉しい増援だった。


「うざッてえなッッ!」

「邪魔です!」

「やめろッッッッ――!」

「モヒィ…………ッッ!」


 苛立ったシェルヴィンが攻撃性を増した衝撃波を放ち小人達を吹き飛ばす。幾人も血を吐き、地面に叩き付けられた。

 神の力で遅まき自己修復を果たしたレックスが、剛腕で小人達を殴り飛ばす。幾人も形を歪ませ地面に叩き付けられた。

 

「モ、モ……ヒ…………ッ」

「何なんだよこいつら! クソ弱えのに群がってきやがって!」

「妖精の類のようですが、醜いし不愉快ですね。纏めて潰してしまいましょうか」


「……おい! ド変態ども! おまえらの相手はおれだろうが……ッ!」


 助けに入れなかった、動けなかった自分への怒りで噛み締めた奥歯が砕けそうに軋む。たった一撃で死にかけて、形を歪ませ血を吐きながらも小人達が『負けるな』『諦めるな』『守るんだ』と地に這いひくつきながら、絞り出すよう鼓舞し合うのが聞こえている。


 出来るかじゃない。絶対にやる。歯を噛み締めたまま、何とか左足だけで立ち上がった。二人の視線が此方を向く。戦斧を拾ったレックスが歯を剥き出す。


「そうだったなおチビちゃん! 玉ァ潰すのは無しだぜ! たっぷりお仕置きしねえとなァ!?」

「――……レックス、気を付けなさい。何か嫌な気配がします」

 

 止まらなかった左腕の出血が止まる。潰されていた右足が右腕がみしみしと音を立てて“変容”を始める。出来るか、ではない。必ずやると決めた。

 そう信じて実現する活力を小人達がくれたから。小人達のお陰で“時間”が間に合ったから。


「…………時間だ。おまえら今からまじで、ブッ殺す――――ッッッ!」

 

 眸に、皮膚に葉脈状に灯る光が、生み出す力で舞い上がる毛先にまで広がった。

 もう二度と小人達を傷付けさせる事は無い。“反撃”を開始する。

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