86 孤立無援

 先程カピバラの神から覇王討伐は時間が掛かると伝言があった。

 人工衛星サテライトの観測でも遙か遠くで馬鹿みたいなエネルギーの激突が断続的に確認されているし、その余波であろう振動が此処まで届くからまだ戦っているという事が解る。他の場所でも全員がそれぞれ戦っていた。つまり、すぐに増援は来ないという事だ。


「ふん、いつもの事だろ……!」


 生まれてこの方、どんな窮地でも増援が来た事など無い。

 ケン達を信用していないのではなく、彼らなら手が空けば来てくれる事は解っている。だが手が空いていない。彼らは彼らで役目を果たしている。手が空くまで時間を稼げば何とかなる希望はあるのだが、その時間稼ぎに難航していた。


「ッとに、やり辛え……ッな!」


 何度目だろうか、熱弾を放とうとした瞬間にシェルヴィンの生み出す魔法防護壁が“自分の方”を包んで、邪魔をする。

 この防護壁が厄介で、常に一定の強度じゃない。破れると思ってそのまま撃つと予想以上の強度で余波が此方に跳ね返ったり、かといってそれを警戒して威力を上げるとあっさり割れて目算が狂う。そうして割れた途端にレックスが突っ込んできてブッ飛ばされるという悪循環だ。


 なら魔法の届かぬ遠距離でと戦闘機で離れて狙撃しようとすると、レックスが馬鹿みたいな必殺技を放ってくる。これが恐らく国ひとつを破壊したという技だろう。シンプルにとんでもない衝撃波が超広範囲を蹂躙していく。他の仲間の装備なら直撃でも耐えるのかもしれないが、自分は耐えられない。相殺攻撃で身を守るのが精一杯、結局攻めあぐねるという調子だった。


「中距離は駄目、遠距離も駄目! 近距離――は、近付きたくねえぇ……!」


 近付くと訳の分からん気持ち悪い台詞を浴びせられるので、出来れば心底近付きたくはなかった。だがこのままではジリ貧である。

 自分の体感情報と共に、人工衛星サテライトが観測と演算を続けている。もう少ししたらシェルヴィンの防護壁のパターンもタイミングも割り出せると思う。レックスの動きも同様だ。結局まだ時間が要る。


「クッソ……!」


 現状威嚇射撃を続けながら逃げ回っているのだが、それも長くは続かない。ベルと小人の“パンツ”のお陰で普段よりずっと損傷は少ないが、中距離でも遠距離でも着実にダメージが溜まってきている。常にシェルヴィンの防護壁が破れる程の出力で攻撃をする事も考えたが、それで決定打を与えられないなら無駄な消耗だ。

 五人目の時のよう、まるごと最大威力で消し去る事も考えたが、それをしてしまうと動けなくなって後が無くなる。相手は二人居て、確実に消せる確証がまだ無い。


 どのパターンでも勝ち筋を見出すには時間が必要で、それには彼らに近付く必要があった。近接であればレックスとまともに相対する必要はあるが、少なくともシェルヴィンの動きだけは封じられる。


「近付くしかねえのか……ッ! 砲兵ガンナーがやる事じゃねえだろ……ッ!」


 苦く呟いた上空、再びレックスの必殺技が襲ってきた。咄嗟に径の太い熱弾を撃ち出し相殺と共に進路を確保、射線を追うように急降下してゆく。

 このまま情けなく、時間稼ぎで逃げ回る事だけは許されなかった。皆が役目を果たしている。自分だけ果たさないという事は絶対に出来ない。


「おーっ、戻って来たなおチビちゃん! そうだよな! 遠隔じゃなくてやっぱ直接可愛がって欲しいよなァ!?」

「ふふ、照れて逃げ回る様も可愛かったですよ!」

「うッせえド変態ども! 喋んな!」


 二人が早速気持ち悪くて盛大に怒鳴った。

 上空に待機させた分離端末の半数以上はレックスの必殺技で落とされている。残り百数機と戦闘機の攻撃は全てシェルヴィンへ照準を合わせた。豪雨のように降り注ぐ弾幕で自身を守らせシェルヴィンの動きを封じる。

 同時に自分は戦闘機からレックスの方へと飛び降りて行った。


「ウッヒョ! 熱烈ゥ! やっぱシェルヴィンみたいな気持ち悪ィ変態とじゃなくてオレと遊びたいよなァ!?」

「自分が気持ち悪ィ変態じゃねえみたいな言い方すんなボケ!」


 飛び降り様に熱弾を撃ち出しながらレックスへと迫る。戦斧の一振りで熱弾は払われるが、変形した右腕の砲身を瓦解させながら空いた懐に飛び込んでいく。そのまま手足に葉脈状の光を浮かばせ、思いっきりレックスの鳩尾をぶん殴った。


「そん――――   ッ!?」

「そんなパンチ効くかよってか!?」


 そんな攻撃効く筈が無いとせせら笑いかけた、レックスの巨体が吹き飛んだ。


「何と、そんな事も出来るのですか! ええ、早く解剖したいな……!」

「煩えおまえはちょっと黙っとけ!」


 一層激しく弾幕がシェルヴィンに降り注ぐ。レックスが侮る通り、普通に殴るだけではまず効かない。普段は砲弾として発生させる重力場を直接拳に発生させ、それで思い切り殴ったのだ。普通に殴る何十倍の威力はあると思う。


「ヴォェッッ……! 驚いた……結構力あるじゃねえか……!」

「レックス、近距離過ぎると防護壁貼れませんからね。自力でどうぞ」

 

 吹き飛んだレックスが胸を押さえ咳き込みながら起き上がろうとする。重甲冑の胸部分が大きく凹んでいるから効果はあると思って良さそうだった。シェルヴィンの言葉から、近距離ならあの忌々しい防護壁が貼られない事も確信する。

 時間を稼ぐならこれが一番良さそうだったが、追撃で飛び込んだ所を戦斧で受け止められた。重力場越しでもびりびりと腕に負担が掛かり、骨が軋む。直接ぶつかるのは拙い。


「興奮してきたぜおチビちゃん! 勃起しちまう!」

「気ッッッ色悪い! すんな! 絶対すんなよ!?」


 レックスがそのまま、体躯に似合わぬ素早さで戦斧を繰り斬り込んで来る。分厚い風圧が幾度も掠めて頬や髪が少しずつ削れていくが、避けられる速度だ。パワーと体躯では劣るが、小回りと速度なら此方の方が有利そうだった。


「そう逃げるなって! 早く色々して欲しいだろ!?」

「して欲しいッて言った事ねええええよ! その腐った耳取り換えて来いッッ!」

「おぼッ……!」

 

 隙を見つけては重力場での打撃をぶち込み、何とかレックスにダメージを蓄積させていく。何度目か、重力場を乗せた回し蹴りをドテッ腹に叩き込んだ所で。


「ッッがッ、――――ちょこまかと……ッ!」

「ッ……!」


 レックスが戦斧を手放し、予想外の素早さで直接蹴り足を握った。視界の外で戦斧が落ちる音。どれだけの重量があり、その重みから眼前の男が解き放たれたのかを瞬時に理解させる音だった。

 

「ブチ込んでからにしたかったけど、先に悪い“あんよ”だなァ?」

「…………ッぎ、   ッア゛ッッ……!」


 にたつくレックスが顔を寄せ、容赦なく捉えた右足を“握り潰し”た。悲鳴を上げる間など無い。一瞬で皮膚が破れて筋繊維が弾けて骨が砕けて右脛が圧縮ミンチになったのを痛感する。顔が歪んで喉が反るが、歯を噛み締めて耐えた。


「あー……イイ! この感触たまんねえ! おチビちゃんもイイだろ!? もっと声出していいんだぜ!」

「……ッ、そうだな、死ね…………ッ!」

「……!」

 

 声を出すと同時、レックスが楽しんでいる間に変形させた左手の“銃口”を胸板に押し付ける。間髪入れずにブッ放す。


「……おや」


 レックスの背が大きく弾け、勢いよく撃ち出た光弾と共に湯気立つ臓器や血肉が振り撒かれた。半球状の防護壁で弾幕を受け、足止めされていたシェルヴィンが目を丸くする。


「…………ッは、はあ……ッ、次はおまえだ……ッ!」


 ガンが肩で息をし、ごぼごぼ血を吐き瞳から光を消しゆく巨体を押し退けた。

 膝下から奇妙に潰された右足を引きずり、左腕は超至近距離の発射で焦げ付いているが、まだ動けるし戦う事は出来る。シェルヴィンを睨み、今度は右腕を持ち上げた。シェルヴィンの方は防護壁を展開したまま、考えるよう口元を隠して何か呟いている。

 

「そうですね……私の相手をしてくれるのはとても嬉しいのですが、レックスに嫉妬されませんかねえ……?」

「何言ッてやがる……ッ!」


 右腕を変形させ、シェルヴィンを高出力で撃とうとした時だった。

 

「――――そうだぜ。まだオレの相手が終わってねえだろ? おチビちゃん」


 不意に背後から、血塗れの太い腕に抱き竦められた。理解した瞬間、一気に全身鳥肌が立つ。


「なん……ッ、」

「……ふふ、近距離では防護壁は貼れませんけど、復活の呪文は届くんですよ」


 目を見開くガンに、シェルヴィンが嫌らしく笑った。言われて思い出す。そういえばリョウがいつか魔法の多重展開の話をしていた。

 通常使える魔法はひとつ。だが多重展開等の詠唱スキルがあれば複数可能。術の難度が上がれば上がる程消費も激しく多重展開は厳しくなる。だからそれをやってのけるカイは凄いのだと。そんな事を言っていたように思う。


 恐らく今の口元を隠したほんの数秒で、シェルヴィンは“それ”を行ったのだ。それも復活という生命の原理を捻じ曲げる、難易度が高いだろう魔法を。


「………………振り出しか……」

「そうだぜ。おいたが過ぎるから、先に手足全部潰そうな?」


 心底嫌そうな顔でレックスを肩越し振り返ると、血に汚れた顔が粘つく笑顔を浮かべていた。直後に握られた左腕が軋む。


 ――――“時間”はまだ稼ぎ切れていない。

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