85 覇王と覇王

 激突が始まってから一度も大地が休まる事は無かった。

 既に滅びているからこれ以上滅びぬだけで、通常なら砕け散るような衝撃が間断なく足元を苛んでいる。風の無い世界なのに衝撃が嵐のように吹き乱れ、それほど覇王同士の打ち合いは凄まじかった。


「――おお、すまんな! 大儀であった。戻っておれオルニット!」

「不甲斐ない、耐えられなんだか」


 度重なる応酬に騎馬の方が先に限界を迎え、二頭同時に泡を噴いて膝折り傾いだ。片や労わり片や誹りの違いはあれど、同時に馬を乗り捨て自らの足で立つ。主達が降りた途端、二頭は崩れて還っていく。


「グランガルム! 馬の扱いが悪いぞ! 酷使の後は労わるものだ!」

おれについてこられぬ馬の方が悪い」

「ははぁ、その性根では臣民からの人望も無かったとみえる!」


 久々の暴れられる相手なので、ケンは至極楽しそうに剣を振るっていた。リョウとの訓練の時のように加減はしていない。自由に振るって尚、小気味よく打ち返してくる相手など稀だ。並の剣士では目で追えぬ速度の応酬。一振りに見えても実際はそれ以上、幾多幾重に剣速の生み出す攻撃が相殺されている。


「人望は畏怖で代替え出来るからな。不便は無かったぞ」

「まあ分からんでもない。知っているか? 俺と貴公は似ているらしい」

「ほう?」

「性格や性質はまったく違うらしいがな。小国から起ち世界を統べた。来歴はほぼ同じと聞いている」

「……そうか、全てを手にした気分はどうだった?」


 似たような来歴で世界を統べた者は通常同時に存在しない。感想を聞ける機会など珍しい事だ。拮抗する“小手調べ”の応酬を終え、一段階力を上げながら、グランガルムが問う。少しだけ愉快そうだった。


「ふむ。最初は満足してやり遂げたと思ったが、すぐに飽いてしまったな。貴公はどうだ?」

「同じだな」


 ケンとは対照、闇を纏うような大剣が先程よりもずっと剣呑さを増して襲い掛かる。ケンの方も即座に応え、大剣の纏う光が増した。より激しい余波が大地を揺らがせる。


「思えば最初は平和を求めて起ったものの、世界を獲りきるまでの間が一番楽しかったな。貴公もそうであろう?」

「ああ、そうだ」

「だから治世を放り出し、次の戦場欲しさに世界を滅ぼし始めたと。手に取るよう解る。正直な男よ」

「……っ、はは! そこまで理解するのなら、なびいてくれてもよかろうに」

「わはは! 俺は天命通りにちゃんと治世を行ったからな!」


 一段あげた所で拮抗は変わらなかった。二段、三段、あげてゆくが変わらない。お互い楽しくはあるが、これでは決着が着かぬとばかり同時に距離を取る。


「……貴公が俺の臣であれば良かったのだがなあ。さすればこうして互いに暇潰しも出来たろうに。ままならぬものよ」


 ケンが笑って大剣を振り上げる。五人目を倒した時と同じく、見る間に天まで届く規模で大剣を中心、黄金色の輝く力場が形成された。装備祝福全てが呼応し高らかに覇王を讃え――今までの応酬が児戯と解る程の“最強”が顕現する。


「はは、はははっ! ……ああ、ああ! 吾はお前のような者とまみえたかった! まだ遅くはない! ずっと愉しめるさ!」


 眼前の輝きにグランガルムが子供のような喜色を浮かべた。同じく振り上げた大剣から闇色の力が溢れて天を貫く。闇と共に輝くのは奪った神の力だろう。ケンの祝福とは対照、覇王が征服した全てが頭を垂れて力を差し出す。夜空を束ねたような力場が形成され、“最強”と向き合った。


「では」

「いざ」


 踏み込み様に放つも同時。此処が通常の星であれば星ごと破壊されるような大衝突、大爆発、大激震。余波はどこまでも広がり、停止した筈の戦場全てが揺らいだ。遙か遠くで戦う仲間達にも届く規模で。



「――――――ふぅむ、」


 余波も静まり視界が開ける頃、ケンが少し驚いたように唸る。互いの力場が衝突した瞬間に踏み込み、確かにグランガルムの心臓を貫いた。その手応えがあった。だが同時に、グランガルムの大剣もケンの肩を貫いていた。それはまあ別に良い、問題は。


「ごほっ、……」


 心臓を貫かれなお愉しげに笑う、相手の姿があった。明確に急所を貫いているのに、獲ったという感触が無い。


「…………不死か。これは時間が掛かるな、ッ……!」


 大剣を引き抜きざま、返す刀でグランガルムの首を断ち落とす。首が血の軌跡を引いて転がり、それでも胴体の方は倒れない。どころか貫いた肩を引き裂くように大剣を逆袈裟で切り上げた。ケンが片眉をあげ、大きく後方に跳ぶ。


「カピバラの神! 皆に伝えよ! 相手が不死故、少し時間が掛かるとな!」

『は、はい……っ! ケンは大丈夫ですか?』

「無論だ! 俺は村長だぞ!」

『はい! どうかご武運を……!』


 短い念話通信を終える間に、グランガルムが落ちた首を拾って“くっ付けて”いる。それを呆れたような顔でケンが見遣った。


「神の力か? 不死とはつまらん事をしたな。興が醒めたぞ、グランガルム」

「不死であれば永遠に戦えよう? ――吾はお前に惚れたぞ、ケン」

「ふん、俺ほど強い奴はそう居らんからな! 惚れても仕方あるまい!」

 

 呆れ顔をしていたが、惚れたと聞こえて即座に大変偉そうな顔をする。男が男に惚れる――強さや器を見込まれた男惚れというものは誉れである故、相応の態度を取らねばならぬのだ。


「だが俺には別に惚れた男が居る。不死の力で幾度挑もうと、貴公と共だつ訳にはいかぬのだ。諦めよ」

「ほう、それは――お前より強いのか?」


 グランガルムが興味を惹かれたように瞬く。


「いいや、今は弱い。貴公よりも弱いだろう。だが、いつか必ず俺を殺してくれる男だ。置いて居なくなる訳にはいかんだろう」


 不死者を前に、死の確約を何より嬉し気に語る。不死者の方はまったく理解出来ない顔をした。


「……分からんな、分からん。それだけの力を持って何故死を望む?」

「貴公には解らぬだろう。それが貴公の限界で、俺との違いよ」


 再び双方、強烈な力場を形成してゆく。


「だがお前はいずれおれに降る事となる。死なぬ者をどう倒す。今は僅か上回るようだが、戦えば戦うほどお前は弱り、吾は乗り越えすぐにお前を凌駕するぞ」


 格上と戦う事は自身へ強烈な成長を齎す。世界を滅ぼし既に自分に敵う者は居なかった故――新たに己を上回るケンに惚れたし、彼を越える事が愉しみでならなかった。グランガルムにとっては、世界を滅ぼすより心躍る事だ。神の力で不死である限り、負けて終わる事は無い。絶対にいつか乗り越えて勝利する事が出来る。


 これは稀有で滅多に無い、新たな成長の機会なのだ。その機会を求める為に世界を渡る事にしたと言っても過言では無い。あの下劣な勇者達の都合など如何でも良い。これは永遠に胸躍る戦いへ身を置き、自身が誰より強くなる為の武者修行の旅なのだから。

 

「ははっ! 僅かと思うな、届くと思うな。俺は貴公より圧倒的に強いぞ」


 ケンがニッと笑って構えた。裂かれた肩の傷はとっくに血が止まっている。


「不死を手放したくなる程の、永久に届かぬ格の違いというものを教えてやる。髪の一筋、血肉の一片に至るまで貴公に“負け”を刻んでやろうぞ」

「――――そう煽るな。昂るではないか」


 グランガルムも心底愉しげに笑い、再び星を砕く規模の激戦が始まった。

 


 * * *


「ぶえッし――! クッソ、誰かに何か言われてる気がする……!」


 一方、遙か遠方で弱いを連呼されている等とは知らず、ガンが盛大なくしゃみをした。此方はいつかケンを必ず殺すどころではなく、絶賛気持ち悪い二人のせいで窮地に立たされている真っ最中である。

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