84 勇者と勇者

 皆と離れた別地点。勇者二人が降り立った。


「なあ、あんた勇者だろ?」

「そうだけど……」


 リョウのいでたちを見て、アクウェルがにやにやと聞いてくる。


「勇者同士で戦うのって初めてなんだよなァ! 興奮するぜ……!」

「そりゃ普通は無いだろうね……」

「なあ、魔王倒した事ある? どんなだった!?」

「あるけど……色んな魔王が居たし、一言じゃ言えないよ」

「すげえ! 何回も魔王倒してんの!? 先輩じゃん!」


 すぐ戦うのかと思いきや、物凄く話しかけてくる。リョウの方は油断せず剣と盾を構えたままだが、アクウェルの方は構えもせずべらべらと呑気に話していた。


「……つか、そっか! だからそんな歳とっちまったのか!」

「ちょ……! そりゃそっちのが若いけどさ! 歳ってほどじゃなくない!?」

「え、幾つ?」

「さ、33歳……」

「オッサンじゃん。俺18だぜ?」

「…………」


 若い勇者の心無い言葉が突き刺さる。


「……ちょっと、そういうのもう良いから戦おうよ。時間無いしさ……!」

「いや先にこういうのはちゃんとしとかねえと!」

「どういうの!?」

「やっぱ勇者同士だからさ、どっちが格上かっての? 戦い以外の全部も比べて完璧に勝たないとじゃん?」

「戦い以外要る……!?」


 絶対不必要なターンだと思うが、構えもしない相手に斬りかかるのは気が引けて、あと少し、あと少しだけ我慢しようとイライラしながら思う。


「まず顔だろ? 圧倒的に俺の勝ちじゃん? まああんたもブスって訳じゃねえけどオッサンだし」

「いちいちオッサン付けるなよ! 感じ悪いなあ!」

「身長は変わんねえけど足は俺の方が長いだろ、勇者装備も俺のがカッコ良いってかあんたのデザイン古くね? これも俺の勝ちじゃん?」

「足の長さ勝敗に関係ないだろ! 勇者装備だって神様が丁寧に頑張って作ってくれたんだから馬鹿にしないでくれる……!?」

「んー、そうだな。じゃあ経験人数は?」

「このターン絶対要らないでしょそれなりだよ……ッ! もう始めるからねっ!」


 絶対要らないと確信したので、もういいやと思って斬りかかった。

 ――ギィンッ! アクウェルが素早く受け止める。


「焦んなよ! 経験人数言いたくねえ? 戦いも早漏だしあっちも早漏とか?」

「うッッッるさいな人数も勇者の勇者の性能もご立派な方だよ! その辺り突き詰め始めると僕だって君のこと魔王童貞って言い始めるからね!? 勇者の癖に魔王倒した事ないじゃん! 魔王童貞じゃん!」

「ちょま……! 魔王童貞の響きは恥ずかしい……ッ!」

「恥ずかしくさせてるんだよッ!」


 こんな会話をさせられている苛立ちをこめて激しく打ち合う。流石勇者だけあってアクウェルも剣術には長けているようだった。が、拍子抜けした。全然剣筋も見えるし対応できる。自分の方が少し上回っているようだった。次第に押してゆき、アクウェルは何とか打ち返しているがリョウの優勢が明確になってくる。


「けどさ! 魔王を倒した先輩を俺が倒しちまえば、俺が魔王も倒したって事になるよな!?」

「ならないよ!? 僕を倒した事にはなるだろうけど他ははならないよ!?」

「ヨッシャ! それで行くわ! 俺今日魔王童貞捨てまーす!」

「ならないって言ってるじゃん!?」


 何度目かの剣戟、アクウェルが剣は手放さぬまでも大きく仰け反りたたらを踏む。その隙を逃さず踏み込み鋭く薙ぎ払うが――――。


「……こんなもんか。   弱いな、先輩」

「ッ……!?」


 爆発のような衝撃がリョウを襲った。アクウェルが何らかの力を放出したらしく、攻撃が届く前に圧されて後退せざるをえない。


「これも才能の差ってやつかなァ? あんた何度も魔王を倒したベテランなんだろ? それがルーキーよりちょっと強い位って。ププ!」


 アクウェルがあからさまに嘲り笑っている。いまや先程までとは一線を画す、“神の力”を纏っていた。


「…………さっきまでは素だったって事? 性格悪いね」


 少し上回る位だった本来の差に、あちらは神の力を乗せたのだ。天秤は逆転し、一気に此方の分が悪くなるのを感じる。


「あんたさあ、どうせだっせえ田舎出身で、コツコツつまんねえ努力して魔王倒したタイプだろ?」

「見てきたように言うじゃない!? そうだけど!?」

「ギャハハ! 田舎さがもう滲んでっからさ! 俺は都会の貴族出で、苦労も努力もしたことねえの! 天才ってやつ?」

「あっそ。才能あったんだね」


 確かに才能はあったのだろう。最初の魔王討伐の旅で、何度も魔王を倒した自分に近いレベルまで達しているのだ。魔王と仲間と力を合わせれば、神に届く事も頷けた。リョウが溜息のように息を吐く。


「…………ねえ、何で魔王と手を組んだの?」

「ん、なに?」

「なんで世界を滅ぼしたの?」

「あー犯行動機ね! 最初は勇者の称号欲しくて旅に出たんだけどさ、俺泥臭いの嫌なんだよね~! 魔王討伐の旅はマジ最悪だった! 基本徒歩だし雑魚いモンスターいっぱい出るしよ! 途中何度バッくれようかと思ったか!」

「よくその根性で魔王城着けたね!?」

「あァ、」

 

 世界が違うから同じではないだろうが、魔王城付近など悪路にも程があったろうに。よくめげずに辿り着いたものだとある意味感心したのだが。にたァと嫌な顔でアクウェルが笑う。


「面倒だからさ、途中でハメ技でレベル上げたんだ。んで、助けを求めるショボい村なんかは飛ばして最短ルートで魔王城行ったんだよ! そしたら――」

「待って」

「なに?」

「助けを求めてたんだろ? 仮にも勇者だろ? 助けなかったのか?」

「ギャハハ! ショボい村の報酬なんて知れてんじゃん! ウマそうなでかい街か国しか救ってねえし!」


 ぎち、とリョウが剣を強く握り込んだ。


「で、魔王城行ったらイモルヴァスがお手軽に強くなれる方法があるって言うじゃん? そんなん飛びつくっしょ!」

「……世界の事は何ひとつ考えなかったのか」

「なになに? 意味分かんない」

「自分達の事しか考えなかったのか」

「当たり前じゃん? 勇者だからって何で世界にご奉仕しなきゃなんねえの? 俺は効率的にスマートに強くなってカッコ良く人生を楽しみたいワケ! 世界も神もあんたも――全部俺の引き立て役で踏み台だよ」


 怒りを堪えるよう、リョウが歯を噛み締め苦心して息を吐いた。


「――――分かった」

「おお、分かってくれた? 泥臭い無駄な努力を積み重ねてきた先輩には悪いんだけどさァ、結局上手くやった方が勝ちなんだよ。どう見ても俺のが強いし!」

「……分かったよ。小物が力を持つとこんなに恰好悪いんだなって」

「は?」


 アクウェルが理解出来ない顔をする。


「今なんつった?」

「え? 人の力で強くなった気になった上、人を踏みつけて比べる事でしか自分の格好良さを証明出来ないなんて死ぬほどダサくて恰好悪いしそれで勇者名乗るの恥ずかしいからやめた方がいいよって言ったんだけど」

「……ハハッ! 勝てねえ癖に吠えるじゃん!」


 リョウが奥歯を噛み締め、俯けていた顔を上げる。何処かすっきりとした、“勇者”の顔をしていた。


「勝てないと思う?」

「当たり前じゃん。今比べて分かってんだろ。全てにおいて俺が――」

「そうだね、全てにおいて君の方が恰好悪い」

「あ?」


「僕はね、誰も踏み付けなくったって自分で自分を恰好良いと思えるよ。努力をしてきた。ずっと戦ってきた。妥協せず手を伸ばせる全てを救ってきた」

「だからそういう泥臭えのは嫌いなんだって!」

「見た目も出自も才能も関係ない。他の何だって、誰かと比べるものじゃない。全部が僕の大事な個性だ。僕は自分も人を愛せるし、愛される事が出来る」


 アクウェルが言い返そうとして、噤んで咄嗟に構えた。リョウが纏う気配に圧されたのかもしれない。


「ちゃんとした、“正義”の勇者の方が強いって教えてあげるよ、新米勇者ルーキー。――――僕に負けたら二度と勇者を名乗るな」

「ギャハハ! そんだけ吠えて負けたら超絶カッコ悪いな! いいぜ、負けを認めさせてやる……ッ!」


 双方勇者の剣に輝きが灯る。次の瞬間には激しく再びぶつかり合っていった。

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